第5話 六課の仕事

 黒い車の中、レインとシノで待機中。

 本部の建物から二人が出てきた。キリギリスとユキジだ。きっちり、一時間。

 後部のドアを開けて、二人が入る。運転席はシノで、助手席にはレイン。


「お待たせしました。……シノさんが運転するんですか? レインさんではなく?」

「一応言っとくけど、私がやらせてるわけじゃないからね? どうしてもやりたい、って。後、シノじゃなくてシュガーになったから」

「レインさん、初日に新人へ仕事を任せるのは重圧になりますよ。あなたがしないと言うのなら、私が運転します」

「いえ、キリギリスさん。お心遣いだけで結構ですので……本当に」


 レインとキリギリスの上司としてのギャップで、涙が出そうになるシュガー。言わば、ノンデリと世話焼き。


「ほんで、ユキジくんの名前はどうなった?」

「熟考の末、プドルになりました」

「ははーん。キリギリス、責任から逃げたな」


 プドル。その意味は、水たまり。

 雨を意味するレインから、それを取ったのだろう。教育係はキリギリスなのだが、レインから名前を取ったのは、自分の名前にすら後悔のあるキリギリスが他人の名前の由来になる責任に耐えられなかったから。

 ちなみにシュガーの由来は、レイン→雨→飴→砂糖である。レインは、シュガーからの申告に、誇らしげに了承した。


「キリギリスさんよー、私の部下じゃないんだぜ? もっと他にあったろうよー、キリギリスの仲間みたいな……コオロギとか」

「ユキジさん……いえプドルさん。正直に答えてください。嫌でしょう? 偽名だとしてもコオロギなんて名前で呼ばれるのは」

「まぁ、えぇ、そうですね」

「レインさん、これが答えです。人気がないんですよ、虫の名前は」

「そうかなぁ、可愛いと思うけどなぁキリギリス」

「それはあれでしょう? 動物園でカピバラを見た時に言う可愛いでしょう? パンダを見た時の可愛いではないでしょう?」

「えー、どっちも可愛いじゃん」


 運転席で、キリギリスに静かに賛同するシュガー。自信のない彼女もまた、他人が自分に言う可愛いを信用できない人間だった。

 

「まぁ本人が良いってんなら、口出しすることじゃないけどさ。じゃあシュガーちゃん、ナビ設定するから運転お願いね」

「お願いしますね、シュガーさん」

「お願いします」

「任されました」

 



 本部を出てから一時間半。

 ゲーム会場となる施設は、秘匿性のため、周囲が無人の場所に建設されている。そうなると、都市部にカモフラージュしている本部とは必然的に遠くなるのだ。


「到着しました。ここですね」

「レインさん起きてください。タコ殴りにしますよ」

「……うぃーよ、起きてる起きてる」

 

 言葉だけで瞼を閉じたままのレインに、キリギリスはため息をつく。


「はぁ……。プドルさん、シュガーさん。すみませんが、レインさんを運んで行くので、先に施設へ向かっていただけますか。入ってすぐに厳重な扉がありますが、読み取り機に社員証をかざせば通過できます」

「お手伝いしましょうか?」

「いえ、私これでも力は強いので。それに、実を言うと予定より遅れているので、お二人だけでも先に行っていただきたく」


 シュガーとプドルが車から降りる。

 山の中に見える、大きな屋敷のような建物へ向かう。駐車場からは少し距離があって、十分ほど歩かなくてはいけないらしい。

 向かう途中、プドルが話しかけた。

 

「なぁシ……シュガー」

「なに?」


 二人は五課の同期であり、若手としてはトップの成績を誇っていた。五課の成績は担当挑戦者プレイヤーの質で決まるが、二人は自分の見つけた挑戦者プレイヤー上級者ベテランまで伸し上げた凄腕である。

 そのためリコシェに目をつけられ、六課へ異動となったのだが。

 何はともあれ、上司の前では互いに敬語を使うが、実は六課異動前からの知り合いなのだ。


「これからレインさんがするのって、試遊なんだよな。……死ぬかもしれない、命懸けの検証なんだよな」

「何が言いたいの?」

「……お前なら、その直前で爆睡かませるか?」


 シュガーが一瞬歩くのを止める。気づいたらしい、レインの異常性に。

 何事もなかったかのように、あくまでそう見えるように、シュガーは再び歩き出した。


「慣れているからでしょ、きっと。『試遊の際、安全面は最大限まで配慮されているから、慣れてさえしまえば、いちいち緊張するようなことじゃない』ってレインさん本人が言ってたよ」

「そう、なのかな」

「そうなんでしょ」

「そう、だよな」


 二人は、甘く見てしまった。一ヶ月を待つことなく自分でもできるようになるのでは、と。

 移動中に爆睡するレインと、それに加えて二人の前では優しかったキリギリスが、レインに何一つとして心配していなかったこと。この二つのせいだ。


 その判断を、二人は後悔することとなる。



「よし、着いたな」

「中に入っていいのかな。ここ、ゲーム会場なんでしょ? 本館じゃなくて、監視室の方に行くべきなんじゃ」

「キリギリスさんは施設内としか言ってなかったし、きっとここだろ」


 屋敷の扉を開けると、玄関から見る分には左右対称で、正面には大きな階段があり、いかにもな作りだ。

 どこからか、スピーカーを通して女性の声が聞こえた。本体は見当たらないが、どこかにあるのだろう。


『えー、どちら様で? 六課の方ですか?』

「本日付けより六課へ異動となりました、プドルです」

「同じくシュガーです」

「六課の先輩の試遊を見学させていただくため、参りました」


 スピーカーからの声が止まる。何かを確認しているらしい。

 スピーカーもカメラも、どこにも見当たらないが、会話できることは確かなので、念の為に小声で話した。


「なぁ、これ怪しまれてるよな?」

「先輩がいないし、仕方ないんじゃない。私たちの六課への異動が決まってから時間も経ってないし、きっとまだ六課職員登録はされてないだろうね」

「まずくない?」

「だいぶ」

 

 スピーカーのスイッチが入り、少しのノイズが流れてから、先程と同じ声が二人に話しかけた。

 

『確認できました。右手に隠し扉がありますので、そちらから監視室へ入れます』


 二人の心配は的を外し、呆気なく疑いは晴れた。

 何もしていないのに、右の壁が、扉のように開く。外側から何をしても監視室へと入れないようになっているのだ。

 壁の中に入ってすぐには、大きなゲートと読み取り機がある。読み取り機は社員証を、ゲートは金属探知機だ。

 二人ともスムーズに社員証をかざして、奥へと進む。金属探知機は、挑戦者プレイヤーに武器などを持ち込ませないための物であり、今は動作していない。

 

「シュガー、監視室って入ったことある?」

「五課なんだからあるわけないでしょ」

「俺も」


 五課がゲームに関わることは多くない。挑戦者プレイヤーの管理が主な仕事のため、主催運営の邪魔をしないように、担当がゲームの最中は、監視室ではなく駐車場で待機することになる。

 五課であった二人が監視室へと入るのも、初めてのことだった。


「「失礼します」」

「ご丁寧にどうも」


 何名かいるが、その中のリーダーらしき人物が、二人に言葉を返した。スピーカーから聞こえた声と同じだ。

 他の職員とは違い、スーツの上から白衣を着ている。


「本日は——」

「あー、構いませんよ、お堅いのは。どちらかと言えば、私どもが六課さんにお願いしている立場ですし」


 監視室には大量の液晶があり、そのどれもが屋敷の中を映している。二人は確認できなかったが、やはり玄関を映している映像もあり、そこには到着したばかりのキリギリスとレインが映っている。

 

「お、失礼」


 白衣の職員は、液晶の前にあるマイクのスイッチを入れて、到着したばかりの六課職員二名に向けて言葉を発した。


「今回はレインさんが担当ですね。向かって左の棚にゲーム概要をまとめた資料がありますので、そちらを参考に試遊をお願いします。キリギリスさんは、監視室の方まで」

『うぃーよー。キリギリスあんがとね、運んで来てくれたおかげで目ぇ覚めたわ』

『さっさと下りてください』


 キリギリスにおぶられていたレインが、地に足をつける。レインは残って資料を取り、キリギリスは開いた隠し扉から監視室へと向かった。

 玄関でレインが資料に目を通している最中に、キリギリスが監視室へと入ってくる。


「キリギリスさん、お久しぶりです」

「お久しぶりです。ハクイさん、新人二人への試遊見学、許可していただきありがとうございます」

「いえいえ。六課は職員が少ないですからね。人手を増やしていただけるとあらば、こちらとしても願ったりです」


 ハクイに軽く挨拶をしてから、キリギリスは二人の後輩を見る。緊張していた二人は、さらに身を引き締める。


「二人とも、よく見ておいてください。六課の仕事を」


 返事をする前にキリギリスが液晶へと視線を向ける。後輩への一喝を待って、ハクイは試遊の開始を宣言した。


「レインさん。準備でき次第、お願いします」

『あいよ。んじゃ始めちゃおっか』


 ハクイから、レインが見ていたものと同じ資料を渡される。


 ゲームタイトル【鏡合わせの屋敷シンメトリー・マンション

 探索型で、クリア条件は、屋敷に隠された玄関の鍵を見つけること。

 生活することが目的ではないため、二階建ての屋敷は、上下左右対称で個室が八つあるのみ。厨房も浴室もない。

 無論、屋敷の中には無数の罠が仕掛けられており、挑戦者プレイヤーを妨害する。


『罠は全部で八つね。一階廊下、二階廊下、大広場、屋根裏にそれぞれ二つずつ。近いし、大広場のからやっちゃうよー』


 レインは、階段の下まで移動する。資料によれば、罠が作動するのは、八人分の体重が大広場に集まった時のみ。

 挑戦者プレイヤーが状況把握のためにまず集まるのは、個人の部屋ではなく大広場になる。そこを狙った罠だ。

 しかし今回はレイン一人のみなので、手動で作動することとなる。


「準備はいいですか?」

『おうよ。ぱぱっとやっちゃって』


 ハクイが作動ボタンを押した。

 天井が開いた。そこには槍が二本下向きに固定されている。天井が開いてから数秒後、勢いよく発射される。

 その上、槍の目視と発射までの間に、床が大きく揺れる。立っていられない程の揺れで、もちろん罠の一つだ。

 罠の作動音で槍を見せつけてから、体勢を崩す。運が悪ければ、参加人数の八人中二人がこの罠で負傷もしくは死亡する。

 しかし、二本の槍はどちらもレインが避けるまでもなく、手を伸ばしても届かない距離の両脇へと刺さった。


『なるほどね。参加人数が八人なんだから、みんながみんな私みたいに真ん中にいることなんてできないし、それでいて狙いを定めていないから、当たるかどうかは五分ってとこかな。いや、床の揺れを考慮しても、目視から発射までにタイムラグがあるし、実際はほとんど当たんないかもね』

「揺れはどうでした?」

『結構な強さだよ。見ての通り、私も立ってられなかったし。でもやっぱり、手足を犠牲にすれば槍での絶命は避けれるだろうね』

「そうですか」


 ハクイがメモを始める。

 挑戦者プレイヤーが行うデスゲームは命懸けで行われるが、試遊も同じだ。制作段階では、そう簡単に人間を使って試せないため、試遊で誤算が発覚することは少なくない。

 同じゲームだけでも試遊は数回行われる。しかし、試遊で死なない実力をもつ者は《今際》の中でも一握りしかいない。六課の人員不足の理由である。

 

『避けなくても当たるかどうか不確定って事は、これ、殺すための罠じゃないよね? 本当の目的は、集団行動に起因する罠の発動を警戒させることと、テーマである『対称』を意識させること。それなら、このくらい生存率の高い罠でも問題なさそうだね』


 ゲームには、それぞれテーマがある。

 このゲームであれば『対称』。玄関から見て、槍の着地点は左右対称となっている。罠の作動は左右対称、つまり一度に二つ。

 ゲームのテーマは、そのまま生き残るための鍵となる。ちなみにタイトルが発表されるのはクリア後なので、そこから考察する余地はない。


『じゃ次いくよー』


 レインが一階の、扉から見て右側(以降、右館、左側を左館とする)へと向かう。どちらに行っても罠は同時に発動するため、左右はどちらでもいい。

 二部屋を通り越して、廊下の突き当たりへ。手前の部屋から奥の部屋と、奥の部屋から突き当たりまでは等間隔である。


『これだよね』


 試遊段階では、罠の作動スイッチなど、ゲームに必要なもの以外のインテリアは設置されない。試遊中に壊れることへの対策である。そのため、廊下の途中も殺風景なものだった。

 それなのに、突き当たりには西洋甲冑のオブジェが飾られている。左館へ振り向けば、最奥にも同じものがある。


「はい。甲冑近くの壁に触れると、隣の斧が倒れる仕組みです。作動スイッチの場所は言葉では説明しにくいので、慎重に確かめてください」

『あいよ、ペタペタやってみる』


 ハクイからの警告もむなしく、一切慎重になることなく、宣言通りに壁をペタペタと触る。

 作動するまでの推定タイムラグよりも早いペースで手の位置を変えているため、倒れる斧を回避するには、目視以外の方法はない。

 触り始めてすぐに、何もない壁がカチッと小さく音を立てて、斧が倒れた。


『よい、っと』


 軽く身を翻しただけで、避ける。

 それは槍と同様、自由落下ではなく人工的な力が加えられていた。普通より早く、そのため重いはずだった。

 

「……えっ」

「すっご……」


 シュガーとプドルから、感嘆の声が漏れる。

 もしも自分なら。そのように想像すれば、避けるどころか反応すらできない。画面越しですらわかってしまった。

 それを、レインは容易に躱してみせたのだ。

 

「どうです?」

『いいと思うよ。向こう側の罠も同時に作動するってことは、こっちで作動したらあっちにいる人が死んじゃうよ、って脅しかな? 別行動させないための』

「えぇ。二手に別れられると、どうしてもクリアが早くなってしまいますから。それに、全滅のリスクも高まります。一階の罠は、二種とも脅し用ですね」

『この罠って、上はどうなの? 四隅で一斉にズドン?』

「いえ、どの罠も左右のみ対称です」

『そうだね、流石に四手に別れることはないだろうし。上にも置いてたら無駄だ』

 

 ここまでは、まだ脅しの範疇。

 命を奪りにくるのは、二階から。

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