第13章 「嵐の果て、再生の兆し」

<生と死の狭間、救急病院の朝>

嵐の夜空をかろうじて飛び去ったヘリは、激しい風雨に翻弄(ほんろう)されながらも、神戸市内の救急病院へ向かった。

峯岸(みねぎし)光雲(こううん)の脈は微弱で、脇腹と肩の致命傷から大量出血。弟子たちの目には絶望の色が浮かんでいる。

佐伯(さえき)ライチ、藤浪(ふじなみ)卓矢(たくや)、春口(はるぐち)幸奈(ゆきな)の三人が取り乱しそうになるのを、汐崎(しおざき)祐真(ゆうま)が「落ち着け……まだ死んでねえ!」と必死に宥(なだ)める。自分も胸に重傷を負いながら、気力だけで意識を保っている。


機内のレジスタンス隊員が簡単な止血処置を試みるが、限界はある。峯岸の顔は青ざめ、呼吸は今にも止まりそうだ。

「先生……先生……!」

春口が涙を流し続け、「助かって……お願い……!」と繰り返し呼びかける。藤浪は歯を食いしばり、佐伯は両手で脈を確かめ、わずかでも鼓動を感じようとする。


ヘリが夜明け直前の神戸市上空を旋回し、滑走路のような平坦(へいたん)なスペースを確保していた病院の屋上へ着陸しようとする。大雨と風で揺れが激しいが、熟練パイロットが必死の操縦を続けている。

「着陸まであと10秒……衝撃に備えて!」

スピーカーから声が響き、一同は峯岸を担架(たんか)代わりのシートに乗せ、降下の衝撃に備える。


ガタガタガタ……

激しく揺れながらも、ヘリがどうにか屋上に着地する。すでに医師と看護師らしき人々が待ち構えており、ドアが開くと同時にストレッチャーを持って飛び込んできた。

「脇腹と肩に深い刺し傷……大量出血……すぐ手術室へ運びます!」

医療チームが手際よく峯岸の身体を固定し、点滴や酸素を接続しながら急いで病院内部へ搬送していく。藤浪や春口も傷が深いが、まずは峯岸の命が最優先だ。


「センセイ……っ!」

佐伯が追おうとするが、医師に「あなたたちも治療が必要です、こちらへ」と促される。汐崎も別の看護師に支えられて廊下へ降りると、その場で意識を失いかけ、気絶寸前に。「ちっ……任せたぞ……」とだけ呟(つぶや)き、崩れ落ちるように眠りに落ちる。


ほどなくして嵐の夜は明け、朝日が差し込む頃には病院の窓に重苦しい雰囲気が漂っていた。ロビーのテレビは、六甲山系で“道場塔”が崩壊したという速報を伝えている。外壁の大半が崩れ、未完成のタワーが大破し、山中は瓦礫(がれき)の山になっているらしい。


「あの塔、結局どうなったんだ……」

藤浪が意識を取り戻し、包帯を巻かれた姿で廊下のベンチに腰掛けながら呟く。春口も手や脚に包帯を巻いて隣に座り、低く答える。

「ほとんど崩れたみたい……あれだけ大きかったのに、形が分からないほどに……レジスタンスの仲間が速報を教えてくれた。」


「そっか……少なくとも兵器は止められたんだよな。先生がAIコアを破壊してくれたし……。」

藤浪はホッと息をつきつつ、すぐに不安顔で振り返る。「で、先生は? 手術はどうなった……?」


そこへ看護師が通りかかり、「峯岸さんの手術はまだ続いています。非常に厳しい状態です……」と申し訳なさそうに頭を下げる。春口は拳を握り、唇を噛(か)む。

「絶対……助かって欲しい……。」


佐伯は別室で急所近くに被弾や裂傷がないか検査を受けていたが、比較的軽傷と判明し、まもなく合流する。

「先生の手術……成功して欲しい……!」

合流した佐伯が祈るように両手を握りしめ、沈痛な面持ちで待つ。同じフロアの別室では汐崎も処置を受けているはずだ。


<レジスタンスと警察の動向>

病院内の待合スペースにレジスタンス数名が駆けつけてきた。宮木(みやき)や綾瀬(あやせ)涼香(りょうか)、そしてヘリを手配した仲間たちもいる。

「大丈夫か……ケガはひどくないか?」

宮木が血だらけの包帯姿の藤浪や春口を見るが、二人は「峯岸先生に比べれば……」と首を横に振る。綾瀬は「ごめんなさい、私がもっと早く対策を打てていれば……」と涙ぐむ。


「いや、あなたたちがヘリを用意しなきゃ、全員死んでた。助かったよ……ありがとう……!」

春口が感謝を述べる。宮木や綾瀬もホッと胸をなでおろすが、まだ峯岸の生存は確定していない。


「ところで、あの塔が崩壊したってニュースが流れてるけど、警察や消防が現地に入れない状態みたいね。土砂崩れも起こってるとか……。」

綾瀬がスマホの速報を見せ、インターネットに上がった崩壊現場の写真を指し示す。巨大なコンクリ塊と鉄骨が山の斜面を埋め尽くし、燃えカスの煙が昇っているらしい。


「神戸県当局は『大規模な工事事故』と発表してるみたいですが……主任・吉良(きら)以下、上層部は消息不明とか。捜索隊も入れない状況ですって。」

宮木が読んでいる記事を要約する。藤浪は小声で「吉良は多分死んだ……先生と汐崎さんが倒したんだ……」と漏らすが、公式には何も分からないままだ。


「警察もあの塔の違法性を掴んでたのか曖昧だったし、神戸県自体が動揺してるはず。トップが倒れたらどうなるんだ……。」

佐伯が苦い顔をする。道場塔を失った神戸県はどう出るのか、レジスタンスはどう動くのか。先行きは不透明だが、とにかく今は峯岸の生存を祈るしかない。


ガラリ……

手術室から医師が出てきたのは、それから数時間後の昼過ぎ。みな息を呑んで医師の言葉を待つ。


「峯岸さんの手術……ひとまず峠は越えました。まだ予断を許しませんが、奇跡的に重要な臓器をギリギリで外れていた部分があり……数日は集中治療が必要です。」

医師が疲れた顔でそう言うと、弟子たちやレジスタンスは歓喜に近い安堵(あんど)の声を上げる。

「よ、よかった……先生、助かるんですか……!」

春口が泣き笑いのような表情を浮かべ、藤浪と佐伯も握った拳を震わせる。綾瀬も胸を押さえながら涙ぐみ、宮木は「すごい……あれほどの怪我を……」と驚く。


<汐崎との再会、そして絶えぬ傷>

峯岸が集中治療室へ運ばれた後、弟子たちは自分たちの治療を受けつつ病院の一般病棟へ移動。

汐崎も応急処置が終わり、胸の深い傷口を縫合(ほうごう)されてベッドに横たわっている。彼はうるさそうに目を背けていたが、藤浪と春口が見舞いに来ると、少しだけ姿勢を起こす。


「……よう。じいさん、死ななかったんだな……よかったじゃねえか。」

汐崎がひねくれた口調で笑う。春口は笑みをこぼし、「汐崎さんも重傷ですよね……よく生きてましたね。」と返す。藤浪は「あなたがいなかったら、先生も俺たちも死んでたと思う……ありがとう」と頭を下げる。


「ふん……まあ、俺にも助かったメリットはある。神戸県を潰すって目的は果たせたんだしな。でも……」

汐崎は言葉を飲み込み、天井を見上げる。「あの塔が崩れてすべて終了ってわけじゃないだろう。神戸県の体制はまだ残ってるし、内部で力を持ってる連中は他にもいるかも知れねえ。」


「確かに……でも、主任・吉良は最強の兵器もろとも墜ちた。神戸県の“闇”は大幅に削られたはず……。あとは行政や警察がどう処理するかですね。」

春口がしんみりと答える。複雑な思いだ。多くの血が流れ、人も塔も崩壊した。正義と言えるのかどうかは分からない。


藤浪は唇を噛む。「俺たちも、道場をどうするか考えなきゃ。先生が元気になるには相当な時間が必要だし、そもそも俺たちの怪我だって軽くはない。道場破りとか言ってる場合じゃないし……。」


「……あんたらがどうするかは自由だが、俺は回復したら神戸県の残党がまだ暗躍してねえか探りに行く。家族の仇(かたき)を取りたい奴もまだいるはずだしな。」

汐崎が金属バットがかけられた壁をちらりと見ながら言う。藤浪と春口は「そうか……あなたも自由だし、また協力できるなら……」と苦笑気味に返答する。



<峯岸の意識、微かな声>

峯岸が集中治療室(ICU)で2日間ほど意識不明の状態が続く。弟子たちは交代で病院に泊まり込み、面会時間には必ずICUのガラス窓越しに師匠の様子を見守る。

「先生……目を覚まして……。」

春口が涙ぐみながら祈るように両手を組む。藤浪もまなざしを沈ませ、佐伯は夜通し立ち尽くすように付き添っている。


3日目の朝、夜勤の看護師が「峯岸さん、少し脈が安定してきてます。もしかすると意識が戻るかもしれません」と知らせに来ると、弟子たちは飛び上がるように喜ぶ。

「ほんとですか……!?」

「ええ、まだ心配ですが、出血は止まりました。傷も感染なく治り始めてるみたいです。」


その翌夜、春口と藤浪がICU前で交代しようとしたまさにその時、看護師から「峯岸さん、うっすら目を開けてます!」という声がかかる。

慌てて駆け寄ると、師匠のかすんだ瞳がわずかに動き、マスク越しに息を吸い込もうとしているのが見えた。


「せ、先生……!」

佐伯や春口がガラス越しに声をかける。すると峯岸がか細い声で「……おまえら……生きてたか……」と呟(つぶや)く。藤浪は感涙(かんるい)にむせび、春口は笑顔で涙をこぼす。


「よかった……先生……! 俺たち、全員無事ですよ……! 汐崎さんもレジスタンスの人たちも……先生を救えたんですよ……!」

春口が声を上げると、峯岸は苦しそうに眉を寄せながらも、微かな笑みを浮かべるように口角を動かす。

「そ、そうか……なら……よかった……俺は、まだ……生きてるのか……。」


脇腹や肩に包帯が巻かれ、点滴や各種モニターに繋がれたままの姿が痛々しいが、師匠は確かに命の火を取り戻している。

藤浪がガラス越しに両手を合わせ、「先生……もう何も考えずに安静にして下さい。……ほんとうによかった……!」と声を震わせる。佐伯も言葉を失い、目頭を押さえる。


「ば、ばかやろう……お前らが……助けたんだろう……ありがとう……な……。」

峯岸はか細く言葉を残し、また意識を落とすように瞼を閉じる。看護師が「大丈夫、安静が一番」と制止し、弟子たちは溢(あふ)れる涙を堪(こら)えきれずに頷く。



<神戸県の変容、レジスタンスの報告>

その後、1週間ほどが経過。

峯岸たちはまだ入院中だが、藤浪や春口は傷が軽めだったこともあり、外来で経過観察を受けつつ退院が視野に入っている。佐伯は腰を負傷して少しリハビリが必要だが、動ける程度には回復した。汐崎は傷口の縫合が成功し、退院許可が出たと聞く。


一方、レジスタンスからの報告では、「神戸県庁内で権力抗争が勃発している」「主任・吉良と塔の開発部門が壊滅し、行政機構が混乱している」など、体制転換が進みそうな情報が飛び込んできた。

「思った以上に動きが速いな……。行政組織としての神戸県は残るかもしれないが、あの強引な兵器開発はもう続けられないだろう。」

宮木が病院で弟子たちにそう伝える。綾瀬涼香も「これで普通の自治体として再スタートするか、あるいは昔の兵庫県に再編されるかもしれない」と可能性を示す。


「じゃあ、あの検問とか道場潰しとか、全部なくなるんでしょうか……。」

春口が安堵の表情で問う。宮木は「ええ、塔の崩壊で資金源や恐怖支配が崩れたし、吉良ら幹部の死亡で中心が空白になった。今後は正常化に向かうと思いたい」と答える。


「レジスタンスの立場も変わるんだな……。警察や行政が健全に戻れば、地下で戦う必要もなくなるかも……?」

藤浪が首を傾げて言うと、宮木はうなずく。「その通り。私たちも本来の目的は“違法な体制を正す”ことだったから。神戸県が普通に戻るなら、それに越したことはない。」


「そっか……よかった。先生が命懸けでやったことが報われる……。」

春口が微笑み、佐伯もそれを聞いて静かに同意する。「あとは先生が元通りに回復すれば……。」と視線を落とす。


<道場の行く末、そして新たな一歩>

峯岸が入院して2週間後。大きな手術を経て、医師から「容体は安定しつつある」という朗報が伝わる。意識はまだ完全に戻ったわけではないが、命に別条はなさそうだ。

藤浪や春口、佐伯は相変わらず病院に通いながら看病している。汐崎は既に退院し、少し体力が戻ったところで「俺は俺の道を行く。神戸県の残党を追う」と伝言を残して去ったという。


「汐崎さんにも、いつかまた会うかもしれないわね……。」

春口がつぶやき、藤浪も「そうだな。あいつ、なんだかんだで付き合いやすい部分もあったし」と苦笑する。佐伯はしんみりと同意する。「俺たちの道場を襲う立場じゃなくなったけど、また協力できるといいな……。」


そこへ医師がやってきて、「峯岸さん、少し意識が安定してきました。会話できるかもしれません」と案内してくれる。三人は小走りで病室へ向かう。ICUではなく、個室に移されたらしい。


病室の扉を開けると、薄暗い中に峯岸が横たわっている。頭に包帯、肩や脇腹に大きな包帯を巻いたままだが、点滴やチューブの数は減っている。うっすら目を開けており、視線が弟子たちを捉えた。

「先生……!」

佐伯がまず声をかける。峯岸は微弱な呼吸とともに「……生きて……る……んだな……」と呟く。


「ええ、先生もですよ……! 無茶しすぎですよ……。でも本当によかった……!」

春口が目尻に涙を浮かべる。藤浪も笑顔で「道場塔は崩壊しました。もう誰も傷つけられない。先生がやってくれたんですよ……!」と報告する。


「そう、か……。みんな……無事で……よかった……。」

峯岸はかろうじて微笑み、天井を見つめる。「俺の道場は……どうなる……?」


弟子たちは互いに顔を見合わせ、春口が代表して言う。「しばらく道場はお休みです。でも、いずれ再開したいです。先生が戻って来られるまで、俺たちが……その……守ります!」

佐伯と藤浪も深く頷(うなず)いて賛成の意を示す。


「そうか……ありがとう……。俺は……今は寝てるわ……少しだけ……。」

峯岸が穏やかな顔で目を閉じる。医師によれば、傷が回復すれば普通の生活へ戻れる可能性があるという。弟子たちはそれを聞いて一気に表情が明るくなる。


「先生……ゆっくり休んでください。道場も、神戸も、まだ再建の余地はあるんですから。」

藤浪がそっと毛布をかけ直し、峯岸は微かな笑みを浮かべたまま眠りに落ちる。まるで長い悪夢から解放されたような安らかな表情だ。


<退院の日、道場へ帰る>

それからさらに2週間。峯岸と弟子たちの怪我も徐々に回復し、ようやく退院が見えてきた。汐崎は既に姿を消し、レジスタンスも解散に近い形で個々の生活へ戻りつつある。神戸県は大幅な改革を余儀なくされ、自治体として再スタートを切ろうとしている。

そしてついに――峯岸が退院する日がやってきた。医師は「まだ杖(つえ)や車椅子が必要ですよ。無理は禁物です」と釘を刺すが、峯岸は気力でそれを乗り切るつもりだ。


病院の出口には佐伯、藤浪、春口の三人が揃っている。みな包帯やギプスは取れていないが、歩行には問題ない程度。

「先生、車椅子使ってください……!」

春口が言うが、峯岸は「男が甘えるな……」などとぼやく。だが結局、脇腹の痛みで思わず座り込み、仕方なく車椅子へ腰を下ろす。「くそ……老いぼれた……」


「先生、それでも生きてるだけで十分すごいんですよ!」

藤浪が笑い、佐伯も「道場破りどころの騒ぎじゃなかったですからね……」と笑みを返す。峯岸も苦い顔で頷く。


4人はタクシーに乗り込み、ようやく町へ戻る。途中、まだ嵐の被害が残る市街地を横目に見ながら、自分たちが通う道場へ向かう。

「道場は……さすがに散らかってるかも……。掃除が大変だな……」

春口が苦笑し、藤浪と佐伯は「ちょっとずつ片付けて再開しよう」と意気込む。峯岸はぼんやり窓の外を見つめ、「……そうだな……」と呟く。


タクシーが止まり、一同が車から降りて道場の門前に立つ。そこはあの道場破りや検問騒動の前と同じ、静かな佇まい(たたずまい)を取り戻している。

板張りの扉が少し傷んでいるが、内側は大きな被害はなさそうだ。久々に見る看板には「峯岸道場」とある。


「帰ってきたんだな……。」

峯岸がかすれた声で言う。弟子たちも目頭が熱くなる。「先生、これからはゆっくり療養してください。道場は俺たちが守りますから……。」


峯岸はゆっくりと門を開き、懐かしい畳の香りを感じ取る。「ふん……俺が動けるようになるまでは、お前らに任せる……。でも忘れるな……道場は血と汗で築かれるんだ……変にサボるんじゃないぞ……。」

いつもの峯岸節(ぶし)が戻ったのか、少し刺々(とげとげ)しい言葉遣いだが、その口調には温かみがある。弟子たちの顔にも笑みが広がる。


<それぞれの道、未来への希望>

数日後、道場は掃除が済み、最低限の再開準備が整う。クラスはしばらく休講だが、近隣の仲間やレジスタンス関係者が見舞いに来て、励ましの言葉をかけてくれる。

汐崎の姿はないが、どこかで再び会う気がしてならない。神戸県の新体制がどうなるかも、未だ定かではないが、大規模な兵器開発は頓挫(とんざ)し、道場破りのような理不尽な事件も減るだろう。


「先生、これからどうします? 道場を復活させて、普通に弟子を取りますか?」

春口が茶を入れながら笑顔で尋ねる。峯岸は道場の板の間に座布団を敷いて腰を下ろし、「ああ……道場で武術を教えるのが俺の生業(なりわい)だ。そりゃ続けるさ……」と静かに応じる。


「本当に……また弟子や生徒が集まってきてくれたらいいんですけどね。あれだけ世間を騒がせた“神戸県の件”……先生たちが英雄視されるかもしれませんよ?」

藤浪が冗談めかして言うが、峯岸は「くだらん……武術は名声や金のためじゃない」と鼻を鳴らす。

それでも弟子たちは、師匠がこうして生きて語る姿を見て、胸の奥が熱くなる。自分たちも、師匠を超えるほどの武術家にならねば――と。


佐伯は包帯を巻いたまま畳に正座し、「先生……本当に死なないでくれてありがとう。もし先生がいなかったら、神戸県の兵器は止められなかった。俺たちも生き残れなかった」と素直に涙を流す。

峯岸は少し照れながらも、「ばかやろう……お前らがいたからこそ止められたんだ。俺一人なら無理だった……感謝してる……ありがとうな……」と呟く。


その瞬間、弟子たちは目を潤ませ、「先生がそんなこと言うの、初めて聞きましたよ!」と笑いをこぼす。峯岸は気恥ずかしそうに視線をそらすが、確かに道場内の空気は温かかった。


<幕引き、そして始まる再生>

こうして、荒廃した道場塔とともに神戸県の秘密兵器計画は終焉(しゅうえん)を迎えた。上層部の多くが死亡あるいは行方不明となり、残された行政職員は県議会や国の支援を受けて再建に取りかかるらしい。レジスタンスは本来の役目を終えて各自の生活へ戻っていく。

汐崎祐真は後日、どこからともなく手紙を送り「探りたいことがある。神戸県の残党が潜んでいるかもしれん。俺はまだ戦いを続けるが、お前らはゆっくり休め」とだけ書き残している。


峯岸は重傷からの回復に時間を要し、車椅子姿だが、弟子たちの支えで少しずつ歩行訓練を始めている。何かを試すように拳を動かす姿を見れば、また武術家の血が騒ぐに違いない。

春口や藤浪、佐伯も、これまでの道場破りや検問破りが嘘のように、穏やかな日々を取り戻しつつある。だが、あの激闘で培(つちか)った経験や絆は決して消えない。


「先生……俺たち、もっと強くなりますから。これからも武術を教えてくださいね。」

佐伯が改めて宣言すると、峯岸は遠くを見つめながら頷く。「ああ、武術は奥が深い……。俺も若い頃に戻れたら……などと考えちまうが、今はお前らに期待してる……。」

どこか照れ隠しのような口調に弟子たちが笑い、道場の板の間に光が差し込む。


外では神戸の町が復興の兆(きざ)しを見せている。もう兵器開発や裏の政治は崩壊し、神戸県は新しい在り方を模索している。市民はまだ混乱している部分もあるが、自由を取り戻す足取りは確実だろう。

修行の日々は続く。死線を越えた拳は、いつかまた大きな力となって人を守るはずだ。それが峯岸道場の教えでもある――血と汗で築かれ、次世代に受け継ぐもの。


そして物語は、新たなる曙光(しょこう)を迎えながら、幕を閉じる……。ここに“神戸県道場塔”を巡る激闘が終わり、峯岸道場の弟子たちは静かに、だが確かな一歩を踏み出すのだった。


――第13章、幕。

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神戸県道場塔 まとめなな @Matomenana

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