第7話 件のプレイヤー

 シュガーとプドルが六課へ異動してから、早くも十日。

 それぞれの教育係を中心に、六課職員に鍛え上げられていた。

 本部にある一室、道場として利用される大広場。六課以外が利用することはほぼないその場所に、新人二人とおじさん一人。


「君たち、昨日レインちゃんに連れられて、【模擬死亡遊戯アスレチック】に行ったんだってね。どうだったんだい、結果のほどは」


 茶髪を結んだその男は、六課最年長の四十過ぎである。その見た目と、若者二人の前に立っていることもあり、まるで師匠のような雰囲気を漂わせている。

 シルバが言った【模擬死亡遊戯アスレチック】は、《今際》敷地内にある模擬ゲームだ。全部で五つある罠を回避しながらゴールまで辿り着く、一般的なアスレチックと同じである。

 ただ、難易度は六課向け。安全ではあるものの、既存のデスゲームと大差はない。他の課の職員であれば一つの罠もクリアできない。


「自分は……ゼロです」

「私は一つクリアできました!」


 悔しげに言ったプドルとは逆に、シュガーは自信げである。

 【模擬死亡遊戯アスレチック】は六課としての基準になる。心配性のリコシェ課長は、これをクリアできなければ試遊は認めないだろう。あの課長は、わざわざ死にに行かせることは絶対にしない。それはシルバも同意見である。

 十日で一つ。このペースでいけば、最初に試遊ができるようになる二十日後より、試遊へ送り出せるのは大幅に遅くなる。

 新人二人には悪いが、六課職員の時間を使ってまで育て上げるのは、将来的な人手不足の対策であっても、現状では大きな無駄だ。

 一ヶ月以内にリコシェから認められなければ、二人の六課の席はなくなる。


(困ったねぇ……)


 よりにもよって、教育係にレインがいるのだ。二人が【模擬死亡遊戯アスレチック】をクリアできなくとも、一ヶ月経てば試遊に同行させかねない。

 それをキリギリスが止めるかどうか。なんだかんだ親バカ気質なキリギリスは、新人の成長を期待するに決まっている。止めることはまずない。

 レインの強行次第によっては、二人が死ぬ可能性すらある。そこで結果を出せたとしても、リコシェが認めることもない。 

 シルバがすべきは、二人を一刻も早くリコシェに認めさせること。本来の教育係の仕事である。


「そういえば、レインさんが言ってたんですけど、先輩方は【模擬死亡遊戯アスレチック】のクリアタイムで競い合ってるんですよね? シルバさんはどれくらいでクリアできるんですか?」

「私も聞きたいです。クリアの目処が立たないので、せめてクリアタイムだけでも」

「レインちゃんには聞かなかったのかい?」

「恥ずかしながら、疲れすぎて聞きそびれてしまいました」


 むしろ、そっちの方が良かったかもしれない。五人の内、シルバの記録はドベだ。他と比べればまだ現実味がある。


「五分くらいだったかな。コース自体は長くないけど、避けながらとなるとやっぱり疲れるからね」

「五分ですか……」

「思っていたより遅いだろう? 六課とは言え、おじさんだもの。そんなものさ」


 二人は意外そうな顔でシルバを見た。

 怪物揃いの六課。見た目通りのシガーや、評判通りのレイン、知的を装って実はただの脳筋なキリギリスに、それらの長たるリコシェ。

 その中で、二人は、たった一人だけ安心できる上司を見つけていた。

 

「お話もこれまでにして、始めようか」

「「はい!」」


 三人が竹刀を持つ。二人がシルバへ剣先を向けている。

 六課では反乱した挑戦者プレイヤーへの対人戦も想定されるが、これは罠の対処法を掴むためのものだ。

 シルバの攻撃を、受けるか避ける。それを見て、シルバが二人に最適な罠の避け方を教える。罠の回避であれば実戦が好ましいが、何度も【模擬死亡遊戯アスレチック】で惨敗して負け癖がつくのもよくない。

 今日も、シルバとの鍛錬が始まった。




「ふぅ、ちょっと休憩しようか。おじさん、体力はからっきしだから。二人も疲れたでしょ?」

「はぁ、はぁ……はい、っ」

「に、二対一なのに、流石です」

「おべっかはいいよ」


 本当のことだった。

 二人がかりで挑んでいながら、目に見える疲労はシルバの方が少ない。二人から攻撃を仕掛けるからなのだが、それらも全て竹刀で受け流される。

 まぁ、それは良いのだ。シガーなら素手で受けるだけ受けて「弱い」と吐き捨て、キリギリスなら大人気なく斬り返し、レインに限っては全てを避ける。

 シルバのように、対等に戦いながら、たまに攻撃するだけの、基本受けてくれる人間はいないのだ。無自覚で甘やかしてしまっているのだが、それが新人教育へどう転ぶか。

 

「うん。二人の強み、ここ何日かではっきりしたよ」


 腰を下ろしながらも、緊張した面持ちでシルバの話を聞く。これでようやく、自分が伸ばすべき方向がわかるのだ。


「シュガーちゃんは動きが良いね。走るまでの立ち上がりは速いし、バネもある。性格的には正反対かもしれないけど、スピードでゴリ押しするのがオススメかな」

「スピード、ですか。……先生がそう言うなら、そうなのでしょう。従います」


 呼び方、先生になっちゃった。


「そういう動きを教わるならシガーちゃんが理想だけど、良くも悪くも、彼女は人並外れているからね。参考になるかどうか」

「……先生の言うことでも、それはちょっと」


 先程の言葉と真逆。

 見た目だけでも恐ろしかったシガーに指導されるようになって、二人は確信した。シガーは、体術も性格も難あり。

 誰より関わりたくない先輩となった。教わるとなれば、断る以外の道はない。


「なら、レインちゃんかな。あの子は大抵のことは何でもできるから、何か困ったら頼ると良いよ。……素直に教えてくれるかは、別だけど」

 

 もっと性格に難ありな先輩である。

 それでも、五十歩百歩ではあるがシガーより優しい対応だし、意外なことに気も利く。ただ、些細な嫌がらせをしてくるだけで。


「…………話を、通しておきます」


 苦渋の表情だった。


「プドルくんは目が良いね。動体視力に体がついて来れてないけど、よく見えてる。作動してから避ける分、後手になって危険は伴うけど、動きだけで闇雲に避けるより信用できるんじゃないかな」

「どのように鍛えればいいのでしょう」

「そういう感覚的なのはリコシェちゃんが得意なんだけど、忙しいだろうからねぇ。やっぱりレインちゃんになるのかな」

「…………そう、ですか」


 これまた、苦渋の表情だ。


「どちらにしろ、二人とも六課の素質はあるよ。リコシェちゃんが選んだだけある」

「そうでしょうか……?」

「六課相手に通用しないってのは、当たり前の話だよ。対人は試遊ができるようになってから鍛えればいいし、いざって時は六課全員で対処することになるから焦りなさんな」

「では、やはり【模擬死亡遊戯アスレチック】のクリアが当面の目標ですか?」

「そうだね。慣れればクリアできないこともないし、あまり頻繁に行くのは勧めないけど、週に何度か行ってみるといい。アレなら二人でもできるだろう?」


 本部の敷地内にあるとは言え、今となっては六課がお遊びに使う程度だ。元々、六課のための施設であるため、作動するのに許可が必要なわけでもない。

 新人とは言え、六課であればいつでも利用できる。


「おっと。おじさんはこれから試遊あるからもう行くね。二人も鍛えるばっかりじゃなくって、ちゃんと自分の仕事しなね。リコシェちゃんに怒られちゃうから」

「はい、気をつけます」

「先生もお気をつけて」




 試遊へ行く前に、シルバは執務室へ寄った。施設に関する資料と、試遊に行く報告のため。

 執務室には、レインとリコシェの二人だった。シガーとキリギリスは、どちらも朝から試遊でいない。


「あ、おじん。そういやおじんも試遊あるんだっけ?」

「そうだよ。レインちゃんは、今日はないのかい?」

「試遊はね。主催はあるけど」

「頑張ってね」

「シルバさん、今の時間からとなると直帰かしら?」

「その予定だけど、何か連絡でも?」

「えぇ。せっかくだからレインも聞いて」


 二人が、リコシェに顔を向ける。

 いつにもまして真面目な表情で語り出す。


「先日の初心者ルーキー過半数死亡ゲームについてなのだけれど。生き残った三人の状況について知ってるわよね」

「あぁ、一人は続行ってやつ?」

「少し話題になっていたからね、おじさんも知ってるよ。それがどうかしたのかい?」

「その一人が、明日のゲームに参加するわ」

「「……はぁ」」


 シルバとレインの困惑したため息が重なった。聞く分には、さして重要なことはない。

 ただ、実際は。


「普通、あんな凄惨なゲームを経た初心者ルーキーが、それでもゲームに復帰できるわけないでしょう。《今際》を潰そうとしてるか、もしくは異常殺人鬼と考えた方が良いでしょうね」

「それで?」

「どちらにしろ、攻撃的である可能性が高いわ。デスゲーム運営なんて、挑戦者プレイヤーからすれば恨まない理由を探す方が難しいもの」

「……あぁ、そういうことね」

「おじさん、あんまり争い事は好きじゃないんだけど」


 リコシェが言ったことは、つまり危険な挑戦者プレイヤーの可能性が高いから六課が担当する、ってことだろう。

 危険というのは、強さではなく意思のことだ。上級者ベテランにもなればそれなりの強さはあるが、《今際》のルールに従う温厚な者が多い。しかし初級者ビギナーは、弱くあっても運営へ攻撃的な思想を持つ者の方が多い。

 経験の差でゲームへの向き合い方も変わるのだ。経歴が長ければ長いほど、《今際》への恨みを晴らすより、次のゲームで生き残る事を目標にする。

 

「じゃあ私やるよ。前回のゲームも担当したし、実はほんのちょぴっと罪悪感あったんだよね。止めるべきだったかなぁ、って」

「そう、なら任せるわ。シルバさん、呼び止めて悪かったわね。行ってらっしゃい」

「うん、行ってきます」


 シルバが執務室から出る。

 再びリコシェとレインのみになってから、諸々の注意点を確認する。レインが勝手なことをしないように。

 リコシェは、レインのことを信用していない。六年目の付き合いではあるが、それでも信用できない。

 

挑戦者名プレイヤーネームはムスビ。まだ一回目だから、変更するかゲーム前の送迎中に確認すること。眠らせる前にだからね、忘れないでよ」

「はいはい」

「二つ名はゲーム終わり。恥ずかしがったり熟考したりで長引くようだったら、あなたが決めてあげなさい。《お客様》への看板になるんだから、カッコいい二つ名にしてあげなさいね」

「わかってるよ」

「もし何らかの武力抵抗に出た場合、まずは言葉での和解を試みなさい。それが無理だった場合のみ武力行使を許可します。そうなったら、送り届ける前に記憶処理の為に本部まで戻って来てね」

「もう! わかってるってば!」

「本当にわかってるのでしょうね。……ムスビの二回目のゲームの主催は、彼女を担当した六課が行うことになっているからあなたがやるのよ。監視も兼ねてね」

「わぁかぁったぁ!」

「……本当にお願いね。こちらに非がある分、あまり大袈裟になると他の挑戦者プレイヤーからの批判も増えてしまうだろうから」


 初心者ルーキーでありながら、過半数死亡ゲームから続行。それなのに、二回目で強制リタイアとなれば、それは運営の問題と捉えられる。

 それがゲームへ直接影響することはない。だが、信頼の問題だ。運営が横槍を入れた、なんて事は噂話でもあってはならない。


「大丈夫、私がやるんだから。下手なことにはならないよ」


 レインがニンマリ笑う。


 信用できるはずがない。

 この女は、今までに三度、《今際》を潰そうとした挑戦者プレイヤーに協力しているのだから。

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