第17話 自己犠牲

「シャラクさん! メシアさん!」


 遠くから聞こえたその声に、二人は反射で通路まで走り始めた。

 聞こえたのはクロメの声。鍵は見つかったのか。他の二人が無事なのか。レーザーの速度はどの程度になったか。数々の疑問を胸に、向かう。


「あぁ良かった、お二人ともご無事でっ」

「そっちはどうだったの?」

「三人とも生きてます……無傷では、ありませんが」

「ユタカさんっ……!」


 三人を見れば痛々しい。

 全員の体中に小さな切り傷が無数にある。特にひどいのはユタカで、左足に棒状の金属が刺さったまま、二人の肩を借りている。

 ラデンは右瞼にある切り傷から出血していて、ウインク状態だ。

 

「それにしても……良いか悪いか、予想外なことが起こりましたね」


 クロメが言ったのは、三人の傷の度合いの話ではない。廊下を往復し続けるレーザーのことだ。

 ラデンが八本で往復十秒と予想したレーザーは、それを大きく裏切っていた。

 たった一本のレーザーが、片道三秒で通過していたのだ。


「どっちみち、ここからは力技でやるしかありません。不可避の八本よりはマシ、と考えておきましょう」

「そうだね。めちゃくちゃ速いけど、一本ならなんとか避けることもできる」


 しかし。

 一番最初に鍵を開ける係は、出口前で必ずもたつく。必ず、一回分のレーザーを避けなけれいけず、形が変わった瞬間の運任せの回避も必要になる。

 つまるところ、一番最初が一番危険なのだ。

 怪我をしている三人は選ぶべきではない。片目じゃ避けれるものも避けられないだろうし、ユタカは出口まで一人で歩くこともできないはず。首を俯かせていて、荒い呼吸が聞こえるものの、意識があるかは確かじゃない。

 五体満足なシャラクとメシアのどちらかになる。


「あたしが開ける」

「私がやります」


 二人の言葉が重なった。

 どちらかがやるしかないとなれば、自分差し出すのがメシアという女。そして、友情を感じてしまったシャラクにとっても、それは同様のことだった。


「良いよ、これくらいあたしがやるから」

「これくらいと言うなら譲ってください。私まだカッコつけれてないんです」


 向かい合わず、睨み合うこともなく、譲る気のない二人が、こんな場面で口論を始める。


「あんたまだ二回目でしょ」

「それは関係ないでしょ。ここまで皆さんにおんぶに抱っこで、その上、肩車までされるつもりなんてありません」

「するよ肩車くらい、友達でしょ」

「だからです!」


 小さかったメシアの声が、明確に叫び声へと変わる。


「友達だから! お手て繋いで仲良くありたいんです!」

「それはわかるよ。ただ、死んだら元も子もないじゃんって言ってんの」

「お互い様でしょ!」

「今回はたまたまトラップに引っかからなかったから、つまり死なないように必死になることがなかったから、あたし達のパフォーマンスは三人より低い。だったら二回目と五回目、どっちが適任かは」

「そんなの関係ありません! 危ないから代わりたいんです! なんでそんなこともわからないの!」


 その言葉にカチンと来たのか、それまで冷静だったシャラクの声も大きくなり始める。三人は黙った見ることしかできない。


「わかるよ! あたしだって同じ気持ちだ! あんたに死んでほしくないんだよ!」


(えっ、嬉し)


「なんでって、こっちのセリフだよ! なんであんたみたいな良い子が真っ先に体を張るんだよ! 押し付けれるのがいるんだから、押し付けろよ!」

「そんなことしたら、あなたの言う良い子にもなれないの!」

「っ……はぁ。もう良い、やめよう。こんなことしても意味ないよ。間違い無く未来の黒歴史だ」

 

 自分と相手に呆れながらため息をついて、シャラクは頭をガシガシとかく。

 どうするべきかわからない。悩みと怒りが混ざったような表情で、周りを見渡す。

 絶望的な状況が重なった。


 レーザーが戻ってくるまでに、鍵を開けて出口から脱出することは不可能だ。カードキーならまだしも、複雑な形の鍵を錠前に突っ込んで回すのには必ず六秒以上かかる。

 戻ってくるレーザーを回避できたとして、折り返しの瞬間にレーザーは形を変えプレイヤーを襲う。並外れた動体視力と反射神経があれば頭で避けれるだろうが、そうじゃなければ運任せ。


 刻まれることなく出口を開けれたとして、それでもまだ問題はある。

 ユタカだ。

 一人で歩く力は残っておらず、だからと言って助けようとすれば道連れになる可能性もある。

 最初から全員で生き残ることだけを目標にしていたメシアには、ここが最難関とも言えた。


「悩んでる時間はありません。ユタカさんが危ない」

「そうだね。このままじゃ立つことすら」

「失血で死んでしまうかもしれませんし、もし生き残れても後遺症が残ってしまうかも。猶予は一刻もありません」


 シャラクは気付かされた。

 自分が危惧したのは、ユタカの意識が完全になくなって、出口までの移動がより困難になること。

 それに比べてメシアはどうだ。この中で、ユタカだけがレーザー以外の死因を抱えている。

 誰もが目の前の脅威に怯える中、メシアだけは全員の視野からこの状況を見ていた。

 

「やっぱり、あたしが行くべきだ」

「だからっ!」

「感情的な理由だけじゃない」


 メシアの次の言葉を、シャラクは遮った。


「役割分担だよ。片方が鍵を開けて、もう片方はユタカの補助。怪我まみれの二人じゃ頼りないからね。で、身長差から考えて、補助に回るのはあんたの方が適任でしょ」


 他四人はほとんど同じ身長だが、シャラクだけ少しばかり高い。どちらが肩を貸し易いかなど、言うまでもない。

 例えそれが、友達を危険から遠ざけるための言い訳であっても、筋は通っている。


「でもっ、鍵を開けてからユタカさんのところに行けば」

「二人いるんだし分担しようよ。時間ないんだ、さっさと決めて」

「……わかりました」


 まだ反論しようとしていたメシアだったが、やっと折れてくれた。時間がないのだ、主にユタカの。

 口では言ったものの未だ不満そうな表情のメシアは、クロメが投げた鍵を受け取って、それをシャラクへと渡す。

 

「死なないでくださいね」

「ん、お互いね」

「……よろしく、シャラクさん」


(こんなこと言う日がくるなんて……こんなこと言われる日がくるなんて。過去のあたしが知ったら驚くかな)


 

 

 

 

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