少年は夢を見られなかった

ぼっちマック競技勢

全てが夢の中で

 私は昔、夢に溢れた少年でした。


「科学者になりたい」


 いつもそう言って本を読んでいたのです。


 だけれどそんな彼を社会は無慈悲に見放しました。そしてその日彼は夢を見たのです。交差点のど真ん中で何人もの人たちをトンカチと包丁で傷つけてしまう夢を。

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 私は東京で生まれました。その頃は両親のどちらも、私を可愛がってくれて仕事のない休日は一緒にかくれんぼや鬼ごっこをして遊びました。


 小学校に入って彼が友人と遊ぶようになっても、両親はそれを温かく見守っていてくれました。


 至って、平凡な家族です。


 だけれど、その家族への試練は唐突に訪れます。


 私の父がギャンブルを始めました。理由は分かりません。ただフラッと紛れ込んでしまったその世界に父はのめり込みました。会社をしながら、そのお金を全部ギャンブルに注ぎ込んで「一攫千金」だと言うのです。家に帰ってくるのはいつも深夜。


 そんな父を母は心配し始めます。子供もいるのだから、と言ってやめさせたがります。しかし次の日、父が数百万という大金を持ち帰ってからは考えがガラリと変わったようです。


 両親はギャンブルにのめり込みました。


 私は悲しくなります。それもそうでしょう。以前までたのしく遊んでくれていた両親が、今では自分のことなど見向きもしてくれないのですから。ですが彼は必死に頑張りました。頑張っていたら両親も振り向いてくれるんではないかと信じて。

 認められるまでひた走りました。それ以外に方法がなかったから。

 その結果、テストでの成績はいつも彼が一番でした。国語も社会も数学も。

 ですがもし、学校のテストに「心の豊かさ」という項目があったなら、彼は絶対に一位を取れなかったでしょう。


 そしてそれから数年。私が高校生になった時です。その頃にはろくに両親とも顔を合わせなくなりました。深夜、両親は食費だけテーブルに置いていき、どこかに行ってしまします。私には止めることもできません。力も、権力も、財力もないかれはただただ両親に振り回され続けます。


 その生活から一年。私は高校を途中で退学します。学費が払えなかったから。

 その頃にはもう両親は、私に食費すら残さなくなっていました。雲隠れしてしまったのです。


 借金取りの人たちに家を追い出され、私は何もかもを失いました。

 家も、お金も、心の豊かさも。


 昔自分が見ていた将来の夢も。


「研究者に僕はなりたいです!」


 幼稚園の七夕の時にかいた切実な思いも。


 明日を生きるために、今日バイトをしてお金を稼ぐ日々。

 明日を生きるために今日を無駄にする日々。そしてまた、明日も明後日のために無駄にしてしまいます。

 私に残された人生の選択肢はそれしかありませんでした。


 ビルの清掃や自動車下請け工場、土木作業員、船の塗装、機械工場。なんでもしました。パチンコ屋のバイトもしました。


 だけれど、私の人生に彩りが添えられることはついぞありませんでした。


 いつの間にか少年は大人になり、夢を見なくなりました。眠った後に見る世界も、信じられなくなったからです。


 さらにその生活を続けて数ヶ月。今まで灰色に見えた世界が、とうとう真っ暗になってしまう出来事が起こります。


 私はいつものように公園のベンチで眠っていました。そこに何人かの人相が悪い男たちが近づいてきます。そして私の肩を乱暴にゆすった後問うのです。


「お前いま何万持ってる」


「持ってません」


 そう答えると彼らは私を殴りました。蹴りました。

 なぜ。私は彼らに問います。本当にお金を持っていないんだと切実に懇願します。しかし彼らは聞く耳を持ちません。暴力を振りながら、私の質問に答えます。


「なぜ?そりゃあお前の親が死んだからだよ。お前に全部借金が乗っかったわけだ。今からきっちり5000万払ってもらうからな」


「なんで。私は何もしていません」


「お前の両親が悪いことしたんだよっ」


 彼らの暴力はエスカレートし、私はあまりの痛みに悶え、苦しみました。

 数時間ほど経ったでしょうか。彼らはいなくなりました。またくるからな、という捨て台詞を残して。


 私は遠のいて行く意識の中考えるのです。また、彼らがくるのか、と。


 次の日も、また次の日も彼らはやってきます。そして金のない私を見ては暴力を振るうのです。どれだけ寝る場所を変えても彼らは追ってきました。

 私は最後の日にバイト代を差し出します。1日の食事を抜きにしてやっとのことで残したお金です。その額はたかだか数千円。

 そして私はまた殴られるのでした。


 有り金全てを持って行かれたその日、私は数ヶ月ぶりに夢を見ます。

 夢の中で私は公園のベンチで寝ていました。そしてそこからのっそりと起き上がると空腹のまま街を徘徊します。時間は朝9時ぐらいでしょうか。太陽は中天近くに差し掛かっています。もしもこれが現実なら、バイトに行かなくてはならない時間です。

 道に包丁が落ちていました。まさに夢のような出来事です。やっとこの辛い世界から抜け出せる糸口を見つけられたのですから。夢なのだから当たり前なのでしょうか。


 しかしひっそりと自殺するのはつまらないと思った私はある作戦を立てます。

 両親を狂わせ、取り立てやを私に向かわせたのは何か。私はこう考えました。それは社会だ、と。だからその社会に復讐するための作戦を立てたのです。


 私は包丁を持ったまま、池袋まで歩いて行きました。自分の生まれた町で、一番土地勘を持っていたからです。そして繁華街の人混みの中に入って行きます。


 私はたくさんの人の中、唐突に自分の名前を叫びます。そして言葉にもならない叫び声を出しながら周囲の人を斬りつけます。六人ほどがその場に倒れたでしょうか。そして満足した夢の中の私も、自分の喉に刃を突き立て、自死します。


 その日、彼はその狂気の夢から覚めることはありませんでした。

 妙に現実味を帯びたその夢は、彼にとって最後の夢で最後の景色となりました。


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 平成23年2月11日、西暦でいう2011年に池袋では通り魔事件が発生しました。その事件の犯人は死に際にこう言ったそうです。


「あぁこれで夢から覚められる」


 地獄にしか見えなかったこの世界は彼にとって虚構ゆめだったのでしょうか。


 献花にやって来た人の中には犯人に花を捧げる人もいました。献花のために設けられた台の上ではなく道路に直に置いてあります。

 その花はカンナ。

 花言葉は「妄想」です。

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少年は夢を見られなかった ぼっちマック競技勢 @bocchimakkukyougizei

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