第6話 咲いた花には



 夏休みも中盤に入る。俺は今日も今日とて鷺ノ宮宅を訪ねていた。


「……よう、おはよう」

「おっす。どうした咲太、寝不足か?」

「夜遅くまでゲームするからよ」


 俺の問いかけに溌剌とした声が答えた。


「おはよう、雛菊」

「ええ、おはよう」


 彼女――鷺ノ宮 雛菊の足の回復は順調なようで、これまで仰々しく巻かれていた包帯は今は服で隠れるくらいまでになっている。


「じゃ、行くか」


 部活に行くために三人で学校に向かう。これが今の俺たちの日常となっていた。


「部活の調子はどう?」

「あー。人数は増えてないけど、今来ている人たちは方針転換を受け入れてくれているみたい」

「部員集めるにしても夏休みで人がそもそもいないからな。幽霊部員を誘うにしても、新規部員を獲得するにしても夏休み明けからだ」


 俺含めて五人で練習をしているが、夏休み明けには本格的に部員を増やさないといけない。この時期は新規よりも幽霊部員を勧誘する方が成功しそうだ。


「雛菊の方はどう? 確か、明日あたりがインターハイだったっけ」

「ええ。問題ないわ! 本来の実力を発揮出来たらトップ8も可能よ」

「そっか。やっぱり女バスは凄いな」


 女子バスケ部は明日の朝早くに会場に向けて出発するらしく、雛菊も応援としてそれに着いていくそうだ。せっかくなのでお土産を頼んでおこうかな……。


「ふふん。そうでしょう。でも、見上げるばかりじゃダメよ。貴方たちも勝つことを目指すのなら、トップを狙いなさい!」

「ははは……」


 雛菊の言葉に乾いた笑いを返す咲太。


「まあ、その辺は後々だな。勝つにしても人数集めないと、ロクに試合出来ねえしよ」


 五人入れば試合自体は出来る。しかし、それだと四クォーターを全員が出る必要があるし、なによりファールによる交代が出来ないのも問題だ。どうするにしろ、またまだ人数が足りてないだけだ。


「そんなことより見ろよ、これ」


 咲太が不意に何かを見つけたのか、掲示板を指さした。登下校で前を通るものの、あまり中身を見ることのない掲示板。そこまで興味を持つようなものがあるのかと覗き込む。


「……ああ、もうそんな時期か」

「どれのこと言ってるの? 時期って……手芸教室のこと?」

「手芸の時期って何だよ」

「秋が近いじゃない」


 秋って手芸の季節だろうか。芸術の秋関係のことかな。

 そんな事を考えながら、咲太が指し示した張り紙の内容を読んでみる。


「花火大会についてだよ。夏休みの終盤辺りにこの辺でやるんだってさ」

「言われてみれば、毎年その時期になると騒がしくなるわね」


 ようやく思い至ったのか、雛菊はへーっと言いながらまじまじと張り紙を見ている。

 ちょっと待てよ。これ、花火大会に誘うチャンスじゃないだろうか。俺は逸る心を落ち着かせながら、平静を装って口を開く。


「……なあ、雛菊。今年の花火大会一緒に行かないか?」

「行かないわ。興味無いもの。それに花火の時間は筋トレか柔軟をする時間だから、暇もないのよね」


 速攻で断られてしまった。ふらふらになりながら「そっか……」とか細い声を返すと、どこからかため息を吐く音が聞こえてきた。


「姉貴、せっかくなんだから行ってきたらどうだ。家からだと花火見えないだろ。それに、このままだと中学生の頃と何も変わらない夏休みになるぞ」

「うーん……。でも、わざわざ花火を見に行く意味はあるのかしら? 花火を見たいだけならあとで動画を見ればいいじゃない」

「それはほら、花火を見ると……ほら、直接見ることでいいこともあるだろ。多分」

「例えばどんな?」

「え、あー……、そこは太陽が説明するんだとよ」

「え、俺!?」


 急に振られてもと思ったが、ここで上手くプレゼン出来たら雛菊も行こうと思うかもしれない。


「えっと、花火大会は食べ物が色々あって……」

「花火見るのに食べ物なんて必要かしら」

「花火は綺麗で迫力があって……」

「ええ。あとでニュースか動画で見れば十分だと思うけど」

「……ロマンチックで」

「ただの火を見ることってロマンチックかしら」

「…………思い出に……なると思います……」


 プレゼンがダメすぎる。事前に分かっていれば、入念に準備して来たのに……っ。デートの絶好のチャンスが……!

 がくりと肩を落とすと、前の方からふーんと声がする。


「なるほどね。分かったわ、行きましょうか」

「本当!?」

「ええ。人生で一度くらいは花火を見る経験があってもいいと思ってね。当日の予定については後々決めましょう」

「ああ!」


 思ってもいない好感触で、プレゼンは成功した。そう思っていると、途端に雛菊は咲太の方を向いた。


「じゃ、貴方もそれでいいわよね?」

「……オレは行くつもりないが」

「何言ってんのよ。貴方から言い出したんじゃない。当然、行くつもりだと思ってたんだけど」


 俺もそう思ってた。

 心の中で雛菊の言葉に頷いていると、ふと咲太と目が合う。何かを言いたげな視線だが、残念なことに何が言いたいのか察することが出来ない。


「一緒に行こうぜ、咲太。せっかくの夏休み、どこにも遊びに行かずに終わるのはもったいないからさ」

「…………お前がいいなら、そうだな。オレも行くよ」


 何故かしらっとした視線を向けてくる咲太。察することが出来なかったことを怒っているのだろうか。


「これで決まりね! それじゃあちょっと急ぎましょうか。部活に遅刻してしまうわよ!」

「えっ、本当だ。もうこんな時間!?」


 俺たちは早足で学校に向かう。

 夏休み、楽しみなことがまた一つ増えた。



 ☆ ☆ ☆



 ピピピピっとスマホが鳴る。その音で目を覚まし、目を擦りながら画面を見る。そこに表示されているのは、咲太という名前。時間は七時過ぎと、部活も何もない日では起きるのに少し早い時間帯。


「……おう、どうした。今日部活なかったはずだろ」

「悪い。太陽、今姉貴がどこにいるかわかるか?」


 んん?

 思いがけない質問に思考が一瞬止まる。


「会場に向かってバスか電車か新幹線かじゃないのか」

「いや。姉貴が出かけてから忘れものを見つけて連絡したんだが、顧問の先生は姉貴は応援には行けないって聞いてると言われてな」


 休む? 昨日言ってた話では、雛菊も応援としてついて行くという話だったはずだが。


「朝から悪いな。姉貴ももう高校生だし、大丈夫だとは思うが。念の為何か思い出したことがあったら教えてくれ」

「わかった」


 そうとだけ答えると、電話が切れる。

 咲太も言っていたように雛菊はもう高校生だ。ある程度自分で判別が出来る年齢。だから咲太もまだ焦った様子はなかったが、少しだけ何かが引っかかる。


「探してみようか」


 お節介なだけならそれでいい。心配し過ぎたと、後々笑い話にでもしよう。俺は体を起こして出かける準備を整える。


 何事もないことを願いながら。

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