第11話 レーザー

 五人でシアタールームの入り口まで。

 扉はないため、もう映画館として使うことはできなそうだ。

 耳を澄ますと、小さくジィーと音が鳴っている。ずっと、止むことなく。


「覗いてみてください。あ、体を出し過ぎないように。真っ二つになっちゃいますから」


 クロメが言ったのは、メシアとシャラクに対してだった。三人は、二人が起きる前の確認作業で見ているのだろう。

 ゆっくりと顔を出す。


「何これ……」


 メシアの声が漏れる。それに比べてシャラクは、チラッと見るとすぐに顔を引っ込める。

 通路を往復する、赤い線。左右の壁同士を繋いでいる。

 シアタールームの扉同士の直線上は、レーザーが消えている。この第七シアタールームの扉から、向かいの第八シアタールームの扉までの一直線なら、問題なく渡れそうだ。

 移動も、そこまで早くない。片道毎に形が変わるが、それだけだ。

 殺傷力を見せつけて神経を削らせるための、嫌がらせのトラップ。メシアも、それ以外のプレイヤーもそう感じた。

 

 その先入観のせいで、数刻後、このレーザーによってプレイヤーが刻まれることを、誰も予見できなかった。


「では、ワタクシたちはあちらへ移動しましょうか」

 

 クロメがそう言って、レーザーが出口へ向かうタイミングで第八シアタールームまで駆けた。

 第七シアタールームから見れば、右手には突き当たりの壁、左手には出口だ。戻ってきたレーザーがもう一度出口の方へ向かうタイミングで、メシアとシャラクは第五シアタールームへと移動することにした。


「それではお気をつけて!」

「そちらこそ」


 メシアが返すと、三人は第七シアタールームの中へと入っていく。


「それにしても、これって本当にレーザーなんですかね。ただの光とかじゃなくて」

「なんでラデンに聞かなかったのよ」

「いえ、今なんとなく疑問に思っただけですので。だってレーザーですよ? 実現可能なんですか?」

「さぁ?」


 シャラクは壁に寄りかかって、どうでも良さそうに答える。レーザーは、ようやく出口まで辿り着き、折り返し始めるところだ。

 

「せっかくですし、やってみますか」


 五人とも同じ衣装を、厳密に言えば、どこかの制服を着させられている。それは、服による動き易さの差異を無くすためであり、そして外部から武器や道具を隠し持って来ようとするプレイヤーへの対策だ。

 役者として制服姿も経験のあるシャラクや、実際の年齢通りなのであろうユタカやラデンはまだしも、おそらくシャラクよりも年上のクロメは少し居心地が悪そうそうだった。

 何にせよ、制服なのだ。ブレザーとスカート姿で、もちろん、リボンがある。無くても羞恥せず、防御力としての見込みも薄い、ただのアクセサリーが。


「シャラクさん、見てて」

「……本物でしょ、どうせ」


 第七シアタールームの前で一度消えたレーザーは、扉を通過すると再び現れる。突き当たりの壁へと向かう時、メシアはレーザーに向かって、持っていたリボンを投げた。

 シャラクは、どうなるかわかっている。今までの経験から、危険に見えるものが安全だった試しはない。その逆は、もっとない。

 メシアもそれは知っている。ただの話題作りと、一縷の希望を抱いただけだ。

 レーザーは、ジィッと音を立て、リボンを切断した。


「準備して。もう行くよ」

「はい」


 レーザーが壁まで到達して、折り返しが始まる。第七と第八を結ぶ直線上を通過した。それを追いかけるように、メシアとシャラクは移動を開始。

 第七側の壁の、一つ出口側。第五シアタールームへ入った。


「どうします? トラップに気をつけるとなると、やっぱり私、邪魔ですか?」

「……いいよ、好きにして」


 シャラクの見立てでは、スタートポイントである第七以外は、少なくとも一つずつトラップがある。それら七つと、廊下のレーザー、合わせて八つ。

 数としても、少な過ぎず多過ぎず。やはり、この確率が高いだろう。


「セオリーとして、鍵は宝箱みたいな、小ちゃい箱に入ってるから。宝箱を見つけても、絶対に開けないでね」

「……はい、わかってます」


 前回のゲームでも、そうだった。宝箱を見つけてすぐ、二人が死んだ。もう終わるのだと緊張が解けたところを、隙をついたように。

 もう、油断はしない。それが自分の安全に直結し、仲間の生存に貢献できるから。


「じゃ、行くよ」

「はい」


 ゆっくりと二人で歩みを進めると、第七と同じように真っ白く光るだけのスクリーンが見えた。客席の数や造りも同じで、全てのシアタールームで同様だろう。

 入り口から伸びる通路は、上段と下段のちょうど中間にある。


「一人でいける?」

「……大丈夫です」

「そう。ならあたしが上、あんたが下ね」

「はい」


 クールに、ドライに、どんどん決めていくシャラク。五回目と言うことだが、メシアから見れば、ラデンよりも慣れて見える。

 恐れることなく、怯えることなく、目的を遂行しようとするその姿は、まるでロボットのよう。

 メシアは恐れている。必死に命を燃やすかのように、心臓がうるさく脈打つ。

 死ぬかもしれない。

 今更になって、そんな当たり前のことが思考を埋め尽くす。


「本当に大丈夫? 怖いならいいよ、一緒でも」


 死ぬかもしれない? そんなこと最初からわかっていたし、自分だけじゃない。全員、命を賭けるだけの価値を見出して、もしくは死に場所を探して、この場に立っているのだ。


(また足を引っ張るのか? また助けられるのか? ……また自分だけ助かるのか?)


 運営は、メシアを理解していない。

 前回のゲームから立ち直ったなんて、そんなことは断じてない。今でもメシアの心の中はぐちゃぐちゃだ。死んだ五人に足を掴まれ、生き残った二人に背中を向けられている。

 それでも、やると決めたのだ。自分のような人間が、あの子たちのような人間が、少しでも減るように。


「大丈夫っ! いけますっ!」

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