【幾千の映画《シアター・ノータイム》】
第8話 遅れて登場、主人公
その女の子は、いつも通り学校を終え、生産性のないその場限りの話をしながら友達と共に帰路についていた。
二人の女の子の間に立つ、黒い髪の女の子だ。三人の中では、いつも中心的な存在だった。
しかし、残念なことに、学校の敷地から出る前に解散する事となる。
「本当にごめんね! 忘れ物しちゃったみたいだから先に帰ってて!」
「じゃあそうするね。またね、ムスビ」
「バイバーイ」
「二人とも、また明日」
三人で帰ろうとした時、見えてしまった。駐車場に停まる黒い車と、その車の運転席に座るスーツとサングラスの不審者を。
つい二週間前にも、似た格好をした人間を見ている。
一目につかないように車に近づくと、運転手が後部座席に乗るよう、窓越しにハンドサインをしてきた。
「……失礼します」
「どーぞ、お嬢さん」
サングラスで顔を隠しているが、女性の声だった。前回の人とは違う。
前回の人は敬語できっちりとした、まるで個性を殺しているような人だった。しかし、目の前にいる人は砕けた話し方で、こちらの気持ちを考慮しないハズレのタクシー運転手のような人だった。
「出発する前の最終確認だけど、続行ってことでいいんだよね? ムスビちゃん」
「はい」
「ならいいや、ほいじゃしゅっぱー……あっ、ごめんもう一つあった」
やはり、今回のオペレーターは前回の人とは違った。
スーツが似合っているのはルックスが良いからであり、仕事が出来そうだからではない。そういう意味でなら、むしろ似合っていない。
「なんです?」
「プレイヤーネーム、そのまま本名でいいの? 変えなくていい?」
「……偽名ってことですか?」
「うん。《お客様》に見られるし、名前晒すのに抵抗ある人もいるのよ」
少しの時間、考える。
本当に少し。時間にして五秒に満たない。あらかじめ考えていたわけでもなく、ムスビは名前を呟く。
「メシア……でお願いします」
「ははーん。そいつは、アレかな? 私たちへの宣戦布告かな?」
えぇ、もちろん。
そう答える前に、次の言葉が飛んできた。
「いや、いいんだよ。私たちにとって喧嘩を売られることなんて、帰る途中に衝動でコンビニによるくらい頻繁で、襲われることだってアクシデントにすらならねーんだよね。たださ、それでも愉快じゃない? 恨む、憎む、妬む、呪う……それは全部、下の人間が上を向いてやることだぜ?」
……本当に、ペラペラとよく喋る。
メシアを煽っているのか、簡単にはやられないと言う事実なのか。
どちらにしろ、結果としてメシアには静かな怒りが灯っていた。
「あなた方は、自分たちが上の人間だと思っているんですか?」
「ちげーよ、下から目線で微笑ましいねって言ってんの」
攻撃的な言葉でありながら、話し方に刺々しさはない。ただ、見下してバカにするように、威嚇すら必要ないかのように、世間話の一環のように、柔らかい話し方。
「まぁ、運営だの公式だのってのが参加者に対する絶対的な『上』であることには間違いないけどね。あぁ、君たちも上ではあるのか。掌と舞台なら」
「……もう、いいです。出してください」
「あれ? ごめんね怒らせちゃった? そういう気じゃなかったんだよ、許してね。あ、そうだ私レインっての。気軽にレインちゃんって呼んでくれても良いんだぜ?」
「出してください」
レインがエンジンをかけて、それと同時にメシアに二つ渡した。新品のペットボトルと、包装された錠剤。
「これ飲んでね。あ、場所を探るために飲まなかったりしたら参加資格剥奪だからね? 二度と参加できないように記憶処理もされるから注意して」
「……はい」
渡された睡眠薬を、言われた通り飲む。
飲んでから薬が効くまでの僅かな時間。車に揺られながら、横になる。
「メシアちゃん。もう眠ってしまう君へ、起きた時には覚えていないだろうから、言わせて貰うね」
意識が朦朧とする。瞼が重い。まともに考えることもできない。
そんな中で、たしかに聞こえた。
「前回のゲーム、主催したのは私なんだ」
そこで、メシアの意識は途切れた。
それを確かめてから、レインはもう一言。
「君が本当の意味でメシアになれることを、心から願ってるぜ」
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