お菓子の逆襲

ソコニ

第1話 お菓子の逆襲



デパ地下の老舗菓子店「和心堂」で働き始めて三年目の田中は、最近の外国人観光客の様子がどこかおかしいと感じていた。


きっかけは先週のことだった。インドネシアから来たという女性客が、期間限定の抹茶味ハイチュウを一箱、試食してみただけなのに、その場で正座をして、流暢な日本語で「まことに申し訳ございませんが、これを百箱ほど買わせていただけないでしょうか」と言い出したのだ。


続いて、フィリピンからの観光客が歌舞伎揚を口にした途端、「でござる」口調で話し始め、店内で即興の歌舞伎を披露し始めた。タイの businessman が、わさびピスタチオを食べた瞬間、その場で座禅を組み始め、「心頭滅却すれば火もまた涼し」と呟いている。


田中は初め、これを単なる外国人観光客の日本文化への興味の表れだと思っていた。売上も急上昇し、店長からも褒められる日々が続いた。


しかし、状況はどんどんエスカレートしていった。


古着屋で着物を買った観光客たちが、デパ地下に「和の装いで」集結し始めた。駅前の広場では、海外からの旅行者たちが、昼夜問わず盆踊りの輪を作っている。エスカレーターでは、誰かが先に乗ろうとすると「お先にどうぞ」の応酬が永遠と続き、誰も前に進めない事態が発生した。


そして、ついに田中は恐ろしい事実に気がついた。


和心堂の菓子には、「おもてなしの精神」が宿っていたのだ。長年の「お客様は神様です」という日本のサービス精神が、お菓子の中で意思を持ち始め、外国人観光客を「完璧な日本人」に変えようとしていた。


事態を重く見た田中は、対抗策を練った。そして、ある結論にたどり着いた。


完璧すぎる「和」の精神に対抗できるのは、日本の不完全さを受け入れる「侘び寂び」の精神しかない。


田中は急いで倉庫から、賞味期限が微妙に切れかけの駄菓子を取り出した。これこそが、完璧じゃない日本の象徴だ。


一人、また一人と、過度に礼儀正しくなった観光客たちに、その駄菓子を食べてもらった。すると、彼らの目つきが変わっていく。強張っていた表情がほぐれ、肩の力が抜けていく。


「あー、やっぱり日本って、完璧じゃないところが魅力なのかも」


観光客たちは、そう言って笑いながら、それぞれの旅を再開していった。


後日、和心堂の菓子たちは、おもてなしの行き過ぎに反省したのか、適度な「不完全さ」を持つことを学んだという。


今でも和心堂では、時々外国人観光客が「でござる」口調で話し始めることがある。だが、それも束の間、すぐに元に戻る。田中はそんな観光客たちの様子を、穏やかな笑みを浮かべながら見守っている。


だが、最近また新たな悩みが出てきた。今度は逆に、日本人客が和菓子を食べると、急に片言の日本語で話し始めるようになったのだ。


しかし、それはまた別のお話。


(おわり)

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