消える水晶玉
@rapurasu1234
第1話 天国
人間というものはつくづく水晶玉に似ていると思う。生まれながらに輝いて、きっと誰かを照らしていると考えると少し僕も救われると思う。
「やあ、君はいつも地獄の様子を見ているね。そんなに楽しいものなのかい」
一人の聖人君子が僕に話かける。生前もきっと誰も仲間外れなんかにしなかったんだろう。いつも君は爽やかな笑みを浮かべて、絹でできた布を一枚羽織っている。古代ギリシャの絵画に描かれているような、人間の美を追求したような男だ。
「地獄の住民の阿鼻叫喚を君はどう思う」
聖人君子はまるで今までそんなこと考えていなかったかのように顎に手を当て、首を傾げた後に答えた。いつも通り爽やかに。僕は君の曇った顔を見たことがない。
「もちろん可哀そうだと思うよ。でも、しょうがないじゃないか。だって閻魔大王が決めて下さったことなんだし」
閻魔大王も君なら二つ返事で天国行きを決定したのだろう。うん、そうなのだろう。僕は心の中で毒づいた。
僕はきっと消去法で天国行きを決められた。閻魔大王はごわごわとした顎ひげをいじりながら、変な顔をして僕に問うたんだ。悩んだような、呆れたような顔だった。
「お前は天国に行きたいか、それとも地獄でもいいのか」
「いいえ、よく分かりません」
「はあ、そうか。じゃあもう少しだけ現世で過ごさせてやると言ったらどうだ」
「いいえ、結構です」
「まあ、そう、だろうな」
僕は俯いた。閻魔大王は溜息を漏らした。すごい音だった。隣の護衛らしき赤鬼と青鬼も肩を震わせていたくらいだ。
別にそんな怖い人じゃないけどなあ、と僕は下を向きながら思っていた。
「まあ良い。お前は天国行きだ」
きっと俯いていたのが謙虚な振る舞いに見えたのだろう。そうでないと僕は地獄行きに決まっている。やっぱり自己主張しない人間は優遇されるのか、と心の中で僕はやはり毒づいた。僕は面談の間何も考えていなかっただけだった。
「大変な目に遭ったな。俺もお前の生前の様子をチラ見したが、本当に不運だと思うよ」
天国までの道半ば、同伴してくれた山吹鬼は気の毒そうに僕の方を見た。僕はなんて言って良いのか分からなくて、黙り込んでしまった。
「でもまあ、お前の死がいつか報われる時は来るさ。もう、太平洋を挟んだ喧嘩なんか起こらないと思う。皆もう疲れちまってんのさ。あちこち、ドッカンボッカンして、あれじゃまるで地獄じゃないか」
きっと地獄のジョークなのだろう。僕は愛想笑いをした。座が白けた。それからは沈黙が支配した。下の方からは名前も知らない人の悲鳴が聞こえてきた。空襲でもあったのかな、と思った。
「まあ、とにかく頑張れよ」
山吹鬼はそう言って、いち早く地獄の方へ戻っていった。そんなに閻魔大王は怖いのか、はたまた勤勉なだけなのか。
とにかく僕は天国の風景を一望した。綺麗だった。静かで落ち着いていて、心が安らいだ。でも、一つだけ気がかりなことがあった。
なんで僕の見惚れた景色に人間が映り込んでいないのだろう。
雲と霞の絨毯と南国と北国の果実両方を枝につけた樹木、煌々と光り輝く太陽。どれも綺麗だ。
消える水晶玉 @rapurasu1234
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