第2話 職場

 レインは、いつものようにクタクタになった黒いスーツを来て、その建物の中に入る。スカートではなくズボンだ。この会社では、動き易さを重視して男女共にズボンが推奨されている。

 エレベーターで三階まで登り、「六課」と書かれたプレートの部屋の扉を開く。


「レイン、ただいま出社しましたー」


 オフィスというには小さくて、そこにいるのもレインを含めて三人だけ。

 一人は、いわゆるお誕生日席に座っているキリッとしていて背の低い、紫色の小さなツインテールをしている女性、というか女の子。

 もう一人は、向かって左奥のデスクに座る、長い銀髪で長身の女性。まるでいじめられっ子を見つけたいじめっ子のように、ニマニマとレインのことを見る。


「レイン先輩、遅刻ー」

「ちょっとくらい見逃してよー。あんただって何回も遅刻してんじゃん」

「今日はしてねーもん」


 吸っていたタバコを灰皿に押し潰しながら、シガーは言った。

 裏の世界において、本名を他人に知らせることはあってはならない。

 挑戦者プレイヤーの私怨によって殺される運営は少なくない。そのような者から運営のプライベートを守る為に、挑戦者プレイヤーと同様に、運営間でも仮名が使われている。運営者名オペレーターネームだ。

 そのため、運営同士で同僚の本名を知らないこともある。


「てか、執務室でタバコ吸うのやめてよ。臭くなるじゃん。せめて喫煙所使って」

「課長に頼まれたんだよ」

「頼まれた? リコシェ、何したの?」

「……私は悪くないわ」


 リコシェは、席から立ってレインのところまで歩いてくる。座高の高さが示す通り、やはりその姿は小柄だった。平均的な身長のレインですら、頭ひとつ分の差がある。


「シガーが私のことをバカにしたのよ。タバコも吸えないガキだって」

「ガキとまでは言ってねーよ」

「シガーはちょっと黙ってて。リコシェ、続けて」


 両手を上げて、おどけたように手を出さないことを表明したシガーをよそに、リコシェから話を聞く。


「だから、ここで吸わせてやったのよ。口先だけじゃなく、度胸と一貫性があるか確かめるためにね。まさか、本当に吸い始めるとは思わなかったけれど」

「へー、やばぁ」


 なぜその結論に至ったかは知らないが、つまり、いつものくだらない意地の張り合いだ。

 

 六課には、なかなか複雑な上下関係がある。

 今ここにいるメンバーも含めてたった五人しかいないのが六課だ。地位的に一番高いのは課長であるリコシェ。しかし、年齢は誰よりも低く、他のメンバーから押し付けられているのが現状。

 それ以外にも、一番長く勤務しているのはレインだし、最年長なのは現在いないもう一人。シガーは、人員変動が極端に少ない六課では一番の新参だが、しかし誰よりも働いている六課のエースだったりする。もう一人はリコシェの同期で、実質課長秘書。

 そのため、明確に公表こそしていないが、この課において、誰が誰にタメ口を使おうと許されているのだ。


「ま、いいや。今度、灰皿持ち込んでるのみたら、それでシガーの頭かち割ってやるから」

「へいへい。そんときゃ必死に抵抗するから課長助けてな」

「嫌よ。あなたは脳みそぶちまけてレインに殺されなさい、上司命令です」

「ひでー」

 

 レインは自分の席であるシガーの向かいに座り、軽く伸びをして、自分の仕事に取り掛かるべくファイルを取り出した。


「あ、そうだ。レイン」

「ん?」

「この前のゲーム覚えてるかしら。ほら、あなたが代理で主催したっていう」

「あーアレね。初心者ルーキーオンリーのゲームだったやつでしょ」

「それ、少し問題になってるのよ。初心者ルーキーしかいないのに八人中五人が死亡してるなんて、平均的な死亡率からもかけ離れてるわ」

「え、半分以上死んだの? レイン先輩やば」

 

 デスゲームの平均死亡率は、そのゲームの性質にもよるが、おおまかに二割とされている。

 初心者だけのゲームともなれば、難易度の低いゲームから選ばれるため、比例して死亡確率も低くなる。挑戦者の質が下がれば下がるだけ、難度設計も低くなるのだ。


「いやー、やっぱダメだったかー。ゲーム終わった時は疲れてたからそこまで頭回んなかったけど、半分以上死んでちゃそりゃヤバいよねー」

「そのせいで開かれるのよ、課長会議……。うぅ、胃が痛い。また他の課長から詰められるぅ」

「そりゃ可哀想に」

「あんたもその原因なんだからね! 挑戦者プレイヤーの送迎でいっつも襲われて! その度に社用車ぶっ壊されて! あんただけでどんだけの被害が出てると思ってんの!」


 キャンキャンと吠えるリコシェを、「へいへい」と生返事で宥めようとするシガー。それが全くの逆効果だということに気づいているのだろうか。

 気づいていながら続けるのがシガーというクソ女なのだが。


 何はともあれ、今日も仕事が始まった。

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