裏の世界の裏役者

菖蒲 茉耶

第1話 デスゲームの裏側

「みなさんには、これから殺し合いをしてもらいます」


 そんな聞き覚えのある言葉が流れてから、この地獄は始まった。


(中略)


「これにて【掌上の塔タワー・インサイド】終了となります」


 そして、生き残った三人の少女たちは、死んでしまった五人の少女たちの屍の上で、これから先を生きていく。



 そんな死闘と葛藤の裏側で。


「ふぃー、やっと終わったぁ〜」

「お疲れ様です、ゲームマスター」

「そんな呼び方やめてよ、堅っ苦しいなぁ。昨日の深夜から始まってもう朝六時……私、ほんとは今日、休みのはずなんだったんたけど」

「本当にすみません。担当の者が出社途中で交通事故に遭ってしまったようで……夜中に主催権限を持っていたのはあなただけだったんです」


 大量の液晶に映る監視カメラの映像を切って、ゲームマスターと呼ばれた女性、運営者名オペレーターネームレインは椅子の上で伸びをする。長い黒髪が僅かに揺れる。

 その後ろに立っているもう一人の女性、ミヤビは申し訳なさそうに謝罪して、直属ではない上司のあくびを確認してからコーヒーを作りに部屋の隅へ。

 監視室に他の職員はいない。窓もないため、朝日が差し込むこともない。


「あ、ミルクお願いね。ブラック飲めないから」

「わかりました」


 レインはそれだけ注文すると、アイマスクを装着して椅子の上で脱力する。「あー……」というだらしない声は、電子ケトルの沸騰する音がかき消した。


「それにしても、まさか全員初心者ルーキーだとはね。私が担当してる子が上級者ベテランばっかになったから、初めての娘達が初々しくってめんどくせーのなんの」

「それは……すみません」

「あれ、そういえば君が担当してる子はいなかったの? もしかして死んじゃった?」

「はい、残念ながら」

「残念なんて、そんなんだとすぐ病んじゃうよ。どんだけ可愛い顔してても命懸けで大金得ようとしてる連中だ、って思っときなよ。少しは気が楽になる」

「ゲームに参加する経緯や理由を聞いてしまうと……少し、可哀想に思います。そんな簡単に、あなたほどドライにはなれません」

「まぁ私も長いことやってるしねー。慣れってマジ怖ーい」


 おどけながらそう言った。

 足音と匂いで察知してアイマスクを取り、湯気のたったカップを受け取る。中の薄茶色の液体をちびちびと口に流し、少しの時間、どうでもいいようなことを話して眠気を覚ます。


「ふぅー、そろそろ帰ろっと」

「車、出しますね」

「マジ? ほいじゃ、お言葉に甘えさせてもらうとするか。あ、そうだ。明日土曜だし君も休みだよね。どうせならウチ泊まっていくかい? 傷心中のその心、私が癒してあげるぜぃ?」

「……いえ、遠慮しときます。私、三課なので休日出勤が常ですし」

 

 ほとんど初対面の上、直属ではない上司の家に泊まりに行くなど、どうしたって無理だ。気まずい。

 そんなこと気にしないのは、レインのような誰にも物怖じしない人間だけだ。

 

「あちゃー、振られちった」


 監視室から出て、施設からも出て、近くの駐車場に停めてある黒い車に乗る。

 今回のゲーム会場たる施設は、観光地なんかに建てられているホテルと同一のサイズであるため、周囲から秘匿するため寂れた山の奥深くにある。

 人気の少ない場所に隠蔽してはあるものの、比較的、本部は市街地に近い場所にある。当然、ここからは遠い。

 オールしていることもあり、移動中に車で寝てしまうだろう。


「レインさん。ご自宅の場所、伺っても?」

「まず会社まで行って、そこから駅近のコンビニのとこ左に曲がって、するとオンボロのアパート見えると思うから。そこ」

「わかりました。それでは出発します」


 

 先ほどの説明通りに車を走らせて約十五分。レイン爆睡。

 それから二時間半。疲れた体に鞭打って、ミヤビは車を運転する。本部を通り過ぎて、レインの言った通りに進む。

 しかし、見えるはずのオンボロアパートはない。


「レインさん、起きてください。……レインさん!」

「……あいよ。着いたぁ?」

「たしか、ここら辺ですよね? アパートなんて見当たりませんが」

「ふぁ〜あ。……あーね、ここら辺ちょっと入り組んでるから、車だとわかりにくいんだよね。ここで降りるよ」


 ドアを開けて、小さなカバンと共に車を降りる。振り返って忘れ物がないかチェックして、「よし」と一人で指差し確認。


「それじゃね、君もちゃんと寝なよ」

「はい。本当にありがとうございました。このお詫びは後日させていただきます」

「期待して待ってるぜー」


 そうしてレインは、挑戦者プレイヤーが生死を賭けた一つのデスゲームを運営してから、ボロい家へと帰宅した。

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