第2話
「まったくどういうつもりかしらね、こんなに早く出戻ってくるなんて」
「教会のために、せめて慰労金くらいは手土産にしてくるのが道理ってものじゃない」
嫁ぎ先からわずか三年で出戻ったフランシアに、修女たちは冷たかった。
お勤め中にもかまわず、そこかしこから嫌味が飛んでくる。
自分ならもっとうまくやれたとか、しょせんは戦災孤児であることを売りに子爵令息へうまくすり寄っただけで、妻として分不相応な立ち回りしかできなかったのだろうとか。
修女の洗礼を受けた者なら閉じた体であることは皆同じはずだが、フランシアに注がれる周囲の目はあからさまに「役に立たなかったもの」を見ている。
役立たずをどう扱おうが、神様も文句はおっしゃるまいと修女たちは考えたようだ。
住み込みの使用人同然の待遇。
あらゆる雑務、嫌われ仕事の押し付け。
薄生地の修道服についた染みをすすぐ間も、ほつれを繕う間もフランシアにはあたえられなかった。
そんな彼女に、本来の修女としてのお勤めなど、実際にはこなせるはずもなく。
フランシアが修道院の床磨きに這いつくばっている横で、他の修女たちは高らかに聖歌を歌いあげ神に祈りをささげた。
その合唱は誇りに満ちて美しく、いっときの勢いこそおさまったがとろ火のように時代をあぶり続けるこの戦争への倦怠と鬱屈に満ちていた。
修道院へは、傷病兵や負傷した市民が運び込まれることが珍しくない。
幼くして洗礼を受け閉じた体となるのと引きかえに、修女たちは幾ばくかの治癒魔法を使う力を持っている。それを頼ってくるのだ。
一度でもフランシアが治癒魔法を使うところを見たことがある者なら、その才がいかに他の追随を許さぬレベルであるかを知っていたはずだ。
しかし同僚に対しては恐ろしくプライドの高い修女たちが、それをこころよく思っているわけもない。
彼女たちが拙い治癒魔法でお茶を濁している間も、フランシアは汚物のたっぷり詰まったバケツを両手に提げて敷地内をかけずった。
それでもわずかだが、こっそりとフランシアの治癒魔法を目当てに夜半や朝まだきの修道院を訪ねてくる人々がいた。
それはフランシアが子爵令息へと嫁ぐ前から、彼女の治癒魔法に自らや親しい人を救われた町村の民や、その知人たちだった。
ある夜に訪れた老婆は、自分の膝に添えられて淡く光り輝くフランシアの手に見とれながら、にっこりと笑って言った。
「ありがとう、本当に有難う。もうちっとも痛くないわ。あなたはまるで、聖女様ね」
自分に向けられるそのあたたかな老婆の笑顔に、その言葉に、フランシアの胸は不思議な強さで締めつけられる。
失われたはずの記憶が、固い蓋を押しのけて出てきそうなかすかな予感がある。
でもそれはけっきょく、束の間の錯覚に過ぎない。
記憶は戻らない。
だからフランシアは、優しい言葉をかけてくれた老婆に微笑み返しささやく。
「こちらこそ、ありがとう、お婆様。この辛い戦の時代にもし聖女様がいるとすれば、それはきっと、あなたのようなお人に違いないわ」
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