第12章 「最後の障壁、AIの咆哮」
<崩壊の足音、6階への道>
道場塔の制御ブロックを破壊したものの、まだ残る「AIコア」がこの施設の最終兵器として稼働する可能性がある。
外は嵐が激しさを増し、雨と風が塔の脆弱(ぜいじゃく)な構造をさらに揺さぶっている。5階フロアから6階へ続く階段へ向かう途中、廊下には深い亀裂が走り、雨水が噴き出していた。
「ここまで来たら……やるしかない……っ!」
春口(はるぐち)幸奈(ゆきな)が、懐中電灯の明かりを頼りに足を進める。腰や腕には痛みが走るが、気力でカバーしている。
佐伯(さえき)ライチと藤浪(ふじなみ)卓矢(たくや)は、師匠の峯岸(みねぎし)光雲(こううん)と汐崎(しおざき)祐真(ゆうま)を支え合いながら進む。
峯岸は脇腹の出血が止まらず、片目を閉じがちだが、それでも意識を保っている。
汐崎も胸と腕に浅い切り傷を負いながら、金属バットを杖代わりにしている。
「クソ……こんな状況で“AIコア”だと? どんな怪物が待ってるか分かんねえな。」
汐崎が呟(つぶや)く。既に傀儡兵やサイボーグ、四脚ロボなどを倒してきたが、主任・吉良(きら)の策謀がこれだけで終わるとは思えない。
「雷がどんどん近づいてる……。このまま塔が倒壊してもおかしくない。」
藤浪が不安げに言う。実際、ビリビリと嫌な振動が床を伝わり、壁のひび割れから雨風が吹き込む。
「急ごう……このままじゃ私たち全員、瓦礫(がれき)の下敷きになりかねない……!」
「そうだ……行くぞ……」
峯岸はまだ意識を保ちながら囁く。弟子たちと汐崎は頷き、6階への階段を探すために廊下を進んでいく。
廊下の角を曲がると、そこに鉄扉が一つ。横に「STAIRWAY TO 6F」と書かれたプレートが見える。
「ここだ……!」
春口が先頭に回り、扉を引こうとするが、錆(さび)と歪(ゆが)みで固くなっている。
「汐崎さん、バットで頼む……!」
「おう、どけどけ……」
汐崎がバットで取っ手部分を叩き、力づくで扉をこじ開ける。**ギギギ……**という金属音の末、扉がわずかに開き、隙間から生暖かい空気が流れ出してきた。
「うげっ……なんだ、この空気……湿気? それとも……。」
藤浪が顔をしかめる。6階はまだエアコンや換気が機能していないのか、こもった熱気と油のような匂いが漂っている。
「行くしかない……!」
佐伯が深呼吸し、暗い階段を見やる。幸い崩落の形跡は少ないが、スパークを起こしている配線が階段手すりに触れており、そこを飛び越えながら一段ずつ上へ進む。
ドスン……
不気味な振動が響き、塔全体が揺さぶられた。誰もが足を踏ん張り、壁に手を当ててバランスを保つ。
「そんな……大丈夫か、塔が先に崩れ落ちちゃうんじゃ……。」
春口が恐れを抱くが、峯岸が低く呟く。「ここで引き返せない以上、進むしかない……。急げ、諸君……!」
<6階フロア、AIコアの前>
階段を上がりきると、広いフロアに出た。半分以上は工事用の足場や配管がむき出しになっているが、奥に一際大きなゲートが目につく。そこには「AI CORE」と赤い文字が大きく書かれている。
床には無数のケーブルが走り、天井からは配線束が吊り下がっている。かすかに電気的な唸(うな)りを感じる。
「ここが……AIコア……神戸県の最終兵器の中枢か……。」
藤浪が硬い表情で呟く。汐崎はバットを構えたまま、「いいぜ……全部ぶっ壊してやる……!」と歯を食いしばる。
「でも……やけに静かですね……。敵が待ち伏せしてるわけでもなさそう……?」
春口が周囲を見回すが、先ほどの傀儡兵やロボの姿は見当たらない。まるで嵐の前の静けさだ。
「油断するな……。」
佐伯が師匠の肩を支えながら周囲を探る。峯岸も唸り声混じりに動き、「何か……いる……気配を感じる」と苦い顔をする。
ゲートの正面には大きなコンソールがあり、「ACCESS」や「POWER」と書かれたボタンがいくつか並ぶ。パネルの隙間からは青白い光が漏れ、機械の冷たい息吹を感じさせる。
「たぶん、ここを破壊すればAI自体がシャットダウン……いや、どこか別の場所にも中枢があるかもしれないが……とにかく壊そう!」
藤浪が意を決し、コンソールを叩き壊そうと足を踏み出した――その瞬間、背後のゲートが突如として上に開き始めた。**ゴウン……!**という重低音とともに、内側から眩い光が溢れる。
「っ……な、なんだ!?」
汐崎が咄嗟に後ずさり、金属バットを構える。中から蒸気のようなものが漏れ、さらに黒い影がうっすらと姿を見せる。
「よく来たな……峯岸、そして貴様ら……。」
金属音を交えた声が響く。やがて光が収まると、現れたのは主任・吉良(きら)の姿――しかし、ただのスーツ姿ではない。上半身に外骨格のような装備を纏(まと)い、左腕には義手がドッキングされた“強化形態”になっている。
「貴様……吉良!」
佐伯が憎悪を込めて睨む。吉良は陰鬱(いんうつ)な笑みを浮かべながら、右手でAIコア内のコンソールを叩き、カチッとスイッチを入れる。
「フフフ……さあ、我が完成形AIをお目にかけよう。お前たちが破壊した制御ブロックなど、補助システムにすぎん。AIコアが稼働すれば、兵器も再起動可能だ……最後の審判をくれてやる!」
その言葉と同時に、天井の配線が一斉に稼働を始め、**ウィーン……**という機械のうなりが轟(とどろ)く。ゲート奥に巨大な装置があり、中で青白いエネルギーらしきものが流れ出している。
雨水が漏れ、床が揺れる中、吉良は装備した義手を掲げてグイと動かす。そこにはアタッチメントのような刺突(しとつ)ユニットが付いており、火花を散らしている。
「クソッ……!」
春口が戦慄する。この状況で彼らが勝ち目はあるのか。痛みと恐怖が入り混じり、手が震える。
「お前がここまで施設を壊したんだろうが……この塔ももう限界だ……。」
藤浪が叫ぶが、吉良は狂気を帯びた笑みで答える。
「知ったことか。どうせここは未完成……だが、このAIと私がいれば、再建など容易い。お前たちを生贄(いけにえ)にして、神戸県の威を示してやる!」
<峯岸と吉良、邂逅(かいこう)の宿命>
吉良が大きく左腕を振りかざし、ブシューッと圧縮空気が噴出するような音がする。まるでジャッカルの強化版ともいえる装備だ。
「貴様らに味わわせてやる……ジャッカルなど比にならん私の力を……!」
跳躍と同時に峯岸たちへ距離を詰め、左腕の刺突ユニットを突き出す。
「くっ……!」
藤浪と春口が迎撃しようとするが、動きが速すぎる。吉良は一瞬で二人の間を通り抜け、峯岸の正面へ踊り出る。まさに峯岸を狙っていたかのようだ。
「死ねえ、峯岸……!」
爆音のような圧力とともに刺突が繰り出され、峯岸がとっさに身を捻(ねじ)るが、脇腹の傷で反応が遅れる。ザシュッという嫌な音がして血飛沫(ちしぶき)が舞う。
「先生っ……!」
佐伯が悲鳴を上げる。峯岸は突き飛ばされる形で床を転がり、浅いが鋭い刺し傷が脇腹を抉(えぐ)っている。
「ぐあっ……」 息が乱れ、傷口からさらに血があふれる。
「先生……!!」
藤浪や春口が駆け寄ろうとするが、吉良がまた瞬時に飛んで、ブレードを横に薙ぎ払う。二人は咄嗟に後退し、「こいつ……速い!」と呻(うめ)く。
「離れろ、峯岸のクソ弟子ども……まずはじいさんを始末してやる……!」
吉良は醜悪(しゅうあく)な笑みを浮かべ、なおも峯岸へ刺突を振り下ろそうとする。
その刹那――汐崎が割り込んで、バットを上段から振り下ろし、左腕を狙う。
ガッ……!
金属音が響き、火花が散る。しかし義手の装甲が硬すぎて、バットが弾かれ気味に跳ね返ってしまう。
「ちぃっ……!」
汐崎が歯を食いしばると同時に、吉良の右拳がカウンター気味に放たれる。ゴッという鈍い音がして、汐崎の腹部にめり込み、彼は大きく吹き飛ぶ。
「汐崎さん……!」
佐伯が叫ぶが、吉良の目は依然として峯岸へ向いている。
「お前が私に恥をかかせた……ジャッカルを倒したり、検問をぶち壊したり……もう十分楽しんだろう? ここで終わりだ!」
吉良が高々と義手を振りかぶる。雷鳴が轟く中、峯岸は脇腹を押さえうずくまっているが、かすかに意識を保ち、血まみれの手で拳を作る。
「う、うおおお……っ……!」
佐伯が横合いから殴りかかるが、吉良は軽く身を捻って避け、逆に膝を一撃入れて佐伯を撃退。藤浪と春口も同時に攻めようとするが、吉良は刺突ユニットを一閃させて二人の間を割り、床に切り傷を残すだけで済ませる。
「速すぎる……どうすりゃ……!」
春口が焦る。藤浪も肩を強打され、立ち上がるのがやっとだ。
「最後だ……死ねえ、峯岸……!」
吉良が峯岸の頭部を狙って刺突を振り下ろした――その瞬間、峯岸は意を決したように上体を捻り、逆手の拳を刺突ユニットに合わせるように突き出す。
「馬鹿が……こちらの方が圧倒的に強いんだ……!」
吉良が勝ち誇る笑みを浮かべる。だが、峯岸は脇腹からさらに出血しながらも渾身(こんしん)の力をこめ、正拳を一瞬だけ極めて突き込む。
「ガギィン……!」
金属と拳がぶつかり合う衝撃音。火花が派手に飛び散り、二人の体がぶつかるようにして一瞬止まる――。
「ぐっ……うあっ……!」
吉良が思わず声を上げ、刺突ユニットの先端が変な角度に歪(ゆが)む。峯岸の一撃が外骨格の関節部を破壊しかけているのだ。
「バ……馬鹿な……人間の拳で……!」
吉良は目を見開き、しかしそのまま突き出した刺突が峯岸の肩を貫きかける。血飛沫がまた舞うが、峯岸は倒れず、拳を押し込んだまま歯を食いしばっている。
「先生……!!」
弟子たちの悲痛な叫びがこだまするが、峯岸は「まだ……だ……!」と低く唸る。
(この瞬間に……拳を、全てを……叩きこむ……!)
雷光が輝く中、峯岸はさらに体を捻り、負傷した肩を犠牲にしながらもう一方の腕を振り上げる。**ドガン!**という迫力の音とともに吉良の義手を殴り砕き、彼の体ごと殴り倒す形になる。
「ぐああ……っ……!」
吉良が悲鳴を上げて弾き飛ばされ、AIコアの機械配線を巻き込みながら床を転げる。義手が壊れ、火花を散らしつつ完全に制御不能に陥っている。
「先生……先生っ!」
春口や藤浪が峯岸に駆け寄る。峯岸は肩に深い刺し傷を負い、意識が今にも途切れそうなほど失血している。
「先生……! しっかり……しっかり……!」
佐伯が脇腹の止血を試みるが血が止まらない。「くそ……どうすりゃ……!」
「まだ……俺は……死んで……ない……!」
峯岸は苦しみながら微かに返答し、息をするだけでも激痛に顔を歪(ゆが)める。
吉良は床に倒れ込み、義手がスパークを続けている。
<塔の崩壊、吉良の最期の狂気>
AIコア装置は未だに動いている。天井から伸びる配線が脈動(みゃくどう)し、ブーンという機械音が絶えず鳴り響く。
「早くここもぶっ壊す……!」
汐崎がバットを握りしめ、青白い光を放つ制御パネルを目指そうとするが、床全体が激しく揺れだし、鉄骨が大きく軋(きし)む音が聞こえる。
ガラガラ……バキバキ……!
壁面が崩れ始め、外壁のコンクリや鉄筋が雨風とともに吹き飛ばされる。もはやこのフロア自体が限界のようだ。
「うわあっ……!」
藤浪と春口が転倒しかけ、汐崎もバランスを崩して尻餅をつく。佐伯は峯岸を必死に支えながら天井を見上げるが、大きなクレーンのアームらしき物体がぐらつき、今にも落ちてきそうだ。
「このままじゃ崩れる……でも、AIコアを壊さない限り……!」
春口が歯を食いしばる。汐崎が踏ん張って立ち上がり、「せめてコイツをブッ壊してから脱出だ……!」と猛進する。
ところが、床に倒れていた吉良が邪悪な笑みを浮かべ、義手の残骸を再起動させようとする。
「うおお……まだ……私は……終わらん……!」
火花を散らす義手の切断面を無理やり接続して、まるでゾンビのように起き上がる。
「何だ……まだ動けんのか、こいつ……!」
汐崎が驚くが、吉良は全身からオイルや血を滴(したた)らせながら、左半身を引きずって立ち上がり、「道場塔は我ら神戸県の未来……貴様らに破壊されてたまるかぁぁ……!」と吠える。
「くそっ、面倒くさい……バットで粉砕してやる!」
汐崎が猛進してバットを振り下ろす。だが、吉良は義手のバネを使って跳躍し、残った刺突部分を汐崎の腹へ突き立てようとする。
ゴキン!
激しい金属音が鳴り、二人の体が交錯する。汐崎の胸元から血が流れるが、彼は力ずくでバットをめり込ませ、吉良の胴体を豪快に叩きつける形に。
「うおおお……!!」
汐崎が声を張り上げ、ドガンという衝撃音で吉良が床へ投げ飛ばされる。相討ちの形で汐崎も崩れ落ち、意識が遠のくように膝をつく。
「ぐ……俺も限界か……。」
胸に深い傷を負い、呼吸が苦しそうだ。
「吉良……完全に倒れたか……?」
藤浪が警戒しつつ駆け寄ると、吉良はもはや微動だにしない。義手もスパークが止まり、仮面のように歪んだ顔で虚空を睨(にら)んでいる。血だまりが広がり、もう息はしていないようだ。
「これで……主任・吉良は死んだのか……。」
春口が唇を震わせる。長かった因縁が、ついにここで終わりを迎えた。
<AIコアの破壊、脱出をかけた一撃>
しかし、AIコア装置自体は依然として稼働中だ。天井から伸びるケーブルが脈動し、青白い電光を走らせている。塔の外壁は崩壊を続け、いつ落ちてもおかしくない状況。
「急げ……AIコアを壊す……!」
佐伯が自分自身に喝(かつ)を入れるように言う。腰を深く落として、コンソールの基部を殴り壊す準備をする。
藤浪や春口、汐崎も参加しようとするが、汐崎は傷が深く、意識が朦朧(もうろう)としている。「悪いな……俺はもう動けねえ……」と苦しそうに言う。藤浪と春口も足や腕にひどい怪我を負い、全力は出せない。
「じゃあ俺が……先生を頼む……!」
佐伯が弟子代表としてコンソールに向かい、拳を握りしめる。だが、その背後で意外な声が聞こえた。
「……馬鹿者が、弟子の手を煩(わずら)わせやがって……。」
血まみれの峯岸が、フラフラになりながら立ち上がる。既に肩と脇腹から大量の出血があり、常人なら倒れているはずだが、最後の力で踏みとどまっている。
「先生、もうやめてください……死んじゃいます……!」
春口が泣きそうな声で叫ぶが、峯岸は目を光らせる。「死ぬのは俺の勝手だ……弟子たち、お前らを守るために、俺はここまでやってきた……最後くらい決めさせろ……!」
壮絶なまでの気迫。佐伯と藤浪は涙を浮かべ、道を譲る形になる。
「先生……どうか無理だけは……!」
佐伯が脇腹を押さえる手を添えようとするが、峯岸は「触るな」と突き放し、ヨロヨロとAIコアのコンソールへ歩み寄る。
雷鳴が一層激しく鳴り響き、塔の床が大きく震える。もはや数分以内に崩壊してもおかしくない。
「うおおおおっ……!!」
峯岸が全ての力を振り絞り、右拳を高々と突き上げる。もはや振りかぶるだけで激痛が走るはずだが、彼は意識を圧し殺して拳を下ろす。
ドガッ……!
鋭い打撃音とともに、AIコアの外装がひしゃげ、スパークが一気に噴き出す。さらにもう一撃、**バゴォン……!**と連続して拳を叩き込み、装置の奥にある制御板らしき部分を完全に叩き潰す。
「がはっ……!」
峯岸の口から血が溢れ、膝が崩れそうになるが、そのまま倒れる間際にコンソールへ左掌を打ち込む。
**ベキベキ……**という破壊音とともにAIコアが根幹から破損し、電力が急速に失われていく。
青白い光がフェードアウトし、ケーブルの脈動がピタリと止まる。天井に垂れ下がっていた電線がうなりを失い、静寂が広がった。
「やった……! AIコア停止……!」
藤浪が震える声で喜びを叫び、春口も「これで……塔の最終兵器は無効化……!」と目を潤ませる。
「先生……!」
佐伯が駆け寄ると、峯岸は AIコアの残骸を支えにしながら力尽きるように倒れ込む。脈腹と肩の致命傷から血がどくどくと流れ、まぶたを重く閉じ始める。
「せ、先生……先生……!!」
佐伯や春口が必死に揺すぶる。藤浪も「しっかりしてください、先生……!」と声を張り上げる。汐崎も歯を食いしばりながら「くそ……このままじゃ……」と沈痛な面持ちだ。
峯岸は微かに目を開け、血だらけの唇を動かす。
「お前ら……よく……やった……。もう……俺は……十分だ……。」
視線は遠くを見つめているが、そこには弟子たちへの愛情が滲(にじ)む。激しい雷鳴と崩壊の音が入り混じる中、峯岸の体温は一気に下がっていくようだ。
「やだ……死なないでください……先生……!」
春口が声を震わせ、泣き叫ぶ。藤浪や佐伯も涙を隠せない。汐崎はそっと目を伏せ、「あんた、最後までバカみたいに無茶しやがって……」と呟(つぶや)く。
ガラガラ……
また大きな崩落音が響き、床と壁が限界を迎えている。外壁の崩壊が6階まで達しているのか、鉄骨やコンクリが崩れ落ち、建物全体が大きく傾き始めている。
「逃げろ……塔が……倒れる……!」
汐崎が傷ついた体で叫ぶ。弟子たちは泣きながらも峯岸の体を抱きかかえ、「先生、一緒に行きましょう……!!」と必死に呼びかけるが、峯岸のまぶたはほとんど閉じかけている。
「ぐぅ……置いて……行け……俺はもう……ここまで……。」
峯岸は声にならない声で語るが、弟子たちには届かない。血が止まらず、呼吸も苦しそうだ。しかし佐伯たちに見捨てる選択肢はない。
「先生……絶対に助けます……!」
涙に濡れた瞳で訴える春口。藤浪が周囲を見回し、「なんとか……脱出路が……あるのか……?」と探すが、階段は下へ崩れているし、上の階も工事のため通じていない可能性が高い。
「まず……下へ降りるしかない……!」
汐崎がそう叫ぶが、ボゴォンという轟音とともに壁の一部が吹き飛び、大きな空間が露わになる。外の嵐の風が激しく流れ込み、稲妻がまばゆい閃光を放つ。
「うわああっ……!?」
風が吹き込み、足場が崩れ、全員がよろめく。仮設の足場をどこかで見つけないと、このまま落下しかねない状況。
「くそ……這(は)いずってでも降りるぞ……!!」
藤浪が意を決して峯岸を抱えようとするが、彼の体は冷たく重くなっている。呼吸は浅く、一刻の猶予もない。
「いくぞ……先生……死なせるもんか……!」
ドガン……!
さらに大きな振動が走り、フロアの床が50センチほど沈む。すでに塔の崩壊は時間の問題だ。
<絶望か、奇跡か>
AIコアを破壊し、主任・吉良をも倒した。だが、同時に塔の構造は崩壊を迎えている。あちこちで火花や爆発が起き、外壁が剥(は)がれて落下している。
弟子たちは峯岸を抱え、汐崎も痛む胸を抑えながら、その場からの脱出を試みる。
「くそ……何とか……出口は……!」
春口が辺りを見回すが、階段も落ちた。真下は5階の天井が崩れ、煙と炎が立ち込めている。外壁が開いた穴から見ると、深い闇と豪雨が見えるだけだ。
雷が轟く度に、塔全体がきしむ。
「このままじゃ……全員アウトだ……!」
藤浪が焦りを隠せない。汐崎は荒い息を吐きながら、「せめて……崩れる前に飛び降りられる場所があれば……」と口走るが、6階の高さから安全に下りる術などないに等しい。
ガラガラ……
床の一部が傾いて、佐伯たちが無理やり壁にしがみつく。峯岸は意識がもう途切れかけており、いつ呼吸が止まってもおかしくない。
「先生……先生……!」
泣き叫ぶ春口と藤浪。佐伯も拳を震わせるばかりだ。
この極限状態で、一行は奇跡を求める――。
だが―― ここでタブレットの通信が微かに振動し、ノイズ混じりながら宮木(みやき)の声が聞こえてくる。
「聞こえるか……? こちらレジスタンス……外でヘリを用意した……! 上層の壁が崩れてるなら、そこから救助できるかもしれない……急げ……!!」
「ヘリ? そんな……用意できたのか……!」
春口が希望の光を感じて目を見開く。
「ただ、この嵐でヘリも危険だ。短時間で移動しなければ……塔が倒れる前に近づき、ワイヤーで救出するしかない……場所は……屋外壁の開いた辺り……6階なら十分高い……!」
「了解……そっちからヘリが来るって……!」
佐伯が叫ぶ。藤浪と汐崎も食いしばった歯を緩める。「助かるか……いや、ギリギリだな……!」
「分かった……来い……先生を助けるんだ……!!」
春口がタブレット越しに声を張り上げる。傾きかけの床を踏みしめて、外壁の崩れた部分へ移動し始める。遠くには雷光が瞬(またた)き、大雨の闇が広がっている。
「こっちだ……!」
汐崎が残りの体力を振り絞り、先導する形で壁の破損部分へ移動。突風が吹き込み、雨が鋭い針のように打ちつけてくる。
ゴゴゴ……
さらに塔が傾いたのか、床の傾斜が増して、みんな滑りそうになる。佐伯が峯岸を必死に抱え、藤浪と春口が後ろから押さえる。汐崎も咳き込みながら崩れた足場を探す。
すると外の空が一瞬光り、ヘリのライトが差し込むのが見えた。黒い夜空を切り裂くようにレジスタンスのヘリが急接近しているらしい。
**バリバリ……**と雷鳴が鳴り響く中、ヘリの下部からロープが垂れ、必死に上空をキープしようとする姿が見える。
「来た……ヘリが来たぞ……!!」
春口が歓喜の声を上げる。だがこの嵐でホバリングも安定せず、何度か揺れながら辛うじて距離を詰めてくる。
ゴガガガ……
塔の構造がさらに崩れ始め、下の階がどうなっているか想像もつかない。もはや時間がない。
「はやく……ロープに……先生を先に……!」
藤浪が全力でロープに手を伸ばし、数メートル先だが隙間を超えてジャンプしなければ届かない。
「俺が行く……!」と汐崎が言い、果敢にジャンプしてロープにしがみつく。血を流しつつも腕力で体を支え、「ワイヤーを下ろせ……!」と叫ぶ。
ヘリの下部にはレジスタンスの一員らしき人物が見え、追加ワイヤーを用意してくれている。汐崎がそのワイヤーを手繰(たぐ)り寄せ、塔の壁を蹴りながら戻ってくる。「受け取れ……! 峯岸からだ……!」
藤浪と春口がワイヤーを受け取り、墜落しそうな足場ギリギリで峯岸の体に巻きつける。佐伯が必死に補助して結び目を固定。下へ少し滑りながらも全員、悲壮な覚悟で「上げろ……!!」と叫ぶ。
ブォォォ……
ヘリが上昇し始め、峯岸の体が宙に浮く形で足場を離れていく。佐伯や藤浪、春口はロープの端を掴んで後に続こうとするが、塔の崩壊が最終段階に入り、大規模な崩落音が響く。
「うわああっ……!!」
足場が崩れ、巨大なコンクリの塊が落下し、塔の一部が崩れ去る。藤浪や春口も危うく巻き込まれそうになるが、ヘリがぎりぎりまで近づき、ワイヤーを追加で下ろしてくれる。
汐崎はもう体力が限界で、佐伯と藤浪が協力して彼をワイヤーに固定し、春口も同じワイヤーにつかまりながら、それぞれが宙に浮かぶ形でなんとか脱出を開始する。
「持ちこたえてくれ……!」
佐伯は叫びつつ、峯岸の意識があるかどうか心配で仕方ない。大量の血がワイヤーを濡らすほど流れているが、今はどうにもできない。
ゴゴゴ……ドシャア……!
最後の一撃を食らうように塔が大きく傾斜し、6階部分が下へ崩れ落ちる。ヘリは傾きをかわすように上昇し、宙を舞う彼らを引き上げ続ける。
激しい嵐で視界が悪く、振り回されそうになるが、レジスタンスの操縦士や補助員が必死に操縦し、なんとか全員を収容するためにホイストを稼働させる。
<生還の光、峯岸の安否は……>
ヘリが揺れながら上昇すると、下では巨大な音を立てて道場塔の上層部分が崩れ落ち始め、コンクリや鉄骨が爆音とともに飛び散る。完成前のタワーは、自らの重みと嵐の猛威に耐えきれず、闇夜の山中に沈んでいく形だ。
「先生……先生……!」
春口がヘリ内部で峯岸にしがみつき、号泣しながら必死に声をかける。藤浪も佐伯も、汐崎でさえ血だらけの状態で峯岸の様子を案じている。
「脈拍は……微かにある……!」
藤浪が頸(けい)動脈付近を触って微かな鼓動を感じ取る。ヘリ内のレジスタンス隊員が医療キットを用意し、応急処置を試みる。
「急げ……救急隊を手配しろ……! 一刻を争う……!!」
佐伯の叫びに、操縦士が「了解!」と応じ、無線で連絡を取る。嵐の中を抜ければ市内の病院に運ぶことができるだろう。
汐崎は胸を押さえながら、カタカタと震える唇で「じいさん、死ぬんじゃねえぞ……」と呟く。本人も相当なダメージを負っているが、意識を失うわけにはいかない。
ヘリが黒い雲を掻(か)き分けるように旋回し、山を下り始める。その視界の先、道場塔は既に最上層が崩壊し、中層部も次々と落下している。雷の閃光が不気味に照らし出し、巨大な残骸を映す。
一連の戦いは――長い死闘の末、塔の機能を止めることには成功した。だが、その代償はあまりにも大きい。
「先生……もう少しです……! 生きて……先生……!!」
春口が涙と血でぐしゃぐしゃの顔を晒しながら、峯岸の手を強く握る。藤浪や佐伯も潤んだ目を見合わせ、腕を重ね合うようにして「先生……」と声を詰まらせる。
ヘリのエンジン音が遠ざかり、道場塔の墜落するような轟音は次第に小さくなっていく――。
こうして物語は次なる段階、生と死の狭間へ進んでいく。峯岸は果たして助かるのか、そして神戸県のこの後の行方は……。嵐の夜空にヘリが消え、幕は一旦下りる。
――第12章、幕。
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