第4話 新人
「はいはい、ちょっと連絡がありまーす」
課長会議の翌日、呼び出されお叱りを受けたリコシェは、見たことのない男女二人を連れて執務室に戻ってきた。
六課メンバーは全員揃っている。レインとシガー。小汚い茶色長髪おっさん、シルバ。ピンク混じりの黒髪をポニーテールで結ぶ、キリギリス。
「みんな気づいてると思うけど。私とキリギリスがあんたらの書類仕事を押し付けられているせいで、六課で仕事をこなせるのが三人しかいないじゃない? 仕事周りが遅いって苦情も来たので、他の課から素質ありそうな新人を連れてきました」
「……新人、ですか?」
課長秘書キリギリスが口を開いた。ただでさえ他の課から恐れられている六課の中でもあまり表情筋の動かない女性であるため、連れてこられた二人は視線を向けられただけで怯えている。
「そう。自己紹介、お願いできる?」
「はい! 本日付けで、五課から六課へ異動となりました! ユキジと申します!」
「同じく五課から異動となりました! シノです!」
清潔感のある見た目から、リコシェに期待の新人と呼ばれる理由が伺える。きっと猫の手では終わらない働きを見せてくれるはずだが。
しかし、二人ともガッチガチに緊張していた。失礼にならないように。その一点のみに集中して悩んだ結果、緊張していることを見抜かれないよう大声で挨拶するという結論に至った。
それもそのはず。
なんたって六課は、リコシェ以外の全員、人相が悪いのだ。吊り目で暴力的なシガー、機械の如く無表情なキリギリス、飛び抜けて歳上なシルバ、顔はまだしも悪名が轟すぎているレイン。
リコシェと移動している最中は世間話もできていた新人二人が、他四名を見た瞬間に、震え上がってしまった。
「おぉ元気だねぇ。シルバだよ、よろしく」
「よ、よろしくお願いします!」
「お願いします!」
老け顔、というか実際に四十過ぎのシルバは、貫禄こそあるものの、性格自体はかなり優しく、そしてよく甘やかしてくれる。親戚のおじさんとそう変わらない男だ。
「あたしの後輩? こりゃーいいや。そろそろ欲しかったんだわぁ、顎で使っても問題ない奴」
「二人とも、あれに何か言われたら私に言いなさい。必要以上の制裁を与えてやるから。というかシガー、自己紹介しなさい」
「へいへい。シガーな、よろしく後輩ズ」
「「よ、よろしくお願いします……」」
人相どころか、性格にも難ありなシガーのことは、やはり怖がっているようだ。ニマニマ笑っているシガーと、できるだけ目を合わせないようにしている。
「キリギリス、あなたも」
「課長秘書のキリギリスです。ユキジさん、シノさん。これから同じ課で働く者として、どうぞよろしくお願いします」
「っ、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
表情が変わらないだけで、キリギリスはいい奴なのだ。少し面食らってはいたものの、二人ともキリギリスとは仲良くやっていけるだろう。面倒見もいいし。
そして最後。《今際》で名を知らない者はいない、恐怖と崇拝の対象。興味を持たれたら地獄の底まで追いかけられる、好奇心と行動力の権化。
悪意なき悪虐、レイン。
「私レイン、よろしくねー」
「「よろ——」」
「てかさぁ、ユキジとシノって本名?」
「え? ……はい、そうですが」
「私もです」
「ならまずは、
「そうだね、レインの言う通りだ」
リコシェが賛同する。
まぁ偽名なんて言うのは、深く考えなくても、本名さえバレなければなんでもいいのだ。本名をもじったり、特徴をそのまま名前にしたり。
「実は、誰を教育係にするか検討していたのよね。私だと、事務ばかりになって、六課としての経験が積めないから。その調子なら、一人はレインにお願いするわね。もう一人は……キリギリス、いいかしら?」
「わかりました。では、私の事務も課長にお任せします」
「いや、それは自分でやりなさいよ。他の怠け者どもとは違って、あなたなら少しの暇でもできるでしょう」
「……その少しの暇で、課長のお手伝いをさせていただきます」
「なんでそんなに絡んでくるのよ……嬉しいけれど」
リコシェの厄介ファン、もといロリコンだからである。
「キリギリス。ユキジくんとシノちゃん、どっちがいい?」
「どちらでもいいです」
「……あ、二人が選んだ方がいっか。気まずい思いしたくないもんね」
「え、っと……」
「そう、ですね……」
既に気まずい。
どちらがいいかと問われれば、二人ともキリギリスを選ぶに決まっている。
二人の評価では、シガーと比べればレインも悪い人間ではないのだろうが、こんな質問してくる時点でキリギリス一択! 噂通りの無自覚怪獣!
しかし、選ぶわけにもいかない。どう転んでも気まずい思いをするのは目に見えているから。
二人してキリギリスを選んだとしても、そんなことをレインが気にしない人間だと言うことを、当然ながら二人は知らない。
「レインさん」
口を開いたのは、キリギリスだった。
「やはり、私はユキジさんを担当します。私は気にしませんが、あなたは女性の方がやり易いのでしょう?」
「え、そんなことないけど」
「お二人はよろしいですか?」
レインの言葉を待たずに、二人に聞いた。
ユキジだけではなく、選ばれなかったシノさえも、この時のキリギリスが天使に見えた。
これから悪魔と踊らされる、シノさえも。
「「はい」」
「決まったわね。まだデスクは用意できてないから、今日は六課の仕事内容を確認してきてちょうだい。終わり次第、五課に戻って担当
「わかりました。ユキジさん、まずは名前を考えましょう。深く考える必要はありませんが、後悔しないように選ばなければ」
キリギリスは言いよどんで、ため息と共に呟いた。反面教師として。
「私のようになりますよ」
「ギリッさん、その名前まだ後悔してんの?」
「いいですね、ヤニカスは。格好のいい名前にできて。……私なんか、二刀流だからってこんな名前にして……今では後悔していますよ。
「褒めてるようにゃ聞こえねーけど、もしかしてバカにしてる?」
ユキジを自分のデスクに座らせて、キリギリス本人はリコシェの補佐をしながら待機。
「ほいじゃ、シノちゃん。私たちは移動しながらサクサクっと決めちゃおか」
「はい」
「キリギリス。私、今日はゲームの検証あるから、見せたいなら車で待ってるけど」
「そうですね……一時間後に出発でよろしいですか?」
「おっけー」
シノとレインが執務室から出る。
「その、レインさん。ゲームの検証ってことは……」
「六課の仕事内容、知ってるでしょ? 実際にデスゲームを試遊してみて、罠の危険度やらゲームの難易度やらを調整、決定するの」
「……レインさんお一人で、ですよね。危なくないんですか?」
「そりゃ危ないよー。だから六課の人数っていつも少ないんだよ。すぐ死んじゃうような人は所属させられないもん。いざ試遊させたって、罠の場所を知っていたとしても、それを避けれるかは別の話だからね」
「…………」
緊張が解けていたシノが、固唾を飲むようにして再び怯えている。
六課が他の課より極端に人数が少ないのは、危険なデスゲームの試遊を担当する課なためだ。みな、簡単には死なない実力を持っていて、今すぐにとは言わないが、将来的には二人にも同じだけの実力が期待される。
「大丈夫。新人が試遊するのは所属してから一ヶ月後だし、難易度の低いゲームを、教育係に同行するだけだから」
「そう、ですか……」
「ま、そんな弱気なこと言わず、一ヶ月後までに
「……はい。死なないように頑張ります」
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