第4話 襲撃と迎撃
目が覚めると自分の状態が全くわからなかったが、窓の外にある二つの三日月を見て昨日のことを思い出した。
携帯端末をつけると、朝4時だと表示されている。最後に確認した時は夜の7時くらいだったので、9時間くらい寝た計算になる。
俺としては寝過ぎなくらいよく眠れたようだ。
ソファに座り直すと、レベッカの安らかな寝息が聞こえてきた。
健康診断アプリで見てみると、熱は37度まで下がっている。回復傾向のようなのでホッとした。
小屋の外に出て深呼吸をする。空気が澄んでいて気持ちいい。
遠くの空がわずかに明るくなっているのが見えた。
今のうちに朝食を作ろう。昨日のレベッカの食べっぷりを見ていると量を増やした方がいいだろう。でないとまた携帯食料を食べるはめになる。
携帯端末を照明代わりに、再びリゾットもどきを作る。今回はレベッカにもらった干し肉を細く裂いて加えて、コショウの代わりにカレーパウダーを入れてみた。
大きめの鍋に2人分まとめて作ったそれを持って小屋の中に入った途端、お腹の鳴る音が聞こえてきた。
「おはよう。朝食作ったけど、自分で食べられるか?」
「……はよ……ッス」
ソファの上で、レベッカが小さく応えた。
・・・・・・
「おいしい!おかわり!」
「落ち着いて、ゆっくり噛んで食べてくれ」
「こんなの食べたことない!どうやって作ったの!?」
「レシピあげるから、自分でも作れるよ」
「ホント!?ありがとう!!」
声が無限に大きい。
昨夜の調子悪さがウソのように元気になっている。それはいいんだけど、ハイになっているようにも見える。
リゾットに入っている肉が干し肉だと説明したら新しい干し肉を放り込もうとしたので、せめて細くしてから入れるように言う。
豪快に太く裂いて椀に入れ、噛みちぎりながら「あんま変わんないんだけど」と睨んでくる。
「煮込んでないからね。今からやってくる?」
「いい。これでも美味しいし」
そう言って食事を続けた。固い干し肉のために噛む数が増えたので胃には優しくなっただろう。
俺の食べる分も残りそうでよかった。
食事が終わり、念のために今回も抗生物質を飲んでもらう。
そうやってひと息ついたところで、小屋の外からガラガラ木の板が鳴る音が聞こえた。
窓の外には木の板がぶら下がった縄が、森の方から伸びているのが見えた。
いわゆる鳴子型のトラップだろう。遠くで縄にひっかかったら、それがここまで伝わるのだ。
「コロバスだ!戦う準備をしないと……」
レベッカは勢いよく立ち上がったかと思うと、大きくふらついた。
「まだ熱が引いたばかりなんだから、無理するな。コロバスって昨日の蛮族のことだろ」
「きっと昨日倒したヤツらの後を追ってきてて、料理の煙を見られたんだと思う。でも大丈夫。あーしが戦うから、ハイダクトは隠れてて」
「だから、体力がまだ戻ってないだろ。レベッカの街まであと半日くらいなんだろ?急げば逃げられるんじゃないか?」
「あーしが走れればそれもアリだったけど、今は無理。やっぱりあーしが戦うしかないでしょ」
レベッカはベルトに剣を差してから、弓矢を拾い上げる。どうしても戦うつもりらしい。
昨日の俺は動かない相手にトドメをさせなかった。あの時点ではレベッカが元気だったからいいが、今の彼女はまともに戦えないだろう。
俺は大きく息を吐いて、覚悟を決める。【Wマーケット】を開き、昨日のうちに目を付けていた商品を購入した。
「俺がやる。レベッカは見ててくれ」
そう言ってから、倉庫から武器を呼び出した。
◇
俺たちは採石場を囲む崖の上に来ていた。崖と言ってもここは5m程度だが、周囲に草木が茂っていて隠れやすい。
足下の崖はほぼ垂直で、ここまで来るには遠くの斜面から回り込んでくるしかない。
俺はサバゲー用のゴーグルを付け、頭には枯れ葉色のバンダナを巻いている。
レベッカの髪も枯れ草に見えないこともない。遠くからなら誤魔化せるだろう。
「本当に大丈夫?」
心配そうに聞かれたので、うなずいておく。
今日のメイン武器はAK47ではなく、倉庫に入っていたもう一つの方。
【SSR】(スーパースナイパーライフル)だ。エアガンメーカーのオリジナル製品で、安定した弾道と静音性、そしてシンプルなデザインが魅力的な一品だ。
こちらは電気ではなく、空気圧で打ち出すエアーコッキングタイプだ。
適正飛距離は50m以下だが、今は風がほとんど無いので弾道のブレはかなり小さいはず。適正飛距離を越えると威力も落ちてしまうが、今はあまり関係ないだろう。
この位置に陣取ってから5分もしないうちに、小屋の方から音が聞こえた。注意して見ていると、コロバスらしき小さな影が小屋を調べているようだった。
中に誰もいないと分かったのか、今度は竈の方へ向かう。
「俺が使った竈を調べてるみたいだな。あれ、アイツ何か入れた?」
見ているうちに、白い煙がゆっくりと立ち上り始めた。
「残り火を使って仲間を呼んでるみたい。たぶん、昨日より多いかな」
「あの1匹だけなら良かったんだけどな」
「コロバスは数だけは多いんだ。1匹見たら5匹はいると思った方がいいよ」
黒いGみたいな蛮族だな。
その蛮族の1匹は、今度は地面に顔を近づけて何かを探しているようだった。
「もう少しでこっちに近づいてくるよ、ハイダクト。もし倒せなくてもあーしがなんとかしてあげるからね」
「ありがと。レベッカの出番が来ないよう頑張るよ」
俺は崖の上でうつ伏せになり、SSRを構える。
コロバスは俺たちが通った跡を辿ってこちらへ近づいてくる。足跡か匂いか分からないが、ゆっくり近づいて来てくれるので狙いやすい。
距離は50mを切ったが、確実に当てるにはあと10mは近づいてほしい。
じりじりとコロバスが近づいてくる。
そして45mを過ぎたところで、急にこちらを見た。
目が合ったかどうかはわからない。だが、つい反射的に引き金を引いてしまった。
ブツッ、という低い音を出して弾が撃ち出される。
使い慣れた武器はよく知った軌道で弾を飛ばした。
取り付けられたスコープの中心点から少し左上に逸れたが、許容範囲内だ。木のような仮面の頬にパチンと当たった。
音が聞こえた瞬間、火の玉が爆ぜた。
火の玉は仮面を燃やし、あっという間に燃え広がった。
コロバスは仮面を押さえながら地面を転げまわり、数秒後には動かなくなった。
炎はコロバスの全身に燃え広がり、最終的には黒い燃えかすに変えてしまった。
「すごいじゃん、一発で当てた!ハイダクトってそういうの得意なんだね」
「武器の性能と、後は慣れだよ」
引き金の軽さと、引き起こした結果の差に少し戸惑っている。
銃は農民を兵士に変えると聞いたことがあるが、コレは別格だ。
【Wマーケット】で購入した【火炎弾】。説明には『フレイミーズパウダー配合。衝撃により破裂し、極小範囲を炎上させる』とあった。
ただのオモチャだったはずのエアガンを、敵を殺せる兵器に変える。これが
自分が成したものについて、遅れて動悸が高まってくる。大きくなった呼吸をくり返していると、背中をさすってくるのを感じた。
「大丈夫、ハイダクトもこれで戦士の一員になったんだ。おめでとう」
「あり、がと。でも、まだ終わりじゃないんだよな」
「うん、次がもう来るよ」
その言葉通り、森の方から何かがやってくる音が聞こえてくる。
出てきたのはコロバスが4匹と、1匹の四足獣だった。
「モーグだ。逃げてなくてよかった。モーグの足だったら、すぐに追いつかれてたよ」
モーグと呼ばれた獣は、モグラと狼を合わせたような姿をしている。
足回りが頑丈そうで狼より速くはなさそうだが、それでも俺よりは速いだろう。
新しく来たコロバスたちは先ほど倒した1匹にすぐに気づき、その周囲に集まる。
俺はライフルを構えようとして、まだ次を装填してないことに気付いた。
音を立てないよう慎重にコッキングして、一番近くにいるコロバスに狙いをつける。引き金を引くと火炎弾が飛び出し、先ほどと同じようにコロバスを焼いた。
突然火が点いた仲間に驚くコロバスたちをよそに、モーグが走り出した。
崖は登れないようで、俺たちが辿ったルートと同じく横にまわりこんで登ろうとしている。
これを狙って、俺たちはわざわざ崖の前を通ってここまで登ってきたのだ。
今度は起き上がりながらコッキングして、走って来るモーグを狙う。
距離は30mを切った。座り撃ちの体勢になったが、外す距離じゃない。
引き金を引くと、驚いたことにモーグは横に避けようとした。それにより、頭を狙ったはずが後ろ足で火の玉が爆ぜた。
モーグが悲鳴をあげてのたうち回る。無力化はしたが生きている。
追撃のためにコッキングする俺の横をレベッカが走り抜けた。俺がSSRを構えるより早く、レベッカの剣がモーグに振り下ろされる。
動かなくなったことを確認する間もなく、レベッカが「来るよ!」と怒鳴る。
コロバスの方を見ると、2匹がモーグと同じルートで走っている。
残りの1匹は直接崖を登ろうとしていたので、上からのぞき込んで撃った。コロバスの断末魔を聞きながら90度転がり、横を向きながらコッキング。
コロバスの足はモーグよりも遅い。走っている背中に向けて1発。少し遠かったからか、ギリギリで外れてしまった。
コッキングしているうちに崖上に来たので、今度こそ胴体に当てて炎上させる。
最後の1匹はレベッカが待ち構えているの見ると、走りながら武器を振り上げた。俺は息を吐いてから木の仮面を狙い、引き金を引く。
火炎弾はコロバスの仮面を燃やした。
「これで全部、倒せたかな」
「うん、うん、やったよ。すごいよハイダクト!森林警備隊でも一度にこんな沢山倒せる人は3人くらいしかいないよ」
「隠れずに向かってくる相手に当てるだけだから、そこまで難しくないよ。……って普通の武器で一度にモーグいれて5匹倒せる人がそんなにいるの?すごいな森林警備隊」
「うん。あいつらしぶといから、矢の1・2本当てたくらいじゃ全然動くの。頭を潰すのが一番なんだけど、それが難しくて」
やっぱりGじゃないか。
「ちょっと気になったんだけど、あいつら仲間が倒されても気にしてないよな。普通は何かあるかもって警戒するもんじゃないか?」
狙いやすいのいいんだけど、単発のエアコッキングライフルだと外した時に後がなくなって怖い。
ビビって戸惑ってくれるほうが、落ち着いて狙えるんだけど。
「コロバスは警戒なんてしないよ。怖がっているところなんて見たことない。足を止めるのは標的を探してる時くらいかな」
「あいつら二足歩行してるのに、なんで動物よりも猪突猛進なんだよ」
「うーん。あ、そういえば先生が『コロバスは数が多いから、個としての死を恐れない』とか言ってたわ。つまりそういう事じゃないの?」
なんかますます昆虫じみてきたな。1匹の女王が卵を産んでコロニーを形成してるとかじゃないだろうな。
倉庫から水を出して手渡すと、レベッカはゴクゴクと飲んだ。俺も自分の分を取り出して飲む。緊張してたのか、けっこう喉が渇いていた。
レベッカの街に行く前に、ここの後片付けをした方がいいだろうか。
なんて考えていたら、小屋の方からガラガラという聞き覚えのある音が響いてきた。
「ええと、レベッカさん。今の音って、森林警備隊が来てくれたとかの可能性は……」
「森林警備隊だったら知ってる罠を踏むはずないよ。コロバスたちがまだ来るんだよ。しかも、こんどはちょっと多いみたい」
俺は苦い顔をしながら、ガラガラと鳴り続ける音を聞いていた。
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