第7話 サバイバル生活は続く
ヴィオラを先頭に、森の中を道を行く。
街への道は踏み固められていて、比較的歩きやすかった。
あの採石場の辺りがフォリシアの街の勢力圏で、その先は蛮族の住まう未開の地であるらしい。
未開の地とはいえ森の調査と管理はしており、それが森林警備隊に所属しているレベッカの仕事の一つなんだとか。
「いつもやってることだったから油断してたね。まさかコロバスたちがあんな近くまで来てるとは思ってもなかったよ」
「いつまでも帰って来ないから心配したんだぞ。そういう時はちゃんと連絡をしろって言ってるだろ」
「はいはーい」
「はい、は一度でいいって、いつもいつも……」
「はーい」
俺を挟んで前と後ろで、お互い顔も見ずに会話をしている。
2人が黙ると静かになって逆に落ち着かなく感じたので、何か話題を探してみる。
「えーと、2人は姉妹なのか?さっき同じ家で暮らしてたって言ってたけど」
「そーだよ」「まあそうだな」
当たっているけど正確じゃないみたいな返答だ。
「ウチの母親は3人だな。アタシはシフママで、レベッカはローズママ。他にシュヴァルママがいる」
「へー、なるほど。んん?それって……普通なのか?」
もしかして一夫多妻制なの?
「えっ、普通じゃないの?友達の家もそうだよ。変かな」
「俺の故郷とは違ったからビックリしただけだ。世界には色んな文化があるんだな」
さすが異世界。獣人ぽいし、群れの文化とかなんだろうか。
「アタシたちはもう成人したから家を追い出されてるけどな。レベッカがアタシを追って森林警備隊に入ってきたから、いろいろ面倒をみてやってんだ」
「追ったわけじゃないし。お姉ちゃんこそあーしが森林警備隊になりたいって言ってたの聞いて、じゃあそこ行くわって決めてたでしょ」
「んなわけないだろ」
「言ってたもん」
「言ってねえよ」
「言ってた」
「言ってねえ」
仲の良い姉妹だなあ。きっと昔からずっとこうだったんだろうなあ。
不毛な言い争いを聞かされながら歩くこと数時間後。
急に森から出たと思ったら壁があった。
見上げるほど高い壁が、左右の山を繋ぐようにしてそびえ立っている。
のっぺりとした壁面は明かな人工物で、しかしこれをどうやって作ったのか疑問になるほど立派な造りをしている。
そして何より、どこかでコレと同じ物を見たような気がしてならない。明らかにアレだと分かっているのに、のど元から出てきてくれない。
壁の前は大きく切り拓かれていて、それこそ戦闘に使えそうな櫓や柵が並べられている。
大きな建物もあり、その前では何人もの人たちが訓練をしていた。
だがそこに緊張感はなく、何事もなく普段通りのことをやっているという感じがする。
ヴィオラが訓練している人たちに向かって手を振ると、そこから男が走ってやってきた。
「ヴィオラ姉さんお帰りなさい。レベッカも無事でよかった」
「まあな。コイツのおかげだ」
ヴィオラが俺を親指で示すと、男は不良じみた動きでにらんできた。
「ああ?なんだオマエはよう。コロバスどものスパイか?ああ?」
「だめだよ、スぺード。ハイダクトはあーしの命の恩人なんだから、変な威嚇しないでよね」
レベッカの声かけで圧が緩んだので、笑顔を心がけて挨拶をする。
「俺は
「はいだぁ?なんだよ変な名前だなオイ」
再びガンをつけて来ようとした男と俺との間に、レベッカが割り込んできた。
「ハイダクトだよ、ハ イ ダ ク ト。ほら、わかったら早く戻って」
「そうだぞ。コイツを隊長に見せるから、いま面会に行っていいか聞いてこい」
「ヴィオラ姉さんまで!でもよう」
「いいから行け。ほら、早く!」
ヴィオラに背中を押されて、男は建物へ走っていった。
「あいつは?」
「うちの下っ端隊員のスペードだよ。そんでアタシの弟だ。いちいち構ってもらおうとしてきて五月蠅いから、忙しかったら無視していいからな」
「そうそう。ここはもう家じゃないのに、こっちを見つけて話しかけてくるんだよ」
「へー」
言われてみれば、髪色とかヴィオラと似ている部分がけっこうあったな。
俺に対して敵意みたいなのを感じたが、まあサバゲーマーの服装はだいたい怪しいから警戒してたんだろう。
3人で歩いて建物に近づくと、訓練していた人たちが集まって声をかけてきた。彼らは森林警備隊の隊員たちで、レベッカもヴィオラも全員と顔見知りらしい。
レベッカが俺を紹介すると、珍しいものでも見るように囲んできた。
「コロバスの群れを2人で片付けたって?やるじゃないか。詳しく聞かせてくれよ」
「変な名前だね。都の人はみんなそんな名前をしてるのかい?」
「その服、気になる。脱いでみせて」
「ああ、うん、いやその……」
表情を見るに好意的な人が多そうだ。さらに好奇心が強いようで、俺を囲う輪がじりじりと迫って来ている。
「みんな落ち着いて。まずは隊長に報告するのが先だ。コロバスどもが採石場まで来てたから、その詳しい話をしなきゃならないんだからね」
「採石場だって!?かなり近いじゃないか。だとしたらここの防御も固めた方がいいんじゃないか?」
「たまたま迷い込んだだけじゃないのか?心配ならしばらくはチーム組をんで哨戒すればいいんじゃないかな」
「うるさい!その相談をこれからするって言ってるだろ。ほら、そのための道を早く空けろって」
ヴィオラがしっしと手を振ると、囲みが割れて道ができる。
その向こうから、こちらに歩いてくる3人の姿が見えた。
1人は先ほど走って行ったスペードくん。1人は背が高くて目つきが鋭い女性。
そしてその後ろに、クマのように大きい男がいた。
「隊長。アンタが巣穴から出てくるなんて珍しいな」
「執務室は巣穴じゃないんだけどなあ。それに私も現場に出たいのだけれど……」
「隊長の仕事は隊をまとめることです。そのためにはまず隊を管理することが必要になります。他の隊員のように自由気ままに動き回られては、まとまるものもまとまりません」
後頭部を掻くクマ男(隊長)に向かって、秘書らしき女性がきっぱりと告げる。
「スコアーくんがこう言うからね。……でもキミのおかげで、こうして外出することができた。私はフォリシア森林警備隊の隊長、ドムラだ。よろしく」
ドムラ隊長が右手を差し出してきたので、俺も名乗りながら握手を返す。
肉厚の手は力強く、少し痛いくらいだ。
「ふむ、ハイダクトくんというのだね。隊員を助けてくれたこと、感謝しよう。よければどうやったのか教えてくれないか?」
「そうなんですよ隊長!ハイダクトはすごいんだよ!コロバスを一度に何匹も倒したんだから」
「レベッカくん落ち着きたまえ。私は彼から話を聞きたいんだ」
隊長にうながされたので、俺は背負っていたスナイパーライフルを手に持ってみせた。
「これは俺の国で使っていたおもちゃの銃なんですけど、こういう小さな弾を撃ち出すことができます。狙える距離は風が無ければ50mくらい。それを越えるとブレが大きくなるし、威力も落ちます」
「ふむ、おもちゃなのかい?たしかにこんな弾では当たっても大したことは無さそうだが」
隊長に弾を渡すと、目の前にかかげてじっと見ている。太い指でつまんだ小さい弾は、とても見づらそうだ。
「この弾をひとつもらってもいいかな?」
「それならたくさんあるので、問題ないです。どうぞ」
「ありがとう。それでは……」
隊長がつぶやくと、つまんでいた弾が見えなくなった。そして指を開くと、弾が粉々になっていた。
秘書のスコアーさんが布を取り出すと、そのうえにぺしゃんこになった弾が置かれる。
スコアーさんは片メガネをポケットからだして弾だったものを観察する。
「細かい粉のようですね。何らかの方法で球形に押し固めていたのでしょう。材質は?」
「えっ、あっ……生成分解の……バイオ弾?えー、自然に還るプラスチック?だったはずです」
「何ですかそのプラスチックというのは」
「すいませんどういう風に作られたのかよく分かってません。とりあえず便利だから使ってました」
バイオ弾はデンプンからできているポリマーだとか聞いたような気がするけど、デンプンポリマーって存在するんだろうか。
知らなくても使えるからそれでいいと思ってたけど、まさかこんな所で困るとは思っていなかった。
もっと勉強しておけばよかった。
「危険な成分ではないんですか?」
「食べられないと思うけど、成分分解性なんで、長い時間をかければ自然に還っていきます。アゴが強ければ……調理次第で食べられる?いや食べたらダメですよ」
「食べられるかは聞いてません。……私はそんな何でも食べるように見えますか?」
「いえ、危険かどうか聞かれたので」
スコアーさんの目が鋭く細められた。ヤバそうなので話題を変えなくては。
「それより、コロバスを倒した方法なんですが、こっちの別の弾を使ったんです。こっちは衝撃を加えると爆発して火が点きます。残り少ないんで、壊すのはちょっと……」
火炎弾が入った弾倉を取り出してみせる。
「ではあちらの的を撃ってください。それでコロバスを倒したと、我々に証明して見せてください」
「いいんですか?燃えますよ?」
隊長さんのほうに尋ねると、「やってくれ」と頷かれた。
指定されたの10mくらい離れた位置にある、棒に取り付けられた木製の的だ。
10m程度なら、腕も肘も固定できない立射でもたぶん当てられる。的も大きいし。
火炎弾の弾倉をスナイパーライフルにセットしてコッキング。ストックを肩に当てて固定し、片目でスコープをのぞき込む。
十字の中心を的に合わせて深呼吸、そして息を止める。照準のブレが小さくなる。風はほぼ無し。
いける、という確信とともに引き金を引く。
風を切る小さな音とともに弾が発射され、的の中心の少し上に命中した。
火炎弾が爆ぜ、的が燃える。
説明してあったが、実際に爆ぜるのを見たら驚いたようだった。
「なるほど、狙った所を燃やすことができるのか」
スペードくんが遠くで「あんな小さな火で何ができるってんスか」と言っているが、隊長さん達は燃えた的や火炎弾に興味津々なようだ。
隊員達に詳しく調べるよう言った後に、こちらを向いた。
「確かにあの火ならコロバスは倒せるだろう。レベッカくんがウソを付けない人物だということも分かっている。だが申し訳ないが、キミをすぐに招待することはできない」
まあ、そう言われる可能性も考えていた。俺の怪しさとか以前に、検疫とかあるだろうし。
「ここから山沿いに進んだところに、夏場に使っている訓練場がある。そこのコテージにしばらく滞在してほしい。そう長くはかからないと思うが、いいだろうか?」
「大丈夫ですよ」
コテージと呼んでいるなら、採石場の小屋と似たようなものだろう。
「隊長!あーしも一緒に行っていいですか?」
「ああ、もちろんだとも。ヴィオラくんも頼めるかね?」
「いいとも。レベッカを見張る必要あると思ってたからちょうどいい」
「なんであーしを見張るのさー」
「アンタがハイダクトに飛びかかったら危ないからさ」
「なんでよ!もー」
そんなこんなで、サバイバルもどきの生活はしばらく続くようだった。
果たして文明的な生活は、いつできるようになるのだろうか。
俺のサバイバルはまだ始まったばかりだ!
サバイゲーマーズアクト~サバゲーマーが異世界の森でサバイバル~ 天坂 クリオ @ko-ki_amasaka
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