群青の止まり木 〜負ける君には価値がない〜

警備員さん

第1話 太陽が陰る日



「――続いては女子バスケットボール部です。女子バスケットボール部は夏の全国大会の出場が決まっていて」


 生徒会の女子の声が体育館に響き渡る。

 今日は一学期最後の日。この夏に大会を控えた部活動を送り出す壮行式が終われば晴れて俺たちは自由の身だ。高校生初めての夏休みに思いを馳せる。

 部長らしき人物が意気込みを語る中、俺の耳にある人物の名前が入ってくる。


「なあなあ、あそこにいるのは鷺ノ宮だよな」

「一年なのにもうレギュラーになってるんだとよ。うち、女バスは強いのに凄いよなあ」


 名前を聞いたせいか、無意識のうちに前に並ぶ女子たちの中から鷺ノ宮 雛菊の姿を見つけてしまう。――いた。凛とした立ち姿。そして遠目からもわかる程、自信に満ち満ちた表情。きっと、いや間違いなく彼女だ。俺はぼうっと眺めながら確信を持つ。

 


 女バスの部長が話し終え、周囲から拍手が聞こえるまでの間、彼女から目を離せなかった。



  ☆ ☆ ☆



 夏休みに羽目を外すなという有難い言葉により、ホームルームは締めくくられる。俺は大して何も入っていない鞄を肩に掛けながら席を立つ。


「よう、太陽。お疲れ」


 帰る支度を終えたらしい、やたらと眼鏡が似合っている男子が俺に声をかけてくる。


「おっす、咲太。今日どっか寄らない? せっかく午前で終わったんだし、遊んでから帰ろーよ」


 今月も残りわずか。お小遣い制の俺にとっては、もはや残高を気にする時期ではない。パーッと使い切ってしまおう。

 

「ならゲーセンにしようぜ。カラオケはこの前行ったしな」

「おっ、いいじゃん。俺のレーステクを見せてやるよ」

「お前事故ってばっかりだろうが。オレ、絶対お前の運転する車には乗らねぇからな」

「ひでぇ」


 笑いながら廊下に出ると、見覚えのある茶髪の二年生の姿があった。先輩は俺の姿を見て、軽く手を挙げて近づいてくる。


「よう菊池。久しぶりだな」

「お久しぶりです、桜庭先輩」


 俺は会釈して通り過ぎようとしたが、何を思ったのか咲太は足を止めた。


「二年の先輩がどうして四階にいるんですか?」

「ああ、ちょっと部活の連絡事項を伝えに来たんだ。えーっと……」

「一年の鷺ノ宮 咲太です」

「鷺ノ宮ね。俺は二年の桜庭 翔真だ、よろしく」

「桜庭先輩、部活の連絡ならこいつに用があるんですか?」


 そう言って、咲太は俺を引っ張り前に出す。


「そうだ。おい菊池、今日部活来るか?」

「すみません。俺、これから用事があるんですよ」

「……そうか。夏休みの男バスは、月水金の午前に練習するからな。ま、気が向いたら来いよ」

「うっす。ありがとうございます」


 挨拶もそこそこに立ち去る俺。それに遅れて咲太が追いついてくる。


「いいのか。ゲーセンは今日じゃなくていいんだぞ」

「俺、ユーレイだから。今更行ったって気まずいだけだろ」

「……そうか。まあ、お前がそう言うならオレは何も言わないが」


 歯切りの悪い言い回しだったが、俺はそれを無視する。


「よしっ。じゃあ、ゲーセン行く前にラーメン食いに行こうか。腹減ったしね」

「いいぜ。太陽の奢りな」

「次、焼肉奢ってくれるんならいいよ」

「対価デカすぎだろ」


 

  ☆ ☆ ☆


 

 俺たちは財布の中身がほぼ空になったのをきっかけにゲームセンターから外に出る。何処からかひぐらしの鳴き声が聞こえてきて、もう夕方になったのだと気づいた。


「いやあ、遊んだ遊んだ!」

「太陽、お前相変わらずレースゲームではスピード出しまくるよな。カーブ全然曲がれてなかったぞ」

「いいんだよ。レースゲーはスピードを感じるのが楽しいんから。それに、一番速かったやつが勝つゲームだし。俺、楽しみながら勝ちたい派だから今のプレイスタイルが合ってるんだよ」

「結局、4敗3勝で負け越してるけどな」

「うっ。……じゃあもう一回、いやもう二回やろうか」

「やらねぇ。オレは勝ち負けはどうでもいい派だけど、悔しがるお前を見るのは面白いからな」


 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる咲太に、俺はじとっとした視線を返す。

 とりあえず、今日はこれで解散だな。夏休みの予定は家帰ってから連絡すればいいか。

 そう思い咲太に声をかけようと振り向いた瞬間、肩に大きな衝撃がはしった。


「いたっ……」


 ふらつく俺からバックがズレ落ち、それをぶつかって来た人が奪い取る。そしてその人はそのまま自転車の速度を上げ、すれ違って行った。

 俺はそれを呆然の眺め、何が起きたのか脳が理解しようとして――、


「――引ったくりだ!」


 咲太の声で、俺は今起きたことを明瞭に認識する。理解したら次は行動だ。幸い相手は自転車。走って追いつけないことはな――、


「わたしに任せなさい!」


 勝気なセリフと共に、俺に向かって鞄が放り投げられる。その鞄は見た目は同じだが、当然俺のものでは無い。これはそう、彼女――鷺ノ宮 雛菊のものだ。


 彼女はぐんぐんと加速していき、一気に遠くへ走り抜ける。


「追うぞ!」

「お、おう!」


 一拍遅れて咲太が声をあげる。それでようやく体が動き出した。


「もうあんな所に……っ!」


 走り去った自転車は既にかなり引き離されていた。

 この道の奥には広場がある。だが、その広場に行くには階段を降りる必要があるため、犯人の方が確実に先に曲がる。その先は住宅街だ。

 回り込もうかとも考えたが、それで見失っては元も子もない。しかしその心配は杞憂に終わる。雛菊が追いついたからだ。

 雛菊は強引に自転車を停めさせ、鞄を取り返そうとしてくれているのだが、逆上した犯人が彼女に掴み掛った。

 

 まずい! と思ったのも束の間、すぐに手を振りほどき何時の間にか関節を決めて拘束していた。なにあれすごい。

 だが、位置が悪かったのだろうか。彼女は慌てたように下を見たかと思うと、姿を消した。

 いや、遠目だから消えたように見えたのだ。実際は足を滑らせて落ちたのだ。広場に続く階段から。


「太陽、救急車!」

「あ、ああ!」


 慌てて俺はバックからスマホを取り出そうとして――、


「スマホは鞄に入れたままだ!」

「くそっ! 太陽、お姉ちゃんを見てきてくれ! オレが電話する」

「わかった!」


 普段の咲太からは想像もつかないような狼狽ぶり。俺はそれを珍しいなんて思う暇もなく、駆け出した。

 引ったくり犯が逃げ出したことを気づかないまま、階段を駆け下りる。


 その先には雛菊が倒れていた。血こそ流れてはいないが、彼女は眠っているかのように動かない。


「お、おい、雛菊。おいって! 雛菊!?」


 半狂乱になりながら声を荒らげる。頭の中には焦りと不安と、恐怖で埋め尽くされた。何をすればいいのか、どうすればいいのか。混乱する中、知識を総動員させながら必死になって何度も、何度も彼女の名前を繰り返す。



 

 ――けれど、俺の呼び掛けは誰にも届くこともなく、ひぐらしの鳴き声に掻き消された。

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