第18話 自分らしく

「シャラクさん。はっきり言って、折り返しは運です」

「わかってるよ。でもあたし、なりたくないのに大成功した女優様だよ? あたし以上に運のある人、今はいないよ」

「笑っちゃいますよ、そんなんで失敗したら」


 メシアは既に第二シアタールームへと移動している。最後になるかもしれない一言二言を噛み締めて、シャラクは鍵を見つめる。

 タイミングを見て、駆けた。


 錠前まで辿り着く。左手でそれを押さえて、右手に持っていた鍵を差し込もうとする。焦りと、慣性で体が前に傾いていたことで、やはり一発では入らない。

 後ろを確認して、レーザーを避けれる場所に半歩移動し、しゃがむ。

 折り返しがくる。

 できるだけ体を縮こませて、運に身を委ねる。


(お願いっ……!)


 長い金髪数センチを犠牲に、シャラクは出口の扉を開けた。


「はぁっ、はぁ、ふぅー……よし」


 扉の奥は、真っ暗な森の中だった。

 そんなことを気にする様子もなく、シャラクが合図する。


「大丈夫! ちゃっちゃと来ていいよ」

「ではまずラデンさん、お先にどうぞ。ワタクシはユタカさんとメシアさん、三人で行きますので」

「え、でも……」

「頑張ってラデンさん!」


 メシアの言葉もあって、今更、派手なだけの右目の怪我が既に視力を取り戻している、なんて伝えることはできなかった。

 こういう時、なんていうべきか。少し悩んで、ペコリと頭を下げた。


「お、お先に失礼します」

「「……お疲れ様です」」


 なんか会社みたいになっちゃったな、と思いながらも、ラデンダッシュ。その遅い足でも、出口さえ開いていれば、六秒以内に走り切ることはできる。

 そして残るは、大怪我のユタカと、歩行補助二名。


「ユタカさん、意識ありますか?」

「……え、えぇ」


 かすれた声。肩を担ぐ体勢のため顔の距離は違いが、それでも、荒い呼吸音が邪魔をして、薄く聞こえるばかり。実は気を失っていて寝言だったと言われても疑わないほど、彼女の声は小さかった。

 呼吸に合わせて体が上下し、体温も低くなっている。足から流れる血は、小さな水溜まりほどの大きさになっている。

 この状態で、この数メートルを歩くのは、例え二人がかりで補助しても難しい。


「合図したら走ります。痛いと思いますが、頑張ってください」


 コクリと、ユタカの首が動く。

 

「大丈夫ですか、クロメさん」

「もちろん。いつでもバッチリです」

「こっちも引っ張るくらいはできるよ」

「い、いけますっ」


 平気なフリをしていたものの感じていた、体中にまとわりつくような恐怖が、目の前の仲間たちによって剥がされていく。

 ぶり返していた恐怖は、もうない。今あるのは希望だけ。

 

「行きますよ、さん、にい、いち、ゴー!」


 合図ピッタシ、全く同じタイミングでメシアとクロメが走り出す。

 その瞬間、二人に肩を借りていたユタカの体も前に進み、「うぐぅっ」と痛みに悶える声が上がる。

 それでも進む、残りは少し。

 しかし、レーザーに追いつかれる。いくら距離が近いからと言って、一人分の体重が余計にかかった状態で六秒以内に着くことはできない。

 幸いなことに、レーザーは縦型で、しかも奇数シアタールーム側だったため、避ける必要もない。


 そして折り返し。横型で斜めのレーザーは、一番端にいたメシアの服と左肩をえぐって通過する。


「メシアっ!」


(いっ……たぁ!)


 痛みのせいで一瞬足が止まってしまった。その分進んだクロメの方が出口へ近くなり、真横だった三人の陣形が大きく傾く。

 クロメはほとんど出口に体が入っていて、ユタカも片腕は入っている。全身が無防備に晒されているのはメシアだけ。


「引っ張れっ!」


 シャラクが叫んで、クロメとラデンと三人で、ユタカの腕を引っ張る。

 腕をグイっと引かれて、その振動が伝わったユタカが、また「ぐっ」と小さく悶絶した。

  

 それが、メシアの思考を鈍らせた。


 走り出しの時もそうだ。ユタカは、自分が心配されないように、できるだけ声を抑えようとしていた。

 移動中、ずっと痛かったはずだ。走り出しはもちろん、肩をえぐられた痛みにメシアが反射で体を引いた時も、そのまま急停止した時も、腕を引っ張られた今の状況だって。

 ずっと、痛いはずなのだ。気づいていることと、わかってあげることは、全く違う。


 こんなに痛がっている彼女に、更に負担をかけるのか?


「…………はっ」


 悩むことじゃないな、と鼻で笑う。

 メシアはユタカの腕を離した。


 引っ張っていた三人が目を見開く。

 メシアから解放されて、勢いよく引き寄せられたユタカの体を、一番手前にいたクロメが抱きしめた。


「はっ?」


 困惑した声が聞こえる。シャラクのもの。

 えぐれた左肩を抑えると、肩も手も熱い。なだらかなはずの肩が直線を描いていてる感触は、自分の体とは思えない。


 目で見なくともわかる。ここから走り出したところでレーザーに追いつかれる。真正面にいるクロメの反応から、このままメシアを切り刻む形をしているのだろう。

 体は、頭より早く諦めていたらしく、いつのまにか座り込んでいた。

 死が迫る短い時間のはずなのに、ゆっくりと思考できる。


(あぁ……死ぬのか、私)


 思い返せば、ここまで露骨ではなかったものの、誰かを庇ってピンチに陥ることは、人生の中でも少なくなかった。交通事故を防いだこともあったし、階段から転落した人を支えたことも、路線に飛び降りしようとした人を止めたこともあった。

 誰かを庇って死ぬ最後。うん、自分らしいじゃないか。


(四人とも生きてて良かった)


 笑顔を作る。わざとらしくない、それでいて嘘偽りのないことがわかるような、微笑む程度の笑顔を。

 心配するラデンの顔が見える。驚くクロメの顔が見える。気を失ったユタカの顔が見える。良かった、起きていたら変な罪悪感があるかもしれなかったから。

 そして、シャラクの顔が見える。


(……どんな顔、それ)


 呆れているように見える。悲しんでいるように見える。怒っているように見える。驚いているように見える。やるせないように見える。

 どれが本当なのか。どれも本当なのか。考えたところでわからない。


(さよなら、みんな)


 しかし。

 シャラクの表情は、諦めていなかった。

 

 

 



 

 

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