第24話 ボス

「えっと……では本当に、あなたが……?」

「うん。《今際》の設立者だから、一応ボスだよ」


 ボス。デスゲーム運営組織《今際》のトップ。

 実のところ、シュガーもプドルも、他の下っ端職員も、そんなものはいないんじゃないかと思っていた。どこかの金持ちが道楽のために設立しただけの、トップと言っても運営はせず資金源程度の意味合いなのだと。

 だから六課に強い権力があるのだと。NO.2と呼ばれる六課の課長が、実質的な《今際》の運営をしているのだと。

 裏組織のボスをしている以上、命を狙われることも少なくないため、その対策で職員にすら顔を見せることはほとんどない。その弊害として、ボスの存在が認知されていないのだ。


「それで、僕のことはもう良いかい?」

「あ、はい。失礼なことを言ってしまい、すみませんでした」

「良いよ、言われ慣れてる」


 掴みどころがないボスの雰囲気は、先程とは打って変わりレインと真逆に見えた。

 マイペース、自由人、悪意なき悪虐。そんな評価をされているレインに対し、ボスはなんというか、弱々しく、情けない。

 しかし、だからこそ、着いていきたくなってしまう。自分より劣っている人間ほど安心できる相手なんていないのだから。

 強く、頼り甲斐があるレインは、しかし、人を惹きつけたとしても失望される性格と、嫉妬される能力を持つ。

 全く逆の二人。似ていたのは、ただ一つ。悪役だった、それだけだ。


「それで? 何か用でしょ?」

「あぁそうだ。てっきり忘れていたよ。自己紹介には緊張が付き物だからね」

「緊張って、そんなのしたことない癖に」

「そんな、ひどい言いがかりだなぁ」


 どこか深みのある言い方をしているが、そこは互いにスルーしている。どうやら、今のような息の詰まりそうになる会話は通常運転らしい。

 というか、話が一向に進まない。


「えぇと、それで、どうなされたんですか?」

「ちょっと、六課に頼み事があってね」

「頼み事?」


 話を促したシュガーから、レインにバトンが渡された。否、奪い取られた。また話が停滞することを恐れてバツの悪そうな顔をしてしまったが、レインに気づかれる前にプドルに言われて表情を作る。背中越しで良かった。


「今日って何日だっけ?」

「七月の……えっと、たしか……八?」

「十四日です」


 曜日感覚のバグり方が夏休みの学生並みだな、と思う。やはり口を挟むことになった。答えたのはプドルだ。この二人の会話、付き合うのに体力を使う。

 

「二十日にね、他の組織と会合があるんだよ。組織間でのこれからの方針とか、警察に対する動き方の報告とか、他組織と対立しないためのルール確認とか、そう言うのを決める重要な会合をね」


 ボスは単に「他の組織」と言ったが、それはどこかの会社や企業を指しているわけではもちろんなく、他の裏組織のことである。

《今際》含めて四つの裏組織。そのトップが一堂に会して会合を行うという。

 もしかしたら、それによって別組織から目の敵にされることも……と考えて、シュガーとプドルは疑問にぶつかった。

 それで、なぜ六課を訪れた?


「それで、そんなおっかない人達を相手に僕一人で出向くなんて、自殺行為と同じだ。それに、四人一斉に集まれば、第三者に襲撃される可能性もあるわけだしね」


 万が一に備えた、敵の制圧とボスの護衛。裏組織のボスだけの会合ともなると、それは必要になるらしい。


「だから、ボディガードやってよ」


 そしてそれは、六課が試遊以外に担当する仕事だった。

 本来はゲーム中のプレイヤーに対する制圧なのだが、主催権限を持つ、戦闘に特化した職員は多くない。ボスの護衛ともなれば、他組織に顔の割れていない職員より、制圧部隊として《今際》で認知されている六課が行く方が、戦力を漏らさずに済む。

 新人含めてたった七人しかいない部署だとしても、組織的に考えれば妥当なのだ。


「一週間もないじゃん、リコシェ怒るよー。また胃が痛いって」

「胃を痛めるのも仕事のうちさ」

「そんなの聞いてません」


 タイミングが良いのか悪いのか、ちょうど、リコシェが課長会議から帰ってきた。その表情は怒りに満ちていて、小さな体格にも関わらず、恐ろしい。 

 聞いていないというのは、ボスの護衛のことか、彼女の仕事が胃を痛めることだと言う方か。……どっちもか。


「やぁリコシェちゃん。久しぶり」

「お久しぶりです、ボス。……それで、今の話って本当ですか?」

「うん」

「はぁー……なんっでこの忙しい時にっ。裏組織会合って、八月と二月の半年周期じゃなかったですか?」

「ある組織で代替わりがあったみたいでさ、早めに顔合わせしておきたいし、だから挨拶がてら今回の会合もちょっと早めに開いちゃおうってことになってね」

「……どうせ、それ提案したのもボスなんでしょう?」

「え、なんでわかったの?」


 リコシェの顔には、隠す気もなく「憎ったらしい!!」と書いてあった。普段も怒っている姿は珍しくないが、それは部下に対してであったためか、流石にボスに対しては強く出れないらしい。


「じゃあそう言うことで。僕も少し忙しくてね、当日また来るから」

「バイバーイ」

「ちょっ! せめて条件くらいは!」

「んー、なら戦える子を二人お願い。あ、どうせなら新人見学も兼ねても良いよ」


 ボスが帰った後、小さく舌打ちをするリコシェを、新人二人は見逃さなかった。

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