1-2 決意

「あー、俺、何してるんだろう──」

 乱雑に散らかった塵々ごみごみをビニール袋に詰め始めた矢先、大きなため息を付く。

 その時、背後から別のため息が出た。

「……やっぱり追い出そっかな」

 肩に乗る程度の黒髪の少女は、廊下から鋭い視線でにらみつけていた。

「──わぁ待って黒花くろか! 俺を見捨てないで!!」

 泣きじゃくる俺にカチンと来たのか、黒花はドスドスとこちらに向かってきた。

 そして、唾を飲む俺とデコを合わせる。

「じゃぁ、とっととこの汚ねぇ部屋片付けろや。話はそれからだ」

 殺気に満ちた目で見つめられ、俺は「……は、はい」としか言えなかった。

 まったく、昨日までのおしとやかな巫女を返してくれ……。


 時はさかのぼり、天神が立ち去った後。

 ドタドタと俺の部屋に来た黒花。

 うずくまっていた俺の頭を引っ掴むと、意外にも諭すように俺に言う。

──『まずは、部屋を片付けなさい。乱雑に散らかっているからダラダラしちゃうんでしょ?』 

──『……え、あの、敬語とか──』

──『は? お前誰のおかげで飯食えてると思ってんだ? 穀潰しが』

 豹変ひょうへんが過ぎて、温度差で風邪をひきそうだった。

──『……さもないと、 ”今すぐにでも”追い出す。……分かったな?』

──『……う、うぅ』

──『返事は「はい」!!!』

──『は、はい!!!』


 俺はすっかり巫女の言いなりになって、こうして部屋を片付けているというわけだ。

 まぁ、確かに神の仕事もせずにニートしていた俺も悪いが、こんな扱いはあんまりだぁ……!


 そこら中に散らばっていた雑誌やら漫画やら、ティッシュやら菓子袋やらを全て拾い終えた俺は、部屋から出て黒花のもとに向かった。

「……そういえば、トイレと風呂以外に行くの、久しぶりだったっけか……」

 じわじわと罪悪感が湧いてきた。

 そして、次第に過去のことが思い出されてくる。

「……俺って、 本当に”神”だったっけ……」

 廊下に響く、大きなため息だった。


 ダイニングに出ると、黒花はキッチンで人参にんじんを切っていた。

「……お前、手料理できたのか……」

 引き気味に言うと、黒花は手を止めて、ゆっくりとこちらを振り返る。

「終わったのぉ……?」

 赤い目で見られ、俺は自然と後ずさってしまったものの、「……はい、終わりました」と答えた。

 黒花はしばらく俺をじっと見つめていたが、やがて体の向きを変え、また人参を切り始めた。

「……それじゃぁ、そのゴミは玄関付近に置いといて」

「……あ、はい……」


 何だったんだ、あの間は。そんなに俺のことを信用できないのか?

「……いや、当たり前か。……こんなクズみたいな俺なんか……」

 玄関に向かいながら、ふと顔を上げる。

「……あれ? 俺って、 ”俺”か? それとも──”私”?」

 忘れていたが、俺は今、 ”少女”の姿をしている。”美男”というアイデンティティを奪われ、この姿にされたのだ。

 と、いうことは──

「……俺の──」

 ……あ、やっぱり。そうだよな。


 玄関のたたきの隅にゴミ袋を置き、俺は再びダイニングに戻ろうと振り返った。

「──なんだ? 学校はどうした?」

 そこに居たのは、先ほどの白髪で背の高い天神。

 あまりに急すぎて、俺は飛び上がる。

「……驚きすぎ。──それはそうと、お前、いつまで甘えている気だ?」

「……え」

 天神は、いつにもまして鋭い目で俺を見る。

「それで、働いているつもりなのかと、言っている」

 厳しい言葉だった。特に今の俺には、とても。

「……それは、だって、少しずつでも……って……」

「だから、それが甘えだと言っている。だいたい何だ。貴様は”ニート”と称して、ただ自分を正当化したかっただけだろう? それを十数年続けておいて、いまさら『少しずつ』だと……?」

 すでにズタズタだった俺の心は、今や断末魔のような悲鳴を上げていた。

 そうだ、俺は、 ”神”なんかじゃない。ただのゴミだ。全部の嫌なことから逃げて、甘ったれて、迷惑かけて。それなのに、『俺はニートだ』とか偉そうにしてて……。

「俺……」

 うつむいて黙り込む俺に、天神は少しだけ表情を緩める。

「──まぁ、今は貴様は”か弱い女の子”だ。少しくらい泣いたって、別にダサくはない。ただ、いつまでそうしている気だ……? ”美男”を取り戻すためなら、もっと動けるだろ? 豊作神」

「……俺は」

 ──変わらなきゃ。

 もう、今までの俺とは違うんだ。

 これからを生きるんだ、神として。

「──とまぁ、言い忘れたことはそれだけだ。これからも気を抜くなよ。それじゃっ」

 天神は、先ほどと同じく、スッと消えてしまった。


 しばらく立ち尽くしていると、黒花が玄関に顔を覗かせた。

「終わったのぉ……?」

 その目は相変わらず殺気立っていたが、俺はビビらずに黒花を見て、言った。

「──俺、黒花に恩返しする」

「……へ?」

 黒花は少し面食らった後、俺をまじまじと見つめる。

「……ツクリミ。──あんた、改めて見ると、髪めっちゃボサボサじゃん……」

 えぇー……。

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脱ニート! 豊作神話のパーカー娘〜Leaving NEET! The parker girl in the abundant harvest myth イズラ @izura

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