異世界忍者は初めての夏休みに勇者の夢を見るか

はいそち

初めての夏休み

「こうして勇者と仲間達は魔王を滅ぼしましたとさ。」


「ねえねえ、勇者達はその後どうなったの?!」


「誰も分からぬ。それゆえに伝説になったんじゃ。」


「かっけぇ!おれも勇者になって伝説を作る!」





 下忍のコウスケは任務を終え、いつも通り里の首領へ報告していた。首領は満足気に頷くと、コウスケにいつもと違った言葉を掛けた。


「ご苦労、今回も見事だな。任務続きで疲れただろう。しばらくゆっくり休め。」


「はっ!それは特殊な任務に就けというお話でしょうか?」


「……お前のそういう所が心配なのだ。お前は初代首領様以来の瞳術の天才。その才に甘え過ぎたとわしも反省しているのだ。そうだな、この夏3ヶ月を休暇として与えよう。」


「はっ……かしこまりました……」


「掟に従いお前の瞳術を封印しとくぞ。里秘伝の瞳術を任務以外で他人に使うことはまかりならんからな。せっかくの夏休みだ。鍛錬も休んで心身を労わるがよい。」


「はっ……」


 コウスケはいつになく歯切れの悪い返事をすると、おずおずと首領の前から退出した。20年前に14歳で下忍見習いとなって以来ずっと任務漬けだった生活の突然の様変わりに、コウスケはすっかり困惑していた。


「夏休みと言われてもなぁ。」


 下忍見習いの時から忍者として必要なことを学び経験してきたが、休みの過ごし方を学んだことはない。


「とりあえず飯でも食いに行きますか。」


 コウスケは、おぼつかない足取りで行きつけの飯屋へ向かうのだった。





 行きつけの飯屋でいつもの定食を食べながら、突然降って湧いた夏休みの過ごし方を思案する。


「こんなに暇なのは子どもの頃以来だ。」


 普段と変わらずあっという間に飯を平らげると、コウスケはたちまち手持ち無沙汰となってしまった。せっかくの休みなのに酒を飲むことくらいしか思いつかない自分にうんざりしながらも、店の主人へ酒を注文しようとしたその時だった。


「レーゲンス王国で勇者公認試験を開催するそうだ。」


 行商人らしき人物が、店の主人に大声で旅先で仕入れた話を披露している。僻地であるここ“影忍びの里”で情報は貴重なので、コウスケも聞き耳を立てる。任務に明け暮れている時なら聞き流している内容だが、今は夏休みなのだ。


「魔王が出現して、近々王都に襲来するらしい。そこで先手を打って、強い奴を勇者に公認して魔王を討伐させるとか」


 不意に子どもの頃の記憶が蘇る。じいちゃんの話す勇者と仲間達の冒険譚に夢中となり、何度も同じ話をせがんだものだ。勇者ごっこをやり過ぎて修行をサボり、若き首領様に怒られたっけ。


「異国の忍者が颯爽と現れて勇者となる……」


 夏休みの過ごし方として最高じゃないか? 勇者になって魔王を倒した後にひっそりと忍者へ戻れば、幼い頃あこがれた勇者の姿そのものだ。王国は里から遠く離れた地。今後の任務に差し障りもないだろう。


「よし、王国へ行こう!」


 やるべきことさえ決まれば、いつも通り素早く行動に移すだけだ。コウスケは行商人をつかまえて根掘り葉掘り聞き出すと、必要な装備や持ち物を集めるために店を飛び出していくのだった。

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