第3話 課長会議

 レイン所属の六課に限らず、デスゲーム運営組織である《今際いまわ》は、全七課とも、一月に一つ以上のゲームを考案し、それが採用されなければいけない。各課の仕事とは別に、最低限の目安として確立されている仕事内容だ。

 採用の基準は、週に一度開かれる課長会議にて、他の課長二人以上からの容認を得ること。



 本日、月終わり。レインが先日主催した、初心者ルーキーが過半数死亡したゲームが原因で、当初の予定では三日後だった課長会議が繰り上げとなった。

 残り三時間。未だ一つも採用されていない六課はと言うと。


「あーやべー、ぜんっぜん思いつかねー……」

「しゃんとしなさい。あなたがやらないと、またシガーの考えたゲームを課長会議に出さなきゃいけないのよ? それだけは阻止しないと」

「いいじゃんそれで」

「そう言って、ここ半年ずっとシガーが発案したゲームに甘えてるのよ? このままだと、先輩としての威厳が……!」


 そんなものは、課長を押し付けられた時点で跡形もないのでは? などとは口が裂けても言えないが、しかしたしかに、経歴で言えば一番の後輩となるシガーに全て甘えるのには思うところがある。

 ヤニタイムでシガーがいない今のうちに、リコシェと二人で作戦会議をする。


「ほら、私も手伝うから」

「なんで私が駄々こねてるみたいになってんの?」


 それも仕方がない。

 リコシェには、ゲームを作るセンスが一つとしてないのだから。

 課長としての統括と、他の課から回ってくる書類仕事以外は、からっきしダメなのだ。


「まず内部構造から考えましょう。ここをオリジナルにすると時間がかかりすぎるから、既存の建物からパクってしまいましょう。時計塔、大型ショッピングモール、遊園地……他にはどんなものがあるかしら?」

「映画館とかいんでない? シアタールームを幾つか用意してトラップ仕掛けたり、上映させた映画通りの演出で爆発させたり。主軸は……脱出型になるかな」

「いいわね。というか、もうそれしかないわ、時間的に。たしか過去に似たようなゲームが提案されていたけれど、誰もそんなの覚えてないわよ」


 少なくとも、課長が言っていいことではない。せめてシガーにでも言わせておけ。

 

「さ、あとはタイトルよ。適当につけちゃって」

「んー……じゃ【映画完エンドロール】」

「まんま同じのがあるのよね、何年か前のだけれど。名前が同じだと査定内の『既存ゲームとの比較』に引っかかるのよ」

「え、似たゲームってそれなんじゃ?」


 もう確実にパクリ確定なのだが、今回の課長会議はあくまでも初心挑戦者ルーキープレイヤー過半数死亡の件について。最悪、ゲーム考案は有耶無耶にすることもできなくはない。

 

「ほら早く、ゲーム概要作っちゃうから!」

「なら……【幾千の映画シアター・ノータイム】は?」

「まぁちょっとイキった感も否めないけれど、この際我慢するわ!」

「私になら何言ってもいいと思ってない?」


 カタカタとパソコンを打ち始めて数分たらずで、リコシェは印刷室まで走って出て行った。六課執務室には、レインを除いて一人もいなくなった。

 


 課長会議にて。

 なんとか間に合ったリコシェは、他の課長六名が待つ会議室へと入る。

 六課の合法ロリ課長とは打って変わり、他の面々はザ重鎮のような初老から、清潔感のある若手有望株もどきまで。

 他と比べて見劣りする合法ロリ課長が来たことにより、《今際》の幹部七名が集う。

 一番遅れていながらも、司会進行は、最大権力をもつ六課の仕事だ。


「えー、遅れて申し訳ありません。これより課長会議、始めさせていただきます」


 六課の執務室同様、二列に向かい合うデスクの上座にリコシェが座る。

 右の手前から一課二課三課、左の手前から四課五課七課。揃いも揃って、全員スーツだ。


「議題は、先日行われたゲーム【掌上の塔タワー・インサイド】に関するものでしたね。召集をかけた三課の方から、説明お願いします」


 普段は些細なことでシガーと言い合うような困ったリーダーではあるが、こういった場でのリコシェも同じではない。 

 そのカリスマ性のみで、六課の課長という、実質《今際》のNo.2を任されている女なのだから。


「はい。先日の件に関しましてらまずは謝罪から。本来主催する予定だった者が移動中に事故に巻き込まれ、本部に残っていた運営者オペレーターの中で主催権限を持つ者が六課のレイン様しかおられなかったとのことで。こちらの不都合が原因でありながら、快くゲーム主催を引き受けて頂きして、ありがとうございます」

「いえ、こういった場合は助け合いですから」


(長いわね。ちんまり謝りなさいよ)


 思ったことは口にしない。これができないため、他のメンツに六課の課長は任せられないのだ。これは、課長全員の総意である。


「本題に入ってください」

「はい。先日のゲーム、不審点は多いですが、注視すべきは二点」

「ほう」

「一つは、主催予定だった運営者オペレーターについて。その職員は、交通事故に巻き込まれた後、死亡が確認されました。おそらく、挑戦者プレイヤーの反乱でしょう」

「……またですか」

 

 挑戦者プレイヤーの反乱。運営への恨みを運営を殺すことで晴らす、最も単純な復讐である。

 しかし《今際》は、当然ながら、表社会で犯罪する挑戦者プレイヤーを良しとはしない。復讐であるならば甘んじて受け入れる覚悟はあるが、それはあくまでゲーム上の話。挑戦者プレイヤーだけならまだしも、挑戦者プレイヤーを介して、警察に本部全体が公になる可能性もあるため、反乱した者を放っておくことはできない。

 犯人を特定した後、相応の処置をしなければならないのだ。


「犯人の特定は……五課にお願いできますか?」

「今度の会議までに数を絞っておきます」

「お願いします」


挑戦者プレイヤーの勧誘及び管理』を主軸とする五課ならば、他の課より犯人の特定も簡単になるだろう。

 事実、自分の担当挑戦者プレイヤーから、ゲーム会場への移動や相談以外で関わりを持つのは、三課四課五課のみであり、先二つは常に人員不足の大忙しである。


「それで、二つ目の不審点は?」

「プレイヤー全員が初心者ルーキーだったことです。いくらなんでも異常です。疑いの矛先をどこに向けるべきかは、決めあぐねていますが」


 本気で《今際》を潰そうとしているのならば、運営を手駒にした挑戦者プレイヤーがいてもおかしくはない。

 つまり、挑戦者プレイヤー側の内通者である。それも、ゲーム内容を変更できる地位にいる者の。

 運営だった者を誘惑したか、協力者を運営に潜り込ませたか、はたまた、運営の深部に辿り着いた挑戦者プレイヤーがいるのか。


「……ひとまずは保留にしておきましょう。懸念だけで疑心暗鬼になってしまっては滑稽ですからね。今までも似たような挑戦者プレイヤー運営者オペレーターはいましたが、すぐに粛清されています。今回も同じですよ」

「そうなると、いいですが」


 三課課長は気が弱い男ではないが、自分の部下が狙われたということもあり、自責の念を感じているのだろう。

 リコシェは話題を変えるため、五課へ話を振った。


「そういえば、【掌上の塔タワー・インサイド】では八名中、五名が死亡したそうですね。では、生き残った三名はどうなったのでしょう? 今後もゲームを続ける方はいましたか?」


 そんなことは、あり得るはずがない。

 八人規模のゲームで過半数が死んでおり、その上、全員が初心者ルーキーだったのだ。続行できる者がいるはずない。

 課長の誰もが知っている。リコシェは話題を変えるためだけに五課に話を振ったのだ。

 しかし。


「二名はゲーム直後にリタイアを申請して、記憶処理も行いました」

「……二名、は?」

「残る一名は、続行するそうです」


 リコシェ含む課長全員が、その結果に驚きを隠せなかった。

 【掌上の塔タワー・インサイド】は脱出型のゲームだ。罠だらけの大型ホテルの、最上階から玄関まで目指す。初心者ルーキー向けではないため、難易度は高めに設定されている。 

 脱出型は、他プレイヤーと敵対することが少ないため、基本的に協力することが多い。

 初対面だったとしても、協力していた仲間が死んだのだ。普通の生活をしていれば、目の前で人が死ぬ経験をすることもないだろう。初めて死を目前にして、それが数刻前からの友だったのだ。

 それでもゲームを続けれる人間がいるとするならば。それは異常者か、為善者。


「そうですか。念の為、その方の事は頭の隅に入れておいてください。仲間の弔いのために《今際》を潰そうとする善人ならどうとでも対処可能ですが、もし異常殺人鬼なんかであれば後手に回るわけにはいきませんから」

「わかりました、気をつけます」


 パチン、とリコシェが手を叩く。

 張り詰めた空気が少しだけ和らいだ。


「それじゃ、今回の課長会議もおしまい! 私は帰らせてもらいますね」

「……あ、リコシェ課長」


 呼び止めたのは、クソがつくほど真面目な七課の若手女課長。

 ドアノブに手を掛けたリコシェは、振り返らずに続きを聞く。


「ゲーム考案、まだ六課は採用されてませんでしたよね」

「……あーはい、こちらに」


 リコシェは印刷した資料を七課課長に渡してから……誰が何を言う隙も与えずに、一目散に逃げ出した。


「あ! ちょっと!」

「ははは、逃げられたね」

「笑い事じゃありませんよ! もう!」


 

 

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