魔術師アリシアとの出会い

 勇者公認試験とは、強いモンスターを倒してその証拠を王都に持ち寄り、最強と認められた者が王国公認の勇者となるというもの。勇者の仲間も勇者パーティとして公認され、潤沢な資金と優れた装備品が褒美として与えられる。


 コウスケも任務の一環でモンスターと戦った経験はあるが、切り札の瞳術が封印されている以上単独では荷が重い。そう見込んだコウスケは、道中にいくつもの冒険者ギルドの足を運んだが、いざ王都へ!と意気込む冒険者は見当たらなかった。


「そんなやる気のある冒険者なら、とっくに王都へ向かっているか。」


 僻地&任務漬けで試験の存在を知るのが遅れたせいだった。並の冒険者なら王都に向かわないとそろそろ試験に間に合わなくなる時期である。


「瞳術が使えたらなぁ。封印させなきゃよかった。」


 里の掟を揺るがせないのは承知の上でつい愚痴ってしまう。己の瞳に刻まれた呪印を発動させ、対象者の瞳を見つめることで心身に様々な影響を与える術を瞳術と呼ぶ。コウスケは、対象者の身体能力を自在に操る瞳術を得意としている。


「1人でいいか。どうせ持て余した夏休みの暇つぶしだ。」


 そう自分を慰めて王都へ向け街道をひた走り続けたコウスケが、ようやく王国の領土内に入ってまもない時だった。


「〇✕△※☆◇■っー!」


 人の悲鳴らしき声が聞こえてくる。コウスケは持ち前の聴力でいち早く察知すると、凄まじい速さで悲鳴のする方向へ駆け出した。


「うわわわぁ、モ、モンスターだぁ!!」

「助けてくれーー!」


 目を凝らすと、常緑樹に似たモンスターに商人団とおぼしき馬車が襲われているではないか。しかも、モンスターは五体もいる。


「あれはたしか……ウッドゴーレム!」


 物理攻撃が効きにくく、火炎系の攻撃が有効とされる強モンスター。通常森の深部に生息し、街道に出現することは稀だ。


「王国はモンスターが跋扈していると聞いていたが、こんな所にまで……」


 まだ王国に入ったばかりだが、勇者を求めて試験を開催するのも納得の治安の悪さだ。


「炎よ、集え!火球となりて敵を……きゃっ!」


 魔術師とおぼしき若い女が炎魔法を詠唱しようとするが、ウッドゴーレムに邪魔されて魔法を放てないでいる。急いで女魔術師に駆け寄ると、コウスケは有無を言わさず担ぎ上げて救い出す。


「な、なんですか、いきなり担ぎ上げて!ら、乱暴すぎますっ!」


「そんなことよりお前は炎魔法が使えるのかっ!」


「そ、そんなこと?!……そうですっ!時間があればっ、炎魔法、使えますっ!」


 照れて顔を真っ赤にしながら叫ぶ女魔術師。コウスケは意に介さず、女魔術師を地面に下ろすとその瞳をのぞき込む。青く澄んだ大きな瞳。練達の瞳術使いとしての勘が、この女の言うことは信用できると告げる。


「よし、おれが時間を稼ぐ。詠唱に入れ!」


「……い、いきなりなんですか?! あなたのこと信用していいんですか?!」


「信用しないなら逃げたらいい。おれは足に自信があるから逃げ切れるがアンタはどうなんだ?」


 女魔術師は一瞬虚をつかれた顔を見せると、自分が生き残るには言うことを聞くしかないと悟ったのだろう。おずおずと杖を掲げ魔法の詠唱体勢に入った。


「火を司る精霊よ――」


 詠唱を始めたのをみてとったコウスケは、ウッドゴーレムへ向かって手刀を投げ、注意を引きつける。


 ウッドゴーレムが重低音な唸り声を響かせながら、コウスケに向けて早速動き出してくる。見上げるような巨体ゆえに、ゆっくり歩いているようで思いのほか素早い。たちまちコウスケに近づくと、苔で覆われた巨木の幹のような腕をしならせてその拳を叩きつけてくる。


「ドゴンッッ!!」


 拳が地面にめり込み異音を発するほどの攻撃を、鮮やかに回避するコウスケ。瞳術で敵を弱体化しなくともこの程度は訳もない。


 しばらく剣で斬りつけては回避するという行動を繰り返しているが、仲間の苦戦に気づいた他のウッドゴーレムまでコウスケのほうに近寄ってくる。


「……さすがに5体はキツイぞ」


 5体のウッドゴーレムの攻撃を回避し続けるコウスケ。あの女魔術師はほっといて逃げ出そうか。そんな考えが脳裏によぎったことを見透かしたように、女魔術師の詠唱が最後の一節にさしかかった。


「……この地を炎の津波で満たして敵を焼き尽くせ!!!」


 このままだと巻き添えを喰らって死ぬ。そう直感するとコウスケは、ウッドゴーレムの体を駆け上がりその頭を蹴ってできるだけ高く跳躍する。


「イグニス・フルクタス・マグヌス!!」


 詠唱が終わると同時に、女魔術師の掲げた杖の先から紅い炎の奔流が全てのウッドゴーレム目掛けて溢れ出す。ウッドゴーレム達が鮮やかな炎に包まれて焼かれていく姿を見下ろしながら、コウスケはかつて見たことのない美しい光景に命の危険を忘れて見入っていた。





「炎魔法に巻き込まれて危うく焼け死ぬところだったぞ。」


 ぶつくさ文句を言いながら、コウスケは女魔術師に近づいていく。魔法一撃でウッドゴーレム5体を倒すなど、並大抵の魔術師ではない。


「わ、私の最強の炎魔法を使わないといけ……わ、肩!燃えてるっ!」


 炎魔法の残骸がまとわりつき、コウスケの肩先の服から火が出ている。


「「ぎぁああああっ!!」」


 2人とも叫ぶと、コウスケは地面を転がってあわてて火を消し止める。オロオロする女魔術師だったが、服が燃えて肌があらわになったコウスケをみてあわてて駆け寄る。


「私、少しだけ回復魔法も使えるんですっ」


 思ったより火傷の状態が酷かったのか一瞬顔をしかめた女魔術師だったが、すぐに平静を取り戻し回復魔法を詠唱する。


「……よし、これで大丈夫ですっ!すぐ治ると思います。」


 女魔術師はぱっと花が咲いたような明るい笑顔を見せる。残り火に服を焼かれるという忍者にあるまじき失態を犯して落ち込んでいたコウスケだったが、その笑顔に救われたような気分となる。


「私、アリシアっていいます。危ない所をありがとうございました。」


「おれはコウだ。礼など不要、お互い様だ。」


 いつもどおり偽名を名乗った瞬間、コウスケは罪悪感で少し胸が痛んだ。アリシアにはなぜか嘘をつきたくないと思ってしまう。忍者としてあるまじき考えを無理やりねじ伏せると、コウスケは話を続けた。


「ウッドゴーレムを消し炭にするほどの炎魔法、見事だ。治療も助かった。」


「ありがとうございます!昔から炎魔法だけは得意なんですっ。このくらいの治療、大したことないです。」


 アリシアは、コウスケに褒められて心底嬉しそうな表情をみせて、ぺこりと頭を下げる。


(うわ、めっちゃかわいい)


 コウスケは顔が緩みそうになるのを必死に抑える。アリシアはふと何かに気づいたような表情を浮かべると急にモジモジしだしたが、やがて意を決したように口を開いた。


「じ、実は、お願いが1つあるんですけどっ!あのゴーレムを倒したのは私ってことにしてくれませんか?!その代わり報酬はすべて差し上げますっ」


「……そもそも倒したのはアリシアなのだが。それはそうとどうして?」


「私、勇者になりたくてっ。だから強いモンスターをいっぱい倒さないといけないんです。」


「勇者公認試験を受けるのか?」


「そうです、そうです。ご存知なんですね!」


「奇遇だな、おれもそうなんだ。なら話は早い。おれとパーティを組まないか?」


「……っ!はい、ぜひぜひ!お願いします!」


 屈託なく嬉しそうに喜ぶアリシア。純真すぎて調子が狂う。コウスケは苦笑したが、あの炎魔法は極めて有用だ。


「それならさっそくだが提案がある。あのウッドゴーレムの巣を燃やし尽くそう。おそらく近くにあるはずだ。」


「え、巣を今から、ですか?私、倒せるか不安です。もう魔力がほとんど残ってなくて……」


「心配するな。商人団の荷物に魔力回復アイテムが大量にある。箱からこぼれていたのが見えた。ウッドゴーレム倒したお礼にもらっていこう。」


「目ざとい、さすがですっ」


「……お前は鈍そうだから、担いで巣へ向かうぞ。ゴーレムの足跡を辿ればすぐだ。」


「え、あの崖を、今から?ひいいいっ!」


 コウスケはアリシアを問答無用で担ぎあげると、ゴーレムの巣を目指して走り出していった。





 見つけた巣には百体以上のウッドゴーレムがいた。コウスケが注意を引き付けて必死に回避し、アリシアは魔力回復アイテムの大量消費による魔力酔いに耐えながら炎魔法を放つ。そのおかげでわずか半日ですべてのウッドゴーレムを倒すことに成功した。


「コウさん……信じられませんっ!こんな大量のウッドゴーレムの魔石が手に入るなんてっ!」


「これだけあれば、勇者になれなくともお偉いさんの目には止まりそうだな。」


「私は勇者を目指しますけどねっ」


 出遅れた分を取り返して余りある大量の魔石を入手した2人は、笑顔で軽口を叩きながら王都へと向かっていった。

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