第6話 真昼の決着

衝撃を受けた脇腹を見ると、矢が一本刺さっていた。崖下の敵を狙おうとして体が衝立ついたてから出ていたようだ。

あわてて服を持ち上げるが、体に傷はついていない。幸運にもつり下げベルトチェストリグに入れていた換えの弾倉で止まっていた。


怖っ!

BB弾の詰まった予備弾倉を入れておいてよかった。

サバゲーの時からのクセだったけど、こういう形で助けられるとは思ってもいなかった。


などと安心している間に、コロバスたちは折り返して登ってきた。

レベッカの活躍もあり、コロバスの集団はリーダーを合わせて5匹にまで減っている。

こちらへ向かってくるその頭に向けて、AK47の引き金を引く。


1匹、2匹と炎上させる。

レベッカの放った矢がリーダー格へと向かい、持っていた棍棒に防がれる。

俺が続けてリーダー格を撃つと、これも棍棒を盾にして防いだ。


燃え上がる棍棒を振りかぶるのを見て、嫌な予感に腰を浮かせる。

予感の通り燃える棍棒をぶん投げてきたので、横っ飛びに転がった。燃える棍棒は衝立を粉砕した。

その先を確認せず、銃口をリーダーへと向ける。俺が弾丸を放つ瞬間、リーダー格が目の前を走っていたコロバスを捕まえるのが見えた。


「仲間を盾にしやがった!?」


リーダー格が燃え上がるコロバスを振り上げたので、俺は慌てて照準を合わせる。


「くそっ!」


パパッ、パパッ、と小刻みに撃つが、リーダー格は残った一匹のコロバスも盾にしてその弾を受けきった。

胴体狙いが防がれるなら、せめて足を撃って……。そう思って引き金を引くが、カカカッと音が鳴るだけで弾は出なかった。


「ここで弾切れ!?ウソだろ」


50発をもう撃ちきった?

指切りで弾を調節したつもりだったが、予想以上に使っていたようだ。

何より最後の連射を防がれたのが痛かった。


「くそっ、あと1匹だってのに」


弾切れしたのが分かったのか、リーダーが嗤った。

仮面だと思っていた固そうな顔の部分が歪み、笛に似た音がヒューヒューと響いてくる。


換えの弾倉はまだあるが、中身は生分解0.25g弾だ。威嚇にもならない。

どうすればいい、何か手はないか。


悩んでいる俺に向かって、リーダーが焼け焦げたコロバスを振り上げる。

避けようと反応したところで、リーダーが急に横を向いた。


焼け焦げたコロバスに矢が突き刺さる。


弓を構えたレベッカがそこにいて、それに向けて焼け焦げたコロバスが放られる。

レベッカはそれを飛んで避け、続けて放られたもう一体を避けようとして足が痛んだのか一瞬動きが止まり、コロバスが当たって後ろに倒れた。


リーダーがまたヒューヒューと嗤う。

そして仮面を歪めてこちらを見て、動きを止めた。


俺はAK47ではなく、地面に置いてあったスナイパーライフルを持っている。

片膝をつき、その内側に腕を当てて銃身を安定させる。

自分の体であるため少しブレるが、この距離でなら外すことはありえない。


引き金を引く。

空気音と共に発射された弾丸はリーダー格の胴体に向かって飛び、防御のために上げた足に当たった。火球が爆ぜ、バランスを崩して尻もちをつく。

俺はコッキングをして次弾を装填し、銃口をリーダー格に向ける。


引き金を引く。リーダー格は顔を守ろうとしたが、火球は胸部で爆ぜた。


コッキングして、撃つ。

コッキングして、撃つ。


火炎弾はまだまだ残っている。


腕が燃え、脇腹が燃え、手が燃え。致命傷ではないが、重大なダメージが蓄積していく。

両腕が使えなくなり、頭を守るものがなくなったリーダーが顔だけでこちらを見てくる。仮面のような顔が歪み、汚い音とともに口から何かを飛ばしてきた。


動ける体勢でなかったため、吐き出されたそれがゴーグルの左目部分を汚した。だがそれだけだ。


「俺の、俺たちの勝ちだ」


狙いをつけて発射した火炎弾は仮面に当たり、炎上する。燃える仮面の奧から、炎とともに大きな叫び声が上がる。

焼け焦げた手足を振り回しながらリーダーは数秒のたうちまわり・・・・・・・、そして動かなくなった。


「ハイダクト、大丈夫?」


横を見れば、いつの間にかレベッカがそこに立っていた。


「レベッカ……あっ、ごめん!ケガは!?さっきいいの食らってたよね。動ける??」


「あーしは大丈夫。全然へーき。それよりその汚れ、拭いた方がいいよ。毒だから」


言われた途端、ゴーグルにへばりつく液体がすごく臭いような気がしてくる。


「えっ、マジで?なんか拭くものあったっけ」


「ほら布貸して。拭いたげるから」


レベッカは俺がバンダナの代わりに頭に巻いていた布を取ると、強引にゴーグルを拭こうとしてくる。


「いやそれはレベッカのだろ。俺が渡したヤツ使ってくれよ」


「いいからいいから。これは汚していいやつだから大丈夫」


抵抗しようとするが、レベッカの力が強い。少し痛いが、それよりも顔が近くてドキドキしてしまう。


「もういいから。だいたい取れたろ?後は水で洗うよ」


「ダメ。もっとしっかり拭かないと。ほら、じっとしてて」


「マジで、大丈夫だから」


「あーしに任せて、心配ないから」


「顔がちょっと怖いんだけど?」


無駄な抵抗を続けていると、不意に背後から声がかかった。


「レベッカ、アンタ何やってんだ?」


助けを求めてそちらを見ると、灰紫の狼耳の女性があきれ顔で立っていた。



「あ、ヴィオラお姉ちゃん。やっほー」


「やっほー、じゃないだろ。アタシがわざわざ助けに来てやったってのに、変なので遊んでんじゃないよ」


変なのって……。まあ、迷彩服にゴーグルという怪しい見た目なのは否定できないけども。

ヴィオラはコロバスの血がしたたる剥き身のナイフを握っている。どうやら下で弓矢を撃ってたやつらを倒してくれたらしい。

途中で矢が飛んで来なくなっていたのはそのためだったのか。攻撃が無かったから、すっかり忘れていた。


「変なのじゃないよ。都から来たハイダクトだよ。このヒト、ほとんど全部のコロバスを倒したんだよ。すごいでしょ」


やっと解放してもらえたので、マスクを外して挨拶をする。


「どうも。灰田空人はいだあくとです。都じゃないけど、遠くから来ました」


「アタシはヴィオラだ。そっちのレベッカとは同じ家で育った仲だよ」


ヴィオラはナイフを拭って鞘にしまうと、するりと至近距離に近づいて俺を観察し始めた。


「へえ、こっちじゃ見ないナリしてるね。アンタがコロバスどもを倒したって?レベッカがアタシにウソをつくとは思えないけど、とても信じられないな。コロバスではないみたいだけど。ふーん、服もかなり頑丈じゃないか。糸にほつれもほとんどないし、コレはどんな繊維を使ってんだ?」


「ナイロンとかの化学繊維だと思うけど。作り方は知らない。機械織りだから人間にはマネできないと思うけど」


「キカイ?あー、都にあるっていうヤツか。あとそれ、妙な形の武器を持ってるな。これでコロバスをやったのか?ドーグたちが使う弩弓いしゆみみたいな部分があるな」


「まだ弾が残ってるからあんまいじくらないでくれよ。暴発したら危ないし」


「暴発ぅ?魔術師みたいなこと言うんだな。まあ戦士よりも魔術師みたいな体みたいだが。にしても服の汚れは魔術師らしくねえな」


地面に伏せたりしてたしね。

ヴィオラはそんな風にいろいろと言った後、やっとレベッカの足の治療跡に気付いたようだった。


「なかなか帰って来ないと思ったら、ケガしてたのか。なにやってんだよまったく」


「ごめんね。コロバスがあんなに出てきてるとは思ってなくて」


「待ってくれ、レベッカは俺に合わせてくれたから移動が遅くなったんだ。だから……」


「違うよ。ハイダクトはケガに関係ないし。それに治療してくれたでしょ」


「今はレベッカが遅れた原因について話してるところだろ」


「でもハイダクトは……」


「2人とも黙れ。レベッカ。お前はコロバスどもより先に狼煙のろしをあげることできただろ」


「あー、それはちょっと熱が出てて」


「そっちのに頼むくらいできただろ」


「うぐっ、ごめんなさい」


ヴィオラがレベッカを叱る口調は厳しいが、やさしさが感じられた。


「あと……ハイダクトだっけ?」


「はい、なんでしょう」


「コイツを助けてくれてありがとう。感謝するよ」


「どういたしまして。俺も人に会えてうれしかったし、助けたいと思ったからやったことだけどね」


街まで案内してもらうという理由もあったけど、助けたいと思ったのは本当だ。

便利なアプリがあって本当に良かった。


「そうそう、ハイダクトって美味しい料理を作れるんだよ。アレまた食べたいなあ。ウチに連れてくから、また作ってよ」


「香辛料が高すぎる、というかもう買うための【ENかね】がないんだ。だから無理」


「えー、そんなあ」


「レベッカがそこまで言うのは気になるね。街で探せば見つかるんじゃないか?アタシも気になるし、材料は用意するから作ってみてくれよ」


「材料があればな」


料理を作るくらいお安いご用だけど、コショウは流通してるのか疑問だ。

馬鹿みたいに高いENが必要だったことを考えると、ほとんど栽培されていないんじゃないだろうか。

ENで買おうにも、補充方法が分からないんだよな。


「よしそうと決まれば、早く街に帰ろう!」


レベッカが手を振り上げて言った。

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