第14話 悪手

 そこから、ポンポンと進んで行った。


 ラデンチーム、第六シアタールーム。

 ユタカがトラップを作動させた。スクリーンを破って、人体を容易に貫通してしまえる鋭い金属が飛んできたが、クロメが合図して客席の後ろに屈んだことにより、負傷者はゼロ。

 鍵は見つからなかった。

 レーザー、四本。


 シャラクチーム、第三シアタールーム。

 上段下段を入れ替えて捜索し、またしてもシャラクが作動スイッチを発見。メシアに確認させてから、別のトラップがある可能性も考慮して、慎重に捜索。

 鍵は見つからなかった。

 レーザー、五本。


 ラデンチーム、第四シアタールーム。

 捜索開始から三分後、照明代わりの真っ白だったスクリーンが、導線だらけの機械の箱を映し、画面いっぱいにテンカウント。

 何が起こるか察した三人は、急いでシアタールームから飛び出す。運良くレーザーの餌食にはならなかったが、数秒してから、第四シアタールームから爆発音。 

 爆風は通路まで届いたものの、被害はない。大規模な爆発ではなかったが、シアタールームの中であれば、五体満足とはいくはずもない威力だ。

 速度を増し、六本に増えたレーザーから逃げるように、ひとまず第六シアタールームへ入り、直後に第二シアタールームへ。

 

 爆音に気づいて、第一シアタールームの入り口には二人が並んでいた。


「だ、大丈夫ですか!? 爆発あったみたいですけど!」

「えぇ、まぁ、なんとか……はぁ。幸いなことに、誰も怪我はしませんでした」

「良かったぁ〜」


 メシアが安堵のため息を漏らす。三人とも肩で呼吸をしているが、体力的なものではなく、爆発とレーザーの恐怖による急激な緊張のせいだろう。

 しかし、これで残るは二つ。

 

「それで、ここからどうする? あたし達もまだ捜索始めてないから、ここからは安全面を考慮して五人行動にでもする?」

「アリ、ですね。お二人を見るに、第三シアタールームのトラップも問題なかったように思いますし。タイムリミットがあるわけでもありませんし、悪手ではないでしょう」


 チラチラとレーザーを見ながら、クロメはシャラクと作戦を立てる。

 

「あの」


 物申したのは、未だに一人だけ肩で呼吸を続ける、ラデンだった。


「あ、えっと、水を刺すようで、悪いんですけど……それは多分、悪手、だと思います」


 クロメとシャラクが視線を向け、ラデンはビクリと体を跳ねさせた。ユタカは背後の、第二シアタールームの奥を見て、恐怖を押し殺そうとしている。

 なぜか冷静に頭の回っているメシアは、ラデンの言った真意に、すぐに気づくことができた。


「た、多分ですけど、これ、八本になった途端に、往復の時間が極端に短くなると、思うんです。今はまだ、走れば逃げ切れるスピードですけど、は、八本になったら、往復で十秒くらいだと、思うんです」

「……だから何? どうせ真正面にある第一と第二はレーザーを気にせず行き来できるでしょ?」

「縦のレーザーが四本になるから、危険度も増す、んじゃ、ないでしょうか」


 レーザーは、縦横交互に増える。シャラクたちの奇数シアタールームは横、ラデンたちの偶数シアタールームは縦。

 

「それで? まだそっちの捜索は始めてないんだから、こっちの第一シアタールームから捜索すれば、通路間の移動は縦三本のまま、今と同じ、状況、で……」


 言っている途中で、シャラクは気づいたらしい。

 シャラクの言っていることは全て正しいが、しかしそれは、前提条件が狂うことで決壊する。

 

 レーザーが増える基準は、捜索すること。

 では、捜索することの基準は? 


「第一シアタールームに入っちゃってる時点で、捜索開始と見なされている可能性があるんですよね」

「は、はい。もし、このまま私たちが第一シアタールームに集まれば、捜索が終わる頃には、八本フルスピードになってる可能性も、あると思います」


 レーザーが増えるのは、いつなのか? 

 捜索開始の基準が、シアタールームに入ってからの時間だとすれば、一度入ってしまっている以上、捜索中という扱いになる可能性がある。

 基準がトラップ作動である可能性は、これまでトラップを回避しても増えていることから、あり得ない。

 シアタールームにかかる重量、隠しサーマルカメラによる体温情報、運営の完全手動。絞り込むことはできても断定することはできないこの状況で、油断は命取りとなる。

 

「こっちに鍵がなかったら、あっち側に十秒で行かなきゃならない……十秒、か」

「え、あ、あの、目測なので、実際はもっと長いかも」

「はぁー」

「……す、すみません」


 シャラクのため息に威圧されたラデンが、涙目で謝罪する。

 しかしこれは、思っている以上にピンチなのかもしれない。メシアは、おそらくシャラクと同じことを思い浮かべた。

 通路の幅なんてたかだか十メートル前後。走れば十秒もかからない。簡単にあっち側まで辿り着くことができる。

 ただ、走るタイミングを決めることができたら、の話だ。

 よーいドンならまだしも、先程のように、爆発か何かでレーザーの位置を確認する猶予もなく通路へ出なければいけないことを考えると、簡単な話じゃなくなってくる。

 三人はレーザーが通り過ぎた直後だったから良いものの、もし通路に出た瞬間レーザーが通過したら、少なくとも先頭を走る何人かは肉塊となる。


「チッ、そのための爆発か……」


 爆発は、同じようなトラップを想定させるための、言うなれば脅し。今のメシアたちのように、五人で再集結することを諦めるための。

 序盤とは違い、一歩間違えれば死ぬ極限状態となって、安心できる仲間との協力が不可能になった。

 いや、されたのだ。運営の仕組んだ数々のヒントによって。レーザーやトラップのことを予測しようとすれば、否応もなく、この結果に辿り着いてしまう。優秀であるほど、自分が今どれだけピンチかわかってしまう。

 

(なんて、性格の悪い……!)

 

 冷静で、現実的で、心配性だったメシアが、今、思い出した。

 デスゲームは、見える希望など所詮は偽物で、自分のせいで仲間が死に、ご丁寧に裏切る理由を揃えるような、そんな悪意の中にあることを。

 そんなことを今の今まで思い出さないようにしていた。 

 彼女の揺るがない正義感にとって、そんな悪意の渦は、耐え難い苦痛となるから。


 彼女は、紛うことなく正義であり、自身の環境や社会に対してのコンプレックスも持ち合わせていない。社会へ適応できないような他プレイヤーとは毛色が違う、一般的な価値観と倫理観によってゲームへ参加している。

 正義感のままに正義を執行する、そのためだけに。


 他プレイヤーたちに欠落している感情が、彼女にはある。そのせいで、彼女の悪意への拒絶は著しい。

 

 幸いだったのは、この悪意に慣れていない一般的感性の持ち主が、メシア一人だけではなかったこと。

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