第9話 運命の五人

 柔らかい椅子に座らされていたメシアは、目を覚ました。

 寝起きの頭で、それでも周囲を確認する。

 周りは暗かったが、目の前には無音のまま真っ白に光る大きなスクリーンがあり、客席を満遍なく照らしている。

 ここは、映画館だった。


「……はぁ」


 寝起きのため息と同時に、椅子から立ち上がって伸びをする。体の何箇所からポキポキと音を鳴らして、再び周囲を確認。


「あ、そこの人。こっち来て」


 立ち上がった事で気づいた、というか気づかれた。メシアがいた座席より後ろの、つまりは上の座席で、他のプレイヤーが集まっていた。

 自分が最後かもしれないと思い、急ぎ足で上る。

 

「すみません、遅れましたか?」

「まぁ、あなたが一番最後だけれど。遅れたって事はないでしょう。きっと」


 四人だ。全員、同じ制服だった。しかし、メシアの高校の制服ではない。寝ている間に運営に着せられるコスチュームだ。

 メシアの質問に返答したのは、立ち上がってすぐに声をかけてくれた人だった。


「それでは、五人集まった事だし自己紹介にしましょうか。まずはワタクシから。墨染めクロメと申します。ゲームは六回目です」


 名前の前についた「墨染め」とは、プレイヤーの二つ名。それだけが独り歩きして覚えられることも多く、運営曰く、《お客様》への看板らしい。

 二度目には決定する決まりであるため、メシアも帰りに決める事になる。生きていればの話だが。

 クロメは、名前の通りにまん丸の黒い目で、それは髪や爪も同様だった。

 六回目……二回目のメシアにとって、先輩に当たる人だ。そして、それはきっと、この人だけではない。

 クロメは、次の人を視線で指定する。和やかな表情のその人が口を開く。


「初めまして。ユタカです。ゲームは、えっと、二回目です。二つ名はまだありません。若輩ですので、手取り足取り教えた頂けると助かります」


 ペコリと頭を下げたその少女も、名前の通りだった。上半身の女性的特徴が、それはもう豊かに育っていた。ちょうど胸ほどまでの長さの茶髪が、二つの丸に乗っかっている。

 おっとりしていながら、しっかりしている。柔らかい声と、人目を気にする徹底した表情から、メシアにはそんな印象に感じた。

 それはともかく。メシアと同じ、二回目。それだけで安心することができた。

 またクロメが視線を向ける。


「あ、ら、ラデンです。渦巻きラデン。その、仲良くしたりする気は、えと、ないです。あ、十八回目です」


 弱々しく話すその子は、しかし内容は強かだった。そしてスコアも。

 紺色の短い髪で、顔を隠そうとしている。

 十八回。何度命を落としかけ、何度人を裏切ることでそのスコアまで至ったのか。今回も、そうなるのだろうか。

 

「えぇっと……お次よろしいですか?」

「初めまして皆さん、メシアです。ユタカさんと同じで、私も今回で二回目です。よろしくお願いします」


 クロメのパスにより、気まずくなった空気を持ち直そうとしたが、それでも先程までのようには戻らない。

 残る一人は、四人とは離れた場所に立っている。

 ラデンのように協力的じゃないというわけではなく、おそらく騒がれないように。その人の顔を、メシアも他三人も、よく知っていた。


「どうも。釘付けシャラク、五回目。えっと、これだけでいい?」


 金髪に目を惹かれるが、その真価は顔にある。ほとんど表情を作っていないにも関わらず、今まで見た中で誰よりも美しい。

 話題のドラマから大手会社のCMまで、テレビで何度も見たことのある女優だ。

 芸名は、氏が大鳥伏つばめつがい、名が洒落頂しゃれこうべ。インパクトのある名前だったから、よく覚えている。


「えっ、と……」

「あんまり、詮索しないで貰えると助かる」

「そうですね! 失礼しました!」


 司会を務めるクロメは、一応プライベートであることを考慮して追求しなかったが、胸の内では皆一緒のことを思っていた。


『なぜ芸能人がこんなことを?』


 ゲームへの参加理由を聞くのがナンセンスなことは、ビギナーであるメシアも心得ている。


「自己紹介も終わりましたし、それでは本題へ……と言いたいところですが、ラデンさんは協力してくれるんです?」


 クロメが、できるだけ刺激しないよう穏便に、オドオドした少女へ聞いた。いきなり話を振られて驚いたのか、「へっ⁉︎」と素っ頓狂な声を上げてから話し始めた。


「あ、えと、はい。仲良くするのが苦手なだけで、その、協力は、したいです。えと、きつい言い方になっちゃって、すみません。あ、でもあんまり期待されても、その、力になれるかわからないので、えと、経験だけ重ねた老害みたいに思っていて、ください」


 すんごい自己肯定感の低い女の子だった。それはもう、すんごい。

 さっきの言い方も、言ってから悩んでいたようで、きっと夜中に一人反省会して死にたくなるよう少女なのだろう。


「あ、そうでしたか。すみません、疑うような真似を」

「いえ。わ、私が悪かったので」


 張り詰めた空気を和ませるようにクロメが言って、ラデンは自信なさげに素直に謝る。それを見て微笑ましそうにユタカが笑う。

 前回と一緒だった。ルーキーじゃないプレイヤーでも、こういうやり取りがあることを、メシアは初めて知った。もっと殺伐とした煽り合いでもあるのでは、と想定していたメシアにとって、他のプレイヤーと協力関係が築けることは、自身の目標へ前進する情報だった。


「シャラクさん。あなたは混ざらないんですか?」


 メシアは、三人の空間から抜け出して、シャラクへと話しかける。


「これから死ぬかもしれないのに、よくワイワイできるね。あたしはどちらかと言うと、ラデンの言ってることの方が賛同できる」


 役ではない素の彼女と話しただけだが、それがコメンテーターとして活躍しない理由を物語っている。口が悪く、慎重深い。

 メシアも年頃の高校生。元より除け者にされている子を放っとけない性格ではあるが、じゃじゃ馬感覚であったのも否定できない。

 結果として、かなり否定的な言葉を浴びせられたにも関わらず、メシアは怒るどころか、シャラクの素を知れて、優越感に浸ってすらいる。


「あ、ズルいですよメシアさん。抜け駆けなんて。ワタクシたちも混ぜてください!」

「本当、私もシャラクさんとお話ししたかったのに。今からでも混ぜてもらってもいいかしら?」

「あたしは別に——」

「はい、皆で親睦を深めましょう。シャラクさんも異論ないそうです」

「あ、わ、私も……いえ、なんでもないです」

「遠慮しないでラデンさん。シャラクさんもワタクシたちと五人一緒が良いそうですよ!」

「あ、へへっ、なら、よ、よろしくお願いします」

「……もう好きにして」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る