第10章 「塔の深淵、揺らぐ世界」
1.道場塔の入り口――死線への扉
六甲山中の“道場塔”入り口に到達したレジスタンス突入班。
夜の闇と小雨の中、すでにあちこちで火の手や弾痕が残り、神戸県側の防衛ラインを突破してきた彼らは消耗している。それでも、塔の巨大なコンクリ構造物を前に、気合を振り絞った。
「ここから先が本番だ……!」
佐伯(さえき)ライチが拳を握りしめる。峯岸(みねぎし)光雲(こううん)は脇腹の痛みに耐えながら、目を細めて前を睨む。
「無理はするなよ……。と言っても、無理をしなきゃ進めんがな。」
周囲には宮木(みやき)やレジスタンス数名、汐崎(しおざき)祐真(ゆうま)も息を荒くして立っている。入口付近には巨大なシャッター状の扉があるが、片側が既に壊れかけており、中から不穏な光が漏れ出していた。
「どうやら先の爆発か何かで一部が崩れたみたいね。ここから内部へ行けるかもしれない……。」
宮木が通信機をいじりながら、小声で皆に伝える。外の警報音は止まらず、赤色灯がチカチカと塔の壁面を照らす。まるで巨大生物の体内に誘われているような不気味さだ。
「行こう。もう後戻りはできん。」
汐崎が先頭に立ち、金属バットを肩に担ぎながらシャッターの隙間を覗きこむ。内部はコンクリートの廊下が続いているようで、あちこちに配線や配管が剥き出しになっている。
「俺たちが突撃するから、宮木さんたちは後方でカバーを頼む。銃撃戦になったら援護してくれ。」
藤浪(ふじなみ)卓矢(たくや)が言うと、宮木はコクリと頷く。
「分かった。私たちも多少の武器はあるし、もし外から援軍が来たら抑える。内部は皆さんが頼みの綱だ。」
峯岸は肩で息をつきながら弟子たちを見回す。
「お前ら、死ぬなよ……。行くぞ。」
「はい、先生!」
佐伯と春口(はるぐち)幸奈(ゆきな)が気勢を上げ、汐崎も無言で先頭を切る。こうして5名を中心に、内部探索組が一歩、塔の中へ足を踏み入れた。
廊下に足を踏み入れた途端、奥から何やら金属が擦れるような音や機械の動作音が聞こえてきた。壁面に非常用ランプが点滅し、床にはケーブルが散乱している。
「まだ工事中の部分が多そうだな……。気をつけろ。落とし穴や崩落があるかも。」
佐伯が低い声で言う。汐崎はバットでケーブルをどかしながら進み、時折何かのスパークが閃(ひらめ)くたびに肩をすくめる。
「これ、本当に刑務所なんですかね……?」
春口が周囲を見回しながら呟く。監房のような部屋はまだ見当たらないが、長い廊下の先に監視カメラらしき装置が見える。天井からは時折、火花が散っている。
「分からん。近未来の監獄兼研究所って話だが……奥にはおぞましい実験施設でもあるのかもな。」
峯岸が顔を歪める。体調が限界に近いが、ここで止まれない。弟子たちのためにも、そして神戸県の暴走を食い止めるためにも踏み込むしかない。
2.廊下の罠と迎撃ドローン
しばらく歩くと、廊下が左右に分岐していた。
「このフロアマップらしき図面を見ると、左が試験棟、右が管理棟……どっちに行く?」
藤浪が壁に貼られた工事案内板を指さす。文字は一部隠れているが、“テスト”や“管理”の単語がうっすら見える。
「管理棟に行けば中枢部か。それとも試験棟で何かの実験が行われているかもしれない……。」
佐伯が迷う。すると峯岸が「管理棟を探れ。そこの制御室があるなら、塔全体のシステムを止められる可能性がある」と提案する。
「そうだな。試験棟は後回しでいい。まず中枢を止めりゃ、この化物塔は無力化できるかもしれん。」
汐崎も同意し、一行は右手の通路へ足を進める。
奥へ入るほど、配管の数が増え、パイプが天井から垂れ下がったりしている。あちこちで警報ランプが閃光を放ち、不気味な金属臭が漂う。
「こっち……何か足音が……?」
春口が気づいた瞬間、頭上の配管の隙間から“ドローン”のような飛行体が現れた。プロペラ音が高く鳴り、そこから小型の銃口が伸びている。
「ドローンまで配備してんのか……!」
藤浪がとっさに壁際に身を隠すも、ドローンがピュインとレーザー照準のような光をあたりに走らせ、掃射してくる。
タタタタッ……!
凶悪な連射音が廊下に響き、床と壁を弾痕が穿(うが)つ。火花が散り、一瞬で周囲が粉塵まみれになる。
「きゃっ……!」
春口が咄嗟に伏せ、峯岸も片腕で弟子を庇いながら壁の陰へ避難する。血の匂いが漂いかけるが、どうにか直撃は免れたようだ。
「おい、どうする……普通に銃撃してたらこっちがやられるぞ!」
汐崎がバットを握り、焦ったように叫ぶ。ドローンはまだ上空をホバリングし、レーザーの照準を撒き散らしている。
「狙えるなら撃ち落とす! 藤浪、お前が蹴り上げられそうか?」
佐伯がヒソヒソ声で言うが、藤浪は「飛んでる相手を蹴るのは無理がある……高すぎるし、下から狙ったら蜂の巣だ」と唇を噛む。
峯岸が額に汗を浮かべつつ、周囲を見回す。壁にある鉄パイプが転がっているのを発見し、目で合図を送る。
「何か投擲(とうてき)できる物は……あれか。」
春口が即座に理解し、鉄パイプを抱えて身構える。
「オレが囮になるんで、春口がパイプで叩き落とせないかな?」
藤浪が勇気を出して提案。狙いは“動き出したドローンが掃射を再開するとき”に合わせて隙を突く戦法だ。
「分かった。けど、危険すぎる……死ぬなよ!」
春口の額から冷や汗が垂れる。藤浪はニヤリと薄笑いして、「道場破りで培った反射神経を信じろ」とだけ呟く。
作戦開始。藤浪が意を決して廊下の中央へ飛び出し、「こっちだ、バカドローン!」と叫ぶ。ドローンがその声を感知し、旋回しながら射撃体勢に入る。
タタタ…… 再び銃声が響いた瞬間、藤浪は電光石火の勢いで床を蹴り、壁にキックを当てて斜めに跳ねる。弾丸の軌道はわずかにズレ、空を切る。
その一瞬の隙を突き、春口が持っていた鉄パイプを全力で投げ込む。シュッという空気を切る音がし、ドローンの側面にパイプがめり込むように当たった。
「当たった……!」
ドローンのプロペラが一瞬バランスを崩し、機体が制御不能に陥る。床に激突して火花を散らし、そのまま煙を吐きながら動かなくなる。
「やった……!」
佐伯が安堵の声を上げる。だが余韻に浸る暇もなく、廊下の奥から似たようなプロペラ音が複数聞こえてくる。
「こいつら、まだいるぞ……早くここを抜けよう!」
峯岸が叫び、全員が一気にダッシュ。弾痕と煙が漂う中、廊下の突き当りに設置された扉を目指す。
「ここだ……っ!」
汐崎がバットで扉を力任せに殴り、鍵部分を破壊しようとする。扉は分厚いが、ヒビが入りかけている。隙間からは管理室らしき設備が見える――パネルやコンソールが並ぶ光景がチラリ。
「いける、もう一撃……!」
汐崎が再度全力で叩き込もうとした刹那、扉の反対側から“ガシャン”というロックが外される音がして、勢いよく開き――。
「ぐあっ……!」
汐崎が突き飛ばされるように後方へ飛ばされる。と同時に、扉の向こうから巨大な人影が姿を現した。身長2メートル近い鋼鉄のボディ。まるで人間と機械を合成したような、重装甲サイボーグだ。
「うそ……こんな奴まで……!」
春口が硬直する。腕や脚は金属プレートで覆われ、頭部にバイザーが輝いている。背中にはタンクのようなものがあり、蒸気らしきものを吐き出す。
「グォォォ……!」
サイボーグは野獣のような声を上げ、汐崎に向かって右腕のパイルバンカー(杭打ち装置)のような装備を突き出す。
「ちぃ……!」
汐崎は転倒しかけながらバットを構えるが、膨大なパワーに押し負けそうだ。
「先生……援護を!」
佐伯が叫び、峯岸も脇腹を堪えながら前へ出る。だがサイボーグはまったく臆する気配もなく、別次元の重量感を伴った殴打を繰り出してくる。
「グシャッ……!」
アスファルトの床が音を立てて割れた。わずかにずれていなければ、汐崎の頭が潰されていたかもしれない。
--剛力サイボーグとの死闘
「こいつ……ヤバすぎる……!」
藤浪がサイボーグの動きを見極めようとするが、その反応速度とパワーは尋常ではない。ジャッカルの上位互換どころか、ほとんど人間離れした怪物だ。
「何とか動きを止めるんだ! バットで殴るにしても、装甲が分厚そう……。」
春口は周囲を見回すが、通路には武器になりそうな物はほとんどない。仮に投擲してもサイボーグにダメージを与えられないだろう。
汐崎は血走った目で突っ込む。「こんな鉄くず、バットで潰してやる……!」
だがサイボーグはパイルバンカーを横に薙ぎ払う形で迎撃。ガッ……という衝撃音とともに、汐崎は体を大きく弾かれ、壁にぶつかって咳き込む。
「くそぉ……!」
佐伯が拳を固めて突進し、サイボーグの脇腹へ思い切りストレートを叩き込むが、金属プレートが響くだけで効いている様子はない。逆に左腕で振り払われ、佐伯はよろめく。
「ならば……!」
藤浪は高所からの蹴りを狙うために壁を蹴ってジャンプし、サイボーグの頭部へのハイキックを放つ。バシィンという衝撃音が鳴るが、相手は片腕でガードしてしまう。
「グオオオ……!」
サイボーグが藤浪を掴もうとしたその瞬間、春口が背後に回って背中のタンクらしき部分を狙う。
「こいつが動力源なら……!」
ゴンッ……! と間接を蹴り付けるが装甲が分厚く、びくともしない。
まるで通じない。息が詰まるほど圧倒的な防御力だ。
「なら、関節は……!」
春口が腕や膝の関節を極めようと試みるが、サイボーグはあり得ない力で体を捻り、強引に振り払う。春口の身体が浮き上がり、床へ叩きつけられる。
「うぐっ……!」
痛みに呻(うめ)く春口を見て、峯岸が顔を歪める。
「弟子たちがこんな怪物に……許さん……!」
脇腹を押さえながらも峯岸は一歩前へ出る。サイボーグが金属の瞳をこちらに向け、パイルバンカーを突き出そうとする。
「先生、無理しないで……!」
佐伯が止めようとするが、峯岸は耳を貸さない。
「この拳に全てを込める……! おりゃあああっ!」
峯岸が渾身(こんしん)の踏み込みでサイボーグの懐へ入る。相手が振り下ろすパイルバンカーをギリギリで避け、右正拳を頭部に叩き込む。
バコォン……! という爆音が響き、サイボーグのバイザーが一瞬割れかける。しかし装甲は完全には崩れず、わずかにひび割れが走った程度。
「ちっ……やはり硬い……!」
峯岸は脇腹に激痛を感じ、血が滴り落ちそうになるが、それでも拳を引かない。さらにもう一撃、左掌底をつなげ、頭部を衝撃で揺さぶる。
「ゴ……ガア……」
サイボーグが苦しそうに後退した隙に、汐崎が立ち上がり、「じいさん、今だ!」と叫びながらバットを大きく振る。サイボーグのバイザーに命中し、大きなスパークが走る。
「ガ……グ……!」
バイザーに深く亀裂が入り、サイボーグの電子制御らしき部位が故障を起こすのか、痙攣(けいれん)し始める。峯岸の拳と汐崎の一撃の合わせ技だ。
「チャンス……!」
藤浪と春口、佐伯が一斉に突進し、サイボーグの足元を狙ってタックルや蹴りを叩き込み、バランスを崩させる。サイボーグは大きく後方へ倒れ込み、床に頭を打ちつけて火花を散らす。
「グシャア……!」
派手な衝撃音。頭部の装甲が割れ、中からオイルのような液体が流れ出る。サイボーグが痙攣を止め、ピクリとも動かなくなった。
「はぁ……はぁ……勝ったのか……。」
春口が胸を押さえながら苦しそうに言う。佐伯も息を切らしている。峯岸は座り込んで血を拭い、汐崎はバットを振り下ろしながら肩で息をしている。
「ギリギリだったな……こんな化け物が量産されてたら、たまったもんじゃねえぞ!」
汐崎がバットを地面に突き刺すようにして支える。皆ボロボロの状態だが、それでも前に進むしかない。
8.管理室への突破
サイボーグが倒れた扉の奥には、小さな管理室のようなスペースが見える。モニターやコンソールが並び、赤い警報ランプが点滅している。
「ここを抑えれば、施設の警備情報や内部地図が手に入るかも……!」
藤浪が息を整えながら言う。峯岸や佐伯はゆっくり近づき、室内を確認する。
中には制服を着たオペレーターが一人倒れている。どうやら混乱の中で気絶したか撃たれたか、意識がない。コンソールには「警戒モード」「非常ベル」などの表示が踊っている。
「何か地図データは……これか……?」
春口が端末を確認し、タッチパネルを操作すると、施設の見取り図らしき画面が表示された。塔は複数の階層があり、地下区画もあるようだ。最上階はまだ工事中で、主要施設は中層部のように示されている。
「ここだ……制御ブロック。たぶん施設全体の動力や警備システムを司ってる。ここを破壊すれば、塔は無力化するかもしれない。」
佐伯が指を差す。地図によると中層5~6階あたりに制御設備があり、その横に“AIコア”と呼ばれるエリアがある。
「そこへ行くしかねえ……!」
汐崎が意気込むが、峯岸が顔をしかめる。
「そこへ行くには……エレベーターか階段しかない。どちらにしても警備の要所だろうな。さらにAIコアなんて言われたら、何が仕掛けられてるか分かったもんじゃない。」
しかし、挑むしかない。今は時間が限られているし、負傷者も多い。
「よし、ここは5名で突撃する。宮木さんたちには通信で地図を共有し、外部との連携を保ってもらおう。俺たちは最短ルートで制御ブロックを狙う!」
佐伯が皆を鼓舞する。峯岸は痛みに耐えながら同意し、汐崎も「早く行こうぜ」と焦りを見せる。
「春口、地図の転送はできそうか?」
藤浪が尋ねると、春口は端末を操作し「たぶん……よし、転送完了!」と返事する。監視カメラの映像も少しだけ確認できるが、あちこちが混乱状態にあるのか赤い警告表示ばかりだ。
「よし、行くぞ。まだ敵が来る前に先へ進もう……!」
峯岸が立ち上がるも、足元が揺らぐほど体調は限界に近い。しかし誰も止めない。師匠の意志を尊重し、せめて一緒に戦う道を選ぶのだ。
一行は管理室を出て廊下の奥へ続くエレベーターシャフトを目指す。AIガントレットやドローンの残骸を乗り越えながら。胸にあるのはただ一つ、**「道場塔を止める」**という強烈な決意のみだ。
9.不気味な足音――新たなる脅威
管理室を出た廊下を進んだ先、エレベーターがあるはずの空間に近づくと、どこか不自然なほど静まりかえっていた。機械の唸る音もない。
「エレベーター、止まってるみたい……非常用発電が使われてるのかな?」
春口が天井を見上げ、シャフトが暗闇に包まれているのを確認する。
「なら階段か……。ここを上れば制御ブロックフロアに行ける。気をつけろよ、罠が仕掛けられてるかもしれん……。」
汐崎がバットを軽く振りかぶり、先頭に立つ。
しかし、その時――廊下の奥から妙な足音が聞こえる。金属の重い足音とも違う、スッ……スッ……と一定リズムで近づいてくる音。
「なんだ……? またサイボーグか……?」
藤浪が身構える。峯岸は声を殺して周囲を見回すが、視界は悪い。
足音は一つではなく、複数あるようだ。まるで人形のように無機質なリズムで揃っている。そこにくぐもった笑い声が重なる――。
「フフフ……よくここまで来たな……。」
「この声……!」
佐伯が思わず叫びそうになる。声の主は天井付近の通路に姿を現した。闇の中でスーツの男が佇んでいる――**主任・吉良(きら)**だ。
「レジスタンスの諸君と峯岸の弟子どもか。歓迎するよ。この道場塔の完成を祝ってくれてるんだろう? ハハハ……。」
吉良は不敵に笑い、手を振ると、その背後から複数の人影がスッと滑り出る。よく見ると全身を黒いスーツで覆い、顔に仮面をつけた兵士のようだが、動きが妙に人形じみている。
「こいつら……?」
春口が警戒を強める。吉良はニヤリと口角を上げる。
「最新型の義手や外骨格を搭載した“傀儡部隊”さ。ドローンやサイボーグだけが兵器じゃない。神戸県が誇る新技術の産物だ。……楽しんでいってくれたまえ。」
そこに落雷のような閃光が外の空を照らし、施設内の非常灯が一瞬明滅する。仮面をつけた傀儡兵たちが一斉に動き出し、独特の武器を手に構え始めた。まるで刀と槍を合わせたようなメカニカルな刃だ。
「こいつは……武術に合わせた接近戦用の兵器ってわけか……!」
藤浪が背筋を凍らせる。吉良は上の通路から笑いだけ残し、姿を消していく。
「まて、主任・吉良……!」
佐伯が追いかけようとするが、すでに仮面兵が前方に立ち塞がった。
「くそ……一筋縄じゃいかないな……!」
汐崎が低く唸り、金属バットを再び構える。峯岸や弟子たちはボロボロになった身体を奮い立たせ、刃を携えた敵をにらみ返す。
雷鳴が再び轟き、道場塔内部の照明が断続的に明滅する中、最終決戦の序曲がさらに深まっていく。彼らはこの闇を突き抜けることができるのか――。
――第10章、幕。
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