第6話 新人の決意

 一階の罠二種、総数四つを回避したレインを画面越しに見て、新人二人は。


「どうですか? これが六課で、あれがレインさんです。シガーさんも、シルバさんも、課長も、もちろん私も、同じことができます」

「「…………」」


 キリギリスは、いい上司である。ロリコンではあるが、六課の中では比較的いい上司である。

 だから、事実であっても、わざわざ恐怖を煽るような決定的な言葉を、口にはしない。あなた達も同じように、なんて。


 一階の罠を全て確かめ、レインは階段を上る。二階でも再び右館へと足を進めて、奥の部屋の扉と、突き当たりの、丁度中間辺りで止まる。


『ここいら?』

「はい。そこより三歩先の足元にある赤外線を通ると、屋敷の両端からアイスピックが発射されます」


 アイスピックとは言っても、形状が似てるだけで用途は全くの別物だ。かち割るのは、氷ではなく人間。


『おっけー』

「ここからは本気なので、お気をつけて」

『わかってんよ』


 本当にわかっているのか。レインは、またしても緊張感のない足取りで進む。一歩二歩ときて、三歩目。

 ヒュン、という風を切る音と共に、右館の端から、頭目掛けてそれが飛んでくる。廊下の真ん中を軌道としており、そこにはレインも含まれる。


『しょ、っ』


 体を傾けて、前方からの高速飛来物を容易に避ける。

 しかし。

 罠は左右対称。作動するのは両端から。

 左館からも、僅かにズレた軌道で発射される。それは奇しくも、レインが傾いた方向と同じだった。


 体を捻りながら倒れ、目で捉える。

 片方が作動することでもう片方が作動するため、レインへの到達までに時間差が生まれる。右館側の罠を避けても、左館側の罠が追い打ちを仕掛けてくるのだ。


(うーん……避けれないか、これは)


 足を軸にした体重移動は、よろめいているのと等しい。そこから更に回避行動をとることは、レインであっても難しい。


 レインは最大限まで体を捻りながら、高速で迫り来るアイスピックを、自身に当たる直前に右手で掴んだ。 

 常人であれば反応すらできない速度の鋭器を。


「……キリギリスさん。俺たちは、アレができるようにならなければいけないんですか?」

「無理ですよ、あんなの。少なくとも、人間にできることじゃない」


 斧であれば、まだよかった。どれだけ早くとも、発射地点が不明なまま飛んでくるわけじゃない。

 振られる刀を避けるのと、撃たれた弾丸を避けるのでは、想像ですら天と地ほどの差がある。

 弾丸は避けれない。それは、二人の中で、絶対的な常識だった。


「まぁ、たしかにレインさんでは参考にならないと思いますが……避けるだけであれば、お二人が思っているより難しくはないですよ。重要なのは三つ。タイミングと、発射地点と、回避方向。これらが大まかにわかっていれば、あんな力技に頼る必要はありません」

「……その三つだって、わかるはず——」

「先程も見ていたでしょう。罠の作動は監視室から合図が入る。発射地点は基本的に壁か天井、稀に床。回避方向に至っては、作動前に見切りをつけて軌道上に乗らない立ち位置であればいい。どれも、試遊であれば可能なことです」


 あくまで、試遊であれば。本番のデスゲームだったなら、それらは不確定であり、それぞれの直感のみで回避しなければならない。

 キリギリスは簡単に言ったが、死ぬ可能性が拭えない以上、そうできることではない。


 《今際》六課とは、怪物の巣。

 技を極めし天才と、生まれついての天才しかいない。

 レインは、後者だった。


『前のを避けたと思ったら、後ろからも飛んでくる。いいと思うけど、もうちょい低い軌道の方がいいんじゃない? おチビちゃんだと頭上直通になっちゃうよ。頭じゃなくても、深くまで刺されば致命傷でしょ』

「わかりました。140センチくらいですか?」

『130かな。それなら掴みにくいだろうし』


 ハクイは内心「普通は掴めねーよ」と思ったものの、実際に試遊しているレインが言うことだ。無下にはできない。

 

「では、次が最後です。用心してください」


 突き当たりへと進む。壁には細い穴が空いている。アイスピックが発射された痕跡だ。

 そこを無視して、レインは天井から吊るされた紐を引っ張り、収納階段を下ろした。

 最後の罠は、鍵と共に屋根裏にある。探索型のゲームの場合、重要なアイテムの近くには、決まって罠が設置されている。油断したところを狙うように、それまでより凶悪な罠が。


『屋根裏って、なんかワクワクするよね〜』


 明かりはなく、しかし埃もない。

 中央までの移動中、床が抜けて、明かりが漏れている場所があった。一番最初の、槍が発射された場所だ。

 本番でも最初に作動するであろう罠が、鍵の隠し場所のヒントとなる。慣れた挑戦者プレイヤーなら、それだけでも鍵の在処に気づけるだろう。

 木造の支柱ばかりだった屋根裏に場違いな、脚の高い丸テーブルと、その上に小さな宝箱のような物が置かれている。


「箱の中の鍵を持ち上げると、テーブルの前の一人分の足場が開いて、一階に叩きつけられます。今までの罠の系統通りに警戒しても、回避はまず不可能でしょうね」


 槍が降ってくる一つ目の罠。斧が倒れてくる二つ目の罠。鋭器が飛んでくる三つ目の罠。

 それらとは趣向が違う。先の罠で飛来物を警戒させ、最後は全くの別物、落とし穴。回避までの反応が遅れるのは目に見えている。


『自由落下でグシャ?』

「えぇ。落ちた先に竹槍が、なんてことはないですね。運が良ければ助かるでしょうが、ざっと十メートルはありますし、まず助かりません」

『飛び降りで確実に死ぬ高さって、わからないらしいよ。私の知り合いも高層ビルの六十階から落ちて無傷だったし』

「むしろ何で生きてんの、その友達」


 うっかりタメ口で話してしまったハクイをスルーして、レインは宝箱を開ける。特徴的な形をした、大きな銅色の鍵が入っていた。まさにテンプレな屋敷の鍵、という感じだ。


『ほいじゃ持ち上げますよー』

「お気をつけて」


 宝箱の中の鍵を持ち上げる。

 足場が開いてから、丸テーブルに置いた手を軸に、反対側へ跳躍する。重力を感じさせない身のこなしで、レインは監視室へと話しかけた。


『落とし穴だってわかってなければ、作動してから避けるのはまず無理だろうね。ただ、下に落ちる前に、開いた足場に捕まることはできるかな。現実的じゃないけど』

「ゲームを通した死亡推定人数は二人なのですが、どう思います? もっと低いですかね?」

『いい線じゃないかな。一階が不安要素だけど、二階と屋根裏で確実に一人ずつ死ぬね。上級者ベテランが何人かいれば、一人に抑えられるかもって感じ。最後はまぁ、不可避かな』

「そうですか。これで試遊は終わりとなります、ありがとうございました」

『どういたましてー』


 レインが屋根裏から下りる映像が、大量にある液晶の一つに映る。

 

「キリギリスさんにも聞いておきたいんですが、死亡推定人数、どう思われます?」

「二人でいいと思いますよ。振り分けは、初級者ビギナー半分、残りが中級者ミドル上級者ベテラン、という感じでしょうか」

「参考にします」


 ハクイからの短い問答を受けて、キリギリスは驚愕しっぱなしだった新人二人を連れて、レインより一足先に車までの帰路に着く。

 屋敷から出て、長い山道に入ってから、キリギリスは声をかけた。


「あまり気負わないでくださいね。これから一ヶ月、私もレインさんも、他の六課の方々も、お二人の成長を全力でサポートさせていただきます。アレくらい、嫌でもできるようになりますよ」

「……お言葉ですが、たった一ヶ月でレインさんのようになれるとは、自分はとても思えません」

「私も同感です」


 二人からの疑いの視線を背に感じながらも、そのまま先頭を歩いて、振り向かず言葉を返す。


「結論から言いますと、罠の回避であれば、個人差はありますが、誰でもできるようになります。飛んできたボールを咄嗟に掴むか避けるかするのと、原理は同じですから。相違点があれば、明確に命が賭かっていることくらい」

「……怖がらなければ、できると?」

「そうなりますね」


 シュガーとプドルは、そんな言葉を信じることができるほど強くない。

 末端であれど、裏組織の一員。何らかの要因で社会に適応できないか、あるいは適応する気がない者しかいない。それは当然、二人にも該当する。

 二人が裏組織に腰を据えているのは、自信がないから。自分を信じることができず、そのため他人を信じることもできない。《今際》では一般的な所属理由だった。


「課長曰く、必死になって悩むようなことでも、一歩踏み出してしまえば案外簡単にできてしまうそうです。ただ、それに気づくための一歩はとてつもなく重たくて、前に道があるのかもわからない。進みたくとも進めない、そんな一歩なのだそうです」


 何の話をしているのか、よくわかる。踏み出すことができない人間へ、誰もが口にする言葉だ。

『あと一歩』

 それができないことを、やっていないだけと言われる。助言を装った雑言で。

 レインとは真逆。善意による攻撃。


「たった一歩なんですけどね」

「キリギリスさんにも、経験があるんですか?」

「ありますよ、そりゃあね」


 当然の如く。そんな意味を込めたように、微かな笑い声を含んでいた。


「私の場合、それは重い一歩ではなく、遠い一歩でした。決して届かない一歩先を、どうしても越えたかった。弱い私をいつも守ってくれた姉上に、勝ちたかった。心配させないため、強さを証明し、弱音を全て吐き捨てたかった」

「「…………」」

「今でも姉上には敵いません。ですが、この夢はいつか叶えます」


 あなたたちはどうですか?

 キリギリスはいい上司だ。ロリコンだが、いい上司なのだ。

 今度も、言葉にはしていない。ただ、それでも、二人には聞こえた。


「……自分たちは、キリギリスさんのように、前向きに考えることができません」

「失敗した想定ばかりが脳裏をよぎり、偉大なる先輩方から背を押されても、まだ一歩を踏み出せません」


 為せない二人と、成せないキリギリス。

 互いに理解し合うことは難しい。それでも、互いに影響を与えることはできる。


「それでも、あなたのように成りたいと思いました」

「それでも、あなたに着いて行きたいと思いました」

 

 もともと自信のない二人だ。揺らせば簡単に倒れるほど、芯はない。決して諦めることのないキリギリスをぶつければ、こうなることは必然だった。

 しかしこれは、誰の打算でもない、奇跡的な化学反応である。


「目標にされてしまうと、流石に恥ずかしいですね」


 無表情のまま振り返り、本心かわからない言葉を口にする。二人も自分が言ったことを自覚したらしく、顔を赤らめている。


「おーい! なんで先に行っちゃうのー! 待っててくれてもよくなーい?」


 若干の気まずさを漂わせた空気を、遠くからのレインの声がぶち壊した。物凄い速さの駆け足で三人の元まで瞬時に来る。


「てか、なんか恥ずかしい話してた? 私の嫌がらせレーダーがビンビン反応してるんだけど」

「そのレーダーどこにあるんです? 今後のためにも潰しておきます」

「そりゃもう全身くまなくレーダーよ!」

「救いがありませんね。残念です」

「……もしかしてマジギレしてる?」

「してません」


 してる。

 

 

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