第3話 ショップと料理と体調不良
せっかく森から出れたと思ったら、レベッカはまた森の中に入って行った。道はこっちに続いているらしい。
俺には分からない森の道を、レベッカは知り尽くしているようだった。彼女の後をついていくと不思議なほど楽に歩けている。
「あーしはこれでもフォリシア森林警備隊だからね。ここの道は何度も通ってるし、夜でも歩いて帰れるよ」
「それはすごいな。そういえば街まであとどのくらいかかるかな?」
「このペースだと明日には着けると思うよ。もう少し行けば採掘場があるから、そこで今日は休もうね」
「そっか、今日中は無理だったか。……もしかして、レベッカひとりだったら今日中に帰れてた?」
だとしたら申し訳ないことをしたかな。方向だけ教えてもらえたなら先に行ってもらってもよかったのに。
「気にしなくていーよ。森で迷っている人がいたら、助けるのも森林警備隊の仕事だし。それにあーしも今ちょっと足が痛くて、そんなに速く歩けないからちょうどいいし」
そう言ってもらえると気が楽になる。
「え、足が痛いの?ぐねったとか?」
「ううん?さっきのコロバスの矢を食らいすぎちゃったみたい。だからハイダクトが弓使いを引きつけてくれてホントに感謝してるよ」
「それはもういいって。それより、ケガしてるなら治療しないと。どこかすぐに休める所はない?」
「まだ大丈夫だってば。採掘場まで行けば誰かいるかもだし、小屋もあるからそっちの方がいいよ」
レベッカはそう言って、どんどん先へと行ってしまった。
案内してくれる彼女がそう言うなら、俺としてはついて行くことしかできない。
彼女はその後はめっきり口数が少なくなった。
機嫌を損ねてしまったのかと思ったが、荒くなった呼吸が俺の耳にも届いてきた。
やっぱりすぐに休んだ方がいい。そう言おうとした時、森の終わりが見えてきた。
「あった。採掘場が見えてきたよ」
レベッカは明るく言ったが、さっきよりも声に力が入ってない。
「肩を貸そうか?」
「だいじょぶだって。それよりも晩ご飯用意できそうにないから、自分でやってもらっていいかな?あーしは干し肉あるし、気にしないでいいからね」
「いやいや、ここまでしてもらったんだから、晩ご飯は俺が用意するよ。レベッカは休んでて」
「そう?でも無理はしないでいいからね」
レベッカは微笑んでいたが、かなり疲れているように見えた。
採掘場は切り立った崖の下にあった。その崖は石を切り出した結果できたものらしく、階段状になっている部分があった。
そんな採掘場の手前に、木で作られた大きめの小屋が建っていた。
レベッカに続いて中に入ると木の匂いがした。天井に煙り出しの穴があるから、空気の循環はよさそうだ。
「誰もいないみたい。もうここでいっか。ごめん、あーし、ちょっと寝る」
レベッカは入ってすぐ横にある談話スペースに積み上げられているソファらしきものの上に倒れ込んだ。
心配になって近寄ると、もう寝息を立てている。
傷の様子を確認したいが、無理に起こさない方がいい気もする。
小屋の中を調べ、大きい布を見つけたのでレベッカにかけてやる。
ここは休憩所として作られているようで、雑魚寝するためのスペースがいくつかあった。
料理は外でやっていたようで、竈らしきものが窓から見える。
小屋の倉庫には調理道具と薪はあったが、食料は見つからなかった。
なので鍋と薪を持って竈へと向かう。
薪を組み、近くの森から持ってきた木の枝と枯れ葉を隙間に入れる。
マッチでいいかと思ったが、今後も使うかもしれないのでファイアスターターの方がいいかもしれない。
携帯端末を取り出し、Wマーケットで栄養がありそうなものを探す。
鶏卵と、牛乳と、あとは食べやすさを考えておかゆ辺りがいいだろうか。
検索するとレシピも見つかったので、それを見ながら食材を追加で購入する。
レシピを見ながらリゾットもどきを作る。
水を入れすぎたのかシャバシャバになってしまったので、次は水を減らしてやってみる。
ようやく美味しそうなのができたと思ったら、いつの間にか周囲が暗くなり始めていた。
鍋を2つ持って小屋に戻ると、ごそごそと音が聞こえた。
「いい匂いがする」
レベッカが寝床で横になりながら干し肉をくわえていた。
「おかゆを作ったんだけど、食べられるよね」
「食べる」
そうは言ったが起きるのが辛そうだ。
「横になってていいから。皿に移すの待ってて」
とりあえずレベッカ用のリゾットを皿に移して持っていくと、ベッドに座って手を伸ばしてきた。
「熱いから冷ましながら食べてくれ。コップに水入れて持ってくるから……」
「熱っ”」
「言ったそばから!」
携帯端末から2Lペットボトルを取り出す。キャップを開けて渡すと、そのままゴクゴクと飲んだ。
「びっくりした。熱いから冷ますね」
「待った。水を、入れるな」
皿に水を入れようとするのを慌てて止める。せっかく味を調えたのに、台無しになるじゃないか。
「ふーふー吹いて冷ましながら食べるんだよ。弱ってるんだから、よく噛んで食べるんだぞ」
「お腹減ってるのに」
文句を言いながらも息を吹きかけて冷まし、スプーンを口に入れる。
その途端、眠たげだった目が見開かれた。
「何コレ、この、何?」
「おいしくできたろ?コショウとかすごく高かったんだから、よく味わって食べてくれよ」
今回の料理で一番高額だったのは、間違いなくコショウだった。
塩がキロ単位で買えたから同じくらいの値段のものを選んだら、コショウ瓶の大きさが小指くらいしかなかったのでびっくりした。
地球でも昔は黄金と同じ価値があるとか聞いたことあるけど、この世界でもそれと同じなのかもしれない。
自分の分は水分多かったのもあって、味がボケボケになってしまった。
レベッカのはその反省を生かしているので、割と自信作である。
「おかわりちょうだい!」
なんて考えている間に、皿によそった分が無くなってしまったようだった。
レベッカは結局、俺の分であるしゃばしゃばリゾットも半分以上食べてやっと満足してくれた。
不出来な方も美味しいと言ってくれたので、作り手としてはうれしかった。
「お礼にこの干し肉をあげる。ありがとね」
「あ、ちょっと待って」
再び寝ようとしたのを止めて、さっき購入しておいた錠剤を渡す。
「原因は傷から来る感染症だろ?それは抗生物質だから効くはずだ」
「かんせん……こーせーぶっしつ。コレって薬なの?……まあ、いっか」
レベッカは錠剤を口に放り込むと水で飲み下した。
「苦くない。これいいね」
「後は体力勝負だろうから。しっかり寝て。俺は向こうの部屋で休むから」
「ハイダクト、こっちで寝て」
「えっ?」
レベッカは手を伸ばして向かいにあるソファを指さしている。
「やっぱりダルいし、近くに誰かいてほしい。ダメ?」
体調不良のせいで不安になっているのだろう。俺も経験があるからわかる。
ケガの炎症が原因の熱だから、俺にうつる心配はない。その方がよく眠れるなら、その方がいいだろう。
「わかった。じゃあ俺もここで寝るよ。でもその前に食器洗ってくるから」
「うん。おやすみ」
レベッカは目を閉じると、またすぐに寝付いたようだった。
・・・
この休息小屋に、水道のようなものはなかった。その代わりなのか、大きな樽の中に水がくみ置きされてある。
何日前からあるのか分からないので料理には使わなかったが、洗い物には使ってもいいだろう。
それにしてもコレ、もしかして川から汲んでくるんだろうか。
洗い物を始めた段階で日が暮れて、終わると真っ暗になっていた。
空には大小二つの三日月が浮かんでいて、異世界だということを改めて認識させられる。
月のおかげで手元くらいは見通せる。片付けを終えて小屋に戻ると、レベッカの向かいのソファに腰掛けた。
レベッカはすうすうと寝息を立てている。
少し心配になったので、簡易健康診断アプリをダウンロードしてカメラ越しにレベッカを見てみる。
熱は38度あるが、経過観察を推奨していた。
頼れるものがこの携帯端末しかないのが心細いが、俺には医学知識が無い。だからとりあえず信じるしかないだろう。
ソファに横になり、布団代わりの布をかける。
レベッカのこととか、俺のこれからとか、心配事はいくつもある。
どうすればいいか考えようとしたが、これまでのことで疲れていたのか、いつの間にか眠りに落ちていた。
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