第3話
さて、フランシアが修道院へ出戻ってからの、そんなある日のこと。
修女たちがにわかに色めき立つ、催事がやって来た。
名誉聖騎士の叙勲式だ。
戦場で武勲を立てた者を称え、君主かその子息が直々に各下級貴族の領地へ赴き、名誉聖騎士の勲章を授与する。
いまだ戦中の混迷期であり、また神前での叙勲が基本となるため、即席の会場として小村の教会や修道院が選ばれることは珍しくなかった。
今日、その叙勲式がフランシアたちのいる修道院で執り行われる。
聖堂にはすでに招聘された騎士たちが誇らしげに整列し、君主御子息たる大公子の登壇を待ちわびていた。そのまわりでは、修女たちが数名のお目付け役にたしなめられながらも黄色い歓声をあげ続けている。また来賓席には、モペック子爵家の長兄ジャキスの姿もあるようだ。
そのにぎわいに加わることを許されず、フランシアは大公子殿下の馬車が到着するぎりぎりまで馬留めの掃除をしていた。藁と馬糞の匂いにすっかり嗅覚が麻痺してしまうくらい。いま自分がどれほど汗をかき、どれほど悪臭を放っているか確信が持てなかった。
だから馬車が到着し、数人の従者を伴って大公子殿下が敷地へ降り立ったとき、彼女はなるべく遠くから拝礼した。ブーツの足元しか見えなかったが、それでも大公子殿下が美しい青年であることがわかった気がした。
一行は案内役の修女たちにうながされ、さっそく聖堂へと入る。
しばしの厳粛な沈黙。そしてしばらくの後、割れんばかりの喝采。
漏れ聞こえてくるその盛り上がりを制して、大公子殿下の凛然たる声が風を渡った。
「名誉ある新聖騎士諸君、おめでとう。君たちが同朋であることを、心から誇りに思う。辛い戦はいましばらく続くだろう。力を貸してくれ。そして、私にできることがあればいつでも何なりと言って欲しい。誓おう! この大公子ギノ・オリセーの血は、民と諸君らが勝利の日に空ける、その祝杯のためなるぞ」
「「「「オオオオオオオオオオオ‼」」」」
鬨の声が轟く聖堂から、引き返す従者たちに続いてその御仁が颯爽と歩いてくる。
馬車の留まる敷地へと。
フランシアはふたたび目を伏せ、拝礼する。なるべく遠くから。
しかし突然、駆け寄るブーツの音と、彼女の両肩に添えられる大きく繊細な手。
そして、その声。
「……フランシア……、ねえ君、フランシア・マリエスじゃないか⁉」
顔をあげる。
こちらの目をのぞき込むように、高い背をかがめ、金髪碧眼の大公子ギノ・オリセーが切なげに眉根を寄せている。
「殿下、私は……」
「ああ、やっぱりそうだ。無事でいてくれたんだね。良かった! 本当によかった……フランシア」
キョトンと事態を飲み込めぬまま大公子に抱きすくめられるフランシアを、聖堂の入り口から修女たちが歯噛みしながら覗いていた。
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