第3章 第19話 カルの休日

久しぶりの休日、カルは大阪ミナミの賑やかな街並みの中にいた。


光の魔導士としての日々から解放された彼は、今日は魔法で変えた美少年(というか美少女)の姿で、一人街に繰り出していた。


心の中で繰り返すのは、自らの可愛さを確認する言葉。


「ぼくかわいい、ぼくかわいい、ぼくかわいい。イェシ姉に相応しいのはぼくしかいない!」


街を歩き、バーに入り、人混みの中に紛れるたび、ナンパされることを期待しつつも、すべての誘いを試すように観察していた。


魔導士になるまで、普通の男として生きてきたカル。


誰の目にも留まることもなく、何もしなければ注目されることもなかった。


誰かから無条件に優しくされることも殆どなかった。


それなのに今はカルは美少女の様な姿になったせいか、街行く人がみんな優しい。


会う人会う人がチヤホヤしてくれるのだ。


もちろん、日本魔導士連盟の面々の様にカルの才能に嫉妬してる人間たちは別だが。




また、魔導士になってからの5ヶ月間で、カルは知らず知らずのうちにそれなりの蓄えを作っていた。


光の魔導士たちは、Eランク以上であれば、強制的にフロント企業である物流会社の正社員として登録される。


そのため、給与は日本円で支払われ、カルはAランクのため時給は3,500円(ちなみにBランクもAランクと同じ時給)、月収50万円を超えていた。


「前までの自分なら想像もできなかった……」


少し奮発し、女性らしい服やアクセサリーを買い込むカル。


ファッション雑誌に載るような「女の子らしい空間」にも初めて足を踏み入れ、そこで得た高揚感を一人堪能していた。


けれど、ふとした瞬間に胸がきしむ。


「……イェシ姉が一緒にいればなあ。」


その呟きは、街の喧騒の中で誰にも聞かれることはなかった。



---


買い物を終えたカルは、家に戻ると友人たちとオンラインFPSを楽しむことにした。


ユーザーネームは「釜カル」。


魔法の力で「実質的に女装」しているカルは自らを「オカマ」と自嘲している気持ちも少しだけあることの表れである。


ゲームの中で激しい戦闘を繰り返す中で気分を切り替え、友達と笑い合いながら過ごす時間も、やがて飽きてきた。


夜が更け、静けさが訪れると、カルの心の奥底に押し込めていた感情が浮かび上がる。


「ヴーーーーン」


ベッドに潜り込むと、カルは一人悶え始めた。


「ああん♡ イェシ姉っ♡ ボクだけを見てぇ……!」


体をクネクネと動かしながら、彼は心の中に浮かぶイェシ姉の姿に浸った。


「イェシ姉がスイレンだなんて……嘘だよね?」


「黒羽りりぃを抱いたなんて……嘘だよね?」


問いかけるように呟く声は、空虚な部屋の中に響き渡り、やがて闇夜に溶けていくのだった。



---


カルの休日は終わりを迎えたが、彼の心の中に募る感情はますます深まっていくばかりだった。

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