1.三角関係のもつれが消滅とは限らないことを証明せよ

車内ではお静かに

 ――衝撃で目を覚ました。



 見れば、テアリア端末が僕の腹部を抉るように食い込んでいた。


 つまり、テアリアの制重力圏に入ったということである。同時に、本庁ホームへの到着が近いということを意味する。同時に、この重力を制するバイブレーション機能が作動しているということは、【調査官】からのメッセージを受信したということだ。


 端末を開くと、仰々しいいつもの音楽が流れ出した。『正義執行』というのが正確な曲名らしい。どうでもいい情報だが。

 この曲を聞くと、8割方ひどい目にあう。残りの2割はとんでもなくひどい目にあう。その事実が脳裏をよぎる。曲が終わると、親の顔より見た【調査官】のアバターが飛び出した。


「ハーイ!Mr.ドット!ご機嫌いかがかな?」


 ドットというのは僕のスペースネームでもあり、本名でもある。あろうことか、僕はスペースネームに本名を登録してしまっていたのである。

 その名前を聞く度、プライバシーやらリテラシーについて、1ミリも教えてくれなかった、宇宙で1番呑気かもしれない母親を恨んでしまう。


 アバターを睨んだ僕は、眠りにつく前にとっていたしかめっ面を再現し、さらにその度合を強めた。


「……この顔見りゃわかるでしょう」


「で、次の仕事の場所なんだけど」


「機嫌を確認したのはなんだったんですか」


「うーん、社交辞令?」


「社交すっとばして仕事の依頼しようとしてますよね?」


「じゃあ、ただの辞令ね」


「辞令ってことは、受けるかどうかこっちが決めてもいいんですか?」


 アバターが少しの間フリーズした。

 まぁ、よく考えてみたら組織で行動している訳ではないので、辞令という表現自体が不適当だったのかもしれないが。


「……詳細は送るから、なるべく早めに向かってね、それじゃ」

「は?」


 結局そのフリーズは解けることなくアバターは消え去り、文書ファイルが転送されてきた。


「おい!」


 誰もいない客室に僕の声が響き渡ったが、その残響はアトスの寝息に飲み込まれるように消えていった。


 同時に、僕のやる気及び気力が消え失せていったのは事実だったが、それを無視して文書ファイルが開かれた。



 <命題>

 二国間の関係調査、および付随する調停


 <分類>

 調査・調停


 <範囲>

 ハーニャ星系内45星 グラム王国・メトル王国

及び交叉領域であるハンサ村


 <契約他>

 先に定めた包括業務委託に追加する


 <概要>

 グラム王国の王女、メトル王国の王女がそれぞれ一人の男を奪い合って揉めに揉めており、国間の関係にも影響している。なんとかしてちょ。


 <詳細>

 別途添付



「なんとかしてちょ、で何とかなるんだったらわざわざ本庁からこんな仕事が来ないでしょう」


 いつの間にか目を開けていたアトスがそう呟いた。


「まぁ、確かに調停ってことは、本庁からの依頼なんだろうが……って、いつの間に起きたんだ? さっきまで爆睡――正確には、爆音を出しながら睡眠してたよな?」


「機械の性で、スリープ中もドキュメントは読み込んじゃうんですよね」


「いやお前、いつもそれでも寝てるじゃん」


「夢の中で内容を読んでたら、これは面白そう……な依頼だなと思いまして」


 アトスが面白そう――といった仕事の8割はとんでもなくひどい目に遭う仕事で、残りの2割はそもそも仕事自体が失敗している事実は、ひとまず忘れることにする。


「詳細まで読んだのか」


「詳細が下手な小説よりも面白くて、つい起きちゃいました」


「……ということは、なんとかしてちょ――で済むようなボリュームじゃないってことだな」


「ドラマならシーズン5ぐらいまでいきますね」


「断ろう」


「まぁまぁ……私がかいつまんで5分ぐらいにまとめるんで、聞いて下さいよ」


 そのドラマ、内容引き伸ばし過ぎじゃないか――というツッコミをする前に、アトスが話し始めた。


 ハーニャ星系内45星は、グラムとメトルという王国が、中立地であるハンサ村を挟む形で構成されている。


 中立地と表現したのは、過去にグラムとメトルは交戦状態にあり、両国の穏健派が独立する形でハンサ村を設立した歴史があったからである。村の設立を機に両国は戦争を終結させ、以後長きに渡り平穏を維持してきた。


 両国の右派、国粋派の勢力は長い歴史の中で弱まり、公国の体系は国体維持のフレームとして続いている。


 しかし現在、両国の王位継承者である王女同士が、ハンサ村の一人の青年を巡って揉めているらしい。


「つまり、この状態をなんとかしてちょ――ってことですね」


「聞いただけでややこしいし、微塵も解決策が浮かんでこないんだけど、やっぱり断っていいかな」


「でもでも、これを見てくださいよ」


 そう言って、アトスは自分の端末を僕に見せてきた。

 そこには衆目一致で美麗な黒髪を称えた、凛とした印象の美人が写っている。


「これがグラム王国のキイロ王女です。心臓がちぎれるぐらい美人じゃないですかこれ。分析して型にインストールしたいぐらいですよ」


 倫理上、後半の発言は無視するとして、ちぎれるぐらいの美人というのは同意せざるを得なかった。さらに、アトスが端末を操作する。


「そしてこれが……メトル王国のミンリ王女です。心臓が潰されるぐらい可愛くないですか。スカウトしてアイドルとして売り出せば、宇宙中を巡って大金ゲット待ったなし!」


 後半の発言には待ったをかけるしかないのだが、またしても前半部分については同意せざるを得なかった。確かに、スリーセブンが揃って可愛さがボーナスとなって雪崩込んでくるような印象だった。


「そして、こんな2人に好かれているハンサ村の青年なんですが……」


 端末を操作しながらそこまで言いかけて、アトスは黙り込んだ。


「……なんだよ。青年は」


「……詳細不明、です」


「は?」


「添付の詳細に情報がありません」


「なんでだよ! 気になるだろ! どんな男なんだよ!」


「じゃあこの仕事、やるしかないですね」


 そう言ってアトスはニヤリと微笑んだ。

 思い返せば……今回のギャンブルコロニーへの仕事を引き受けた際も、こうやってアトスの口車に乗せられたような気がする。


「ここでビッグマネーを掴めば、ワンチャン仕事やめられるかもしれませんよ!ギャンブルコロニーって言われるぐらいなんですから、そこらへんにマネーが転がってるはずです!」


 結果として何一つそういったことはなく、地道で面倒な調査事を行っただけだった。

 そう考えると……リスクの方が大きいのではないか。



「やっぱり断――うっ!」


 再びの衝撃。

 僕は体を投げ出されるように前のめりになり、アトスと衝突した。

 何事かと思って周囲に目をやると、本庁に到着していた。


「はぁ……着いたのか。とりあえず仕事をどうするかは、戻ってから考えよう」


「いや、今マスターとぶつかった時に、受諾のボタンを押しちゃいました」

「は?」


 端末に目をやると、調査費の入金が既になされていた。【調査官】からの新着のショートメッセージも届いている。



「あんまり長くやってると大事になるかもしれないから、早めになんとかしてちょ」



 こうして、僕の次の仕事は、三角関係を何とかする――というものに決まった。


 三角を丸にすればいいのか、バツにすればいいのか、消し去ればいいのか――今のところ、僕はその答えを知らない。

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宇宙漂流、残業代なし。 二度東端 @tohtan_tohtan

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