第5話 ちょっとヤバイかも
数分後、森から出てきたコロバスの群れが休憩小屋の周囲を取り囲んでいた。
数は通常のコロバスが13匹、モーグが2匹。そして普通のよりも大きいコロバスが1匹いる。
コロバスたちは全員で小屋を荒らした後、死んだコロバスたちの調査を始めた。
崖上で倒したコロバスはすでに崖下へ放っている。俺たちがここにいるのはすぐにはバレないはずだ。
追加のコロバスたちが来る前に、AK47も火炎弾にしておいた。ただ値段が高かったので、50発+αしか入っていない。
【EN】はもう2桁しか残っていないが、ここを乗り切れなければ俺たちに明日は無いのだ。
崖の上から観察し、手順を頭の中で組み立てる。
コロバスたちにバレないように、1匹1匹倒していくしかない。背が高いのはリーダー格だろうか?体力も高いかもしれないので、倒すのは最後になるかもしれない。
モーグが死体の周囲を嗅ぎまわり、コロバスたちは足跡を探している。
数匹が周囲を見回しているので、こちらを見てないタイミングで数匹まとまっている所を狙って撃つ。
地面を見ているコロバスの側頭部に当たり、炎上。
コッキングしながら観察し、次の標的を選ぶ。
数突如炎上した仲間を見ているのはたった数匹。他は周囲を見回して、どこから攻撃をしてきたのか見つけようとしている。
背の高いコロバスはゆっくりと見回した後、一点を指さした。
それは、休憩小屋の向こうにある採石場の入り口。
なんでそっち?いや、都合がいいんだけど。
スコープを覗いて、一番近い位置にいたコロバスの後頭部を撃つ。炎上。
指さした方の反対側の被害に動揺するかと思ったが、リーダー格はやはり入り口の方へ向かおうとする。
小屋まで行かれると射程範囲の外になるので、けっこう困ることになる。
俺が移動すると、バレる可能性がかなり高くなる。逃げてくれるならいいんだけど。
「ハイダクト、ちょっとヤバイかも」
しゃがんで寄ってきたレベッカがささやく。
「あーしがこっちに来たのは、森の安全確認だったの。普段からやってることだし、あーしも慣れてるから1人で十分だって言って出てきたんだけど、いつもはいなかったコロバスに襲われて今こうなってるわけじゃん?」
「ごめん、くすぐったいから要点だけ言って」
耳元をくすぐる声に耐えきれず、冷静を装って早口で言う。
「えっとね。助けが来てくれたみたい」
「本当?よかった。これで安心だな」
「お姉ちゃんが、1人で」
「1人で?あの数相手に?……ダメじゃん。えっ、本当に?」
「うん、あーしを呼んでるのが聞こえた。たぶんコロバスもそれを聞いたから向こうに行ってる」
「マジか」
耳を澄ますと、遠くから人の声のようなものが俺にも聞こえた。内容はよく分からないが、声の限り怒鳴っているような雰囲気が伝わってくる。
マジかー。というか森の木々を貫通して届くってどんな声だよ。
昨日のレベッカを思い出すと、普通の状態1人で4匹のコロバスを相手に戦っていた。
そして近接3匹になったら圧勝していた。
あの声の主がレベッカと同じくらいの強さだと仮定すると、今ここにいるコロバスは背が高いの合わせて12匹、それとモーグが2匹。
レベッカは回復してきているとはいえ万全じゃないし、俺は戦闘の素人。撃って避けての正面戦闘をこなせる自信はない。
それでもタイミング合わせて挟撃すればワンチャンあるか?
どうしようか迷っていると、レベッカが背中に手を置いてきた。
「あーしが崖の下で囮になって引きつける。そうすれば、ハイダクトが狙いやすいでしょ?」
「いや、それは危なすぎる。まだ走れないだろ」
「もう大丈夫だよ。ハイダクトが美味しいご飯作ってくれたから元気いっぱい。それにお姉ちゃんがすぐに来てくれるから、そしたらハイダクトは無事に街まで連れて行ってもらえるよ」
「いやその言い方だと、レベッカが……」
「大丈夫」
レベッカは自分の荷物から出した布を手渡してきた。
「これを見せれば、お姉ちゃんは分かってくれるから」
「まるで自分が話せなくなるような言い方やめろよ。俺を街まで案内するって言ったのはレベッカだっただろ」
「あはは、そうだったね。お姉ちゃん強いし、あーしも頑張るつもりだよ」
「なら、これ」
俺は自分のバンダナを外してレベッカに差し出す。
「交換だ。でも貸すだけだからな。後で返せよ」
「……うん、うん。わかった。ありがと」
バンダナを受け取ろうと手が伸ばされた手を、強く掴む。
「頑張るだけじゃ足りないから、作戦を考えた。やることは簡単だ。レベッカは崖下に降りたらヤツらを挑発して逃げる。向こう側から回り込んでここまで登ってくるんだ。崖下を通過するコロバスを俺が上から撃ちまくって数を減らす。残ったのは崖の上で迎撃する。以上だ。できるな?無理して戦うなよ。生きて帰るんだからな」
「わお、びっくりした。ハイダクトもそういう顔するときあるんだね」
「顔?どんなだよ」
「おっけー、作戦了解しました。それくらいなら簡単だから、任せてね」
レベッカはバンダナを腕に巻いた。それから気合いを入れると、軽やかに飛び降りる。
5mの高さを感じさせずに着地。
背を伸ばして立つと、大きく息を吸い込んだ。
「あーしは!フォリシア森林警備隊所属のレベッカだ!群れなきゃ何もできないコロバスなんて何するものぞ!その頭を砕いてやるからかかって来い!!」
空気を大きく振るわせる大音声。
予測して両耳を押さえていた俺でも、耳の奧がキーンと鳴っている。
小屋の前に陣取ろうとしていたコロバスたちは、レベッカへと向き直る。ひとりで出てきた敵を容赦なく打ちのめすべく、一斉に襲いかかってきた。
武器を振り上げながら走るコロバスを、2匹のモーグが追い抜いていく。
俺が狙える速度じゃないのは分かっていたので、スナイパーライフルではなくAK47に持ちかえている。
狙うのはモーグそのものじゃない。その先、数秒後に来るはずの位置。
安全装置を外し、設定はフルオートに。
引き金を引くが、すぐに離す。
パパパッと音を立てて放たれた弾丸のうち、1発がモーグの後ろ足に当たった。
火炎弾が爆ぜ、当たったモーグがバランスを崩して倒れる。残ったモーグは構わず走り、レベッカへと飛びついた。
レベッカはそれを横に避けて、反撃の剣を振るう。
モーグが避けて威嚇のうなり声をあげたその横腹にむけて、パパパッと3発当てる。
今度は全弾命中し、胴体を炎上させる。
倒した。そう思った瞬間に、足下にドスッと何かが落ちた。
干からびた色の木の枝。いや、矢だ。
「矢ァ!?」
思わず飛び退いた俺の周囲にドスドスと矢が落ちてくる。
振り返ると小屋の前に数匹残ったコロバスたちが弓を構えていた。
「そうだね本物の弓矢の方がエアガンよりも射程長いよね。念のため準備しといて良かったよ」
地面に倒してあった
それは小屋に収納されていた、木製の
衝立に矢が刺さる音を聞きながら、崖下のコロバスを狙い撃つ。
小刻みに撃つ『指きり』をするのは、無駄弾を減らすためだ。フルオートでバラ撒く余裕はない。
「こっちだよ!よそ見してると痛いんだからね」
レベッカは逃げながら矢を放っている。
反撃する余裕あるのか心配になるが、今のところ元気に動けている。一方、コロバスには陣形や作戦の概念がないのか、全員が同時に攻撃しようとしてお互いを邪魔している。
レベッカはその隙に大きく飛びずさり、足を射ることで速度を落とさせている。俺が狙いやすいようにしてくれているのだ。とても助かるけど、無理はしないでほしい。
レベッカの努力に報いるためにも、コロバスの数を減らさないと。
崖下を通り過ぎた集団に向けて引き金を引いた瞬間、脇腹にドンと何かが当たった。
視界の端に、崖下からこちらへ弓を向けるコロバスがいた。
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