第13話 恐怖を抱いて
「まぁ、悩んだって仕方ないですし、捜索、続けましょうか」
レーザーの数と速度が上昇することは、プレイヤーを悩ませる種となった。もし全てのシアタールームを捜索するとして、その時のレーザーは八本で、速度については予測できない。
第一と第二のシアタールームは出口まですぐなのだから、最早、ゆっくり鍵を開けている暇はないかもしれない。
そんな不安の中、一つのシアタールームにつきどれだけ加速するか脳内で計算しているクロメと、どの部屋に鍵があるか予測しているユタカが、足を止めていた。
切り出したのはメシアだった。
「さっきまでは、レーザーが加速するなんて思ってなかったんですし、元の速度なんて覚えてないでしょう? それに、鍵が出口側にあるとしても、結局、トラップの殺傷能力が上がるだけで何も見つからないかもしれませんし。ここは予定通り、一つずつしらみ潰しに捜索しましょうよ。ねっ?」
「……そうですね。ここで考えていても机上ですものね。すみません、ワタクシのせいで皆さんの足を止めてしまって」
ラデンはオドオドしているが、それがレーザーが増えたことに対してなのか、熟考している二人へ掛かる言葉を探しているのか、メシアには判断がつかない。
隣のシャラクは、どうでも良さそうに、廊下を跨いだ三人を見ている。ここで足並みが崩れることは、慎重深い二人がいるラデンチームへのプレッシャーになることがわかっていたのだろう。
「おそらく、次出る時は四本か五本。どちらが先に捜索を完了しているかは、レーザーの数で確かめることにしましょう」
「ややこしいですが、わざわざ五人揃うまで待つのもタイムロスですしね」
次メシアたちがシアタールームから出てきた時に、レーザーの数が四本になっていればクロメたちは第六シアタールーム、五本になっていれば第四シアタールームということだ。
鍵を見つけた、もしくはプレイヤーが負傷した場合は、大声で知らせれば問題はないだろう。シアタールームである以上、防音ではあるだろうが、扉はないのだ。
「ユタカさん」
一人、未だ緊張と不安に悩まされている少女を見て、メシアは声をかける。
まさか自分が話しかけられるとは思っていなかったようで、ユタカは、肩を跳ねさせて、驚いた表情でメシアへ視線を向ける。
「お互い頑張りましょうねっ!」
「……え、えぇ、そうよね。ありがとう、メシアちゃん」
あ、ちゃん呼びなんだ。
ユタカの表情が柔らかくなったことに安堵して、三人と二人は、それぞれ次のシアタールームへと足を進めた。
ラデンチーム、第六シアタールームにて。
二人に向けて、ユタカが口を開く。
「さっきは、ごめんなさい」
「……歩みを止めてしまったことですか? それはワタクシも同じです。できることなら、まだまだ慎重に行きたいと言うのがワタクシの本音ですけれど、シャラクさんもメシアさんも、それに意味がないことを知っているようです」
いくら意味がないからと言って、それは、予測しない理由にはならない。ただ、それを切り捨てられる人間が強いことは、クロメだって知っている。そのせいで、自分が弱いままなのも。
「そうじゃなくって……」
「ん?」
「……怖かったの。あのレーザーで、首だけになったりサイコロみたいになったりするのが。デスゲームなんかに参加しているのにね」
「ユタカさん……」
クロメは、何を言うべきか悩み……悩んだ末に、何も答えはでなかった。
恐怖は、ある。クロメはもちろん、ユタカ同様二回目のメシアも、達観して見えるシャラクも、十八回目プレイヤーのラデンも。
それは悪いことじゃないのだ。恐怖が危険を遠ざけてくれるのだから。悪いのは、恐怖によって足が止まること。
先程の、クロメとユタカの行動なのだ。
故に、クロメは何も言えない。クロメには、ユタカの気持ちが痛いほどにわかってしまうから。
「あ、あの……」
今まで空気だったラデンは、この雰囲気に耐えられないと言った様子で、肩まで小さく手を上げた。
「こ、怖がるのは、悪いことじゃないと思うんですけど、えっと、それはシアタールームの中も一緒なので、つまり、その……ここも、安全じゃありませんよ……?」
いや、まぁ、その通りだけど。
今言うことか?
「そう、よね。その前にラデンさん、少し良いかしら?」
「えっ、あっ、はい。なんでしょう」
「……ラデンさんも、怖いの?」
煽るためでも、その結果で安心するためでもなく、おそらく純粋な疑問。少なくとも、クロメの目にはそう映った。
偉そうなことを言ったことに嫌味でも言われるのかと怯えていたラデンは、ユタカからの質問に、落ち着いてから返答する。
「もちろん、です。私は、運動神経良くないし、頭も良くないし、友達いないし、話すのも得意じゃないし、お化粧もできないし、一人じゃ病院も美容院も行けないし、ブスだし、チビだし、何やっても上手くいかないし、上手くやれないって諦めて何もやろうとしないし、そんな臆病者です」
唐突な、過度な自虐に、二人の顔が引き攣る。そこまでではない、と言いたいが、このゲームに参加している以上、二人にも似たり寄ったりな経験があるのだ。
他人からの安易な言葉を耳に入れたくないことは、理解できる。
「でも、十七回も、このゲームで生き残ってます。それは、私が臆病だったから……だと、思ってます。違うかもだけど」
ユタカは、驚いた表情でラデンを見る。
十八回目のプレイヤーでも、二回目のユタカと同じ悩みを抱えている。命賭けであるのだから、経験の差はあれど、立たされた舞台は同じなのだ。次は我が身の状況で、同じように恐怖していることなど、当たり前なのだ。
(今までずっと怯えていたのは、この中でラデンさんだけが、現実逃避しなかったから、ということ?)
コミュ症のせいである。
のだが、それをユタカは確かめないし、ラデンから言うつもりもない。
「え、えと、偉そうなこと言いましたけど、い、言いたいことはメシアさんと同じで、あの、みんなで頑張りましょう、ね」
「みんなビビってますよ、きっと。あちらのお二方は、元より芸能界に君臨する若手女優様と……マイペースで楽観的な二回目プレイヤー。内心では、ワタクシたちと同じ恐怖を抱いているんじゃないですかね」
「そうよね、普通、みんな怖いわよね。命が賭かっているものね。私だけが怯えているなんてこと、ないのよね」
オペレーターが社会へ適応できない何らかの理由を持つのと同じように、プレイヤーもそれは同じである。
ユタカには、他者比較による劣等感が、心の中に住み着いている。
他者を自分よりも過当に高く評価して、そんな空想による劣等感が、どんな成功体験にも付き纏う。
あの人ならもっと上手く、あの人ならもっと早く、あの人ならもっと正確に。頭の中にあるのは、それだけ。
自分も同じ。そんな一言があれば、彼女がこの世界へ足を踏み入れることはなかった。
ユタカは、全プレイヤーの中で最もマトモなプレイヤーである。
「行きましょう。こちらは一つ分、捜索する部屋が多いですから」
「あ、はい」
「えぇ。余計な時間を使ってしまってごめんなさいね」
「いえいえ、そんな」
「さ、参考になったなら、良かったです」
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