第2話 初戦闘。助けた者と助けられた者

パパパパパパッ!っと軽快な音を立てて、0.25g弾が発射される。

距離は50mは離れているが、風の無い森の中なら狙えばだいたい当たる。


生成分解プラスチック製の弾が弓持ちに命中し、痛そうな音を立てた。

弓持ちは魂消るような叫び声を上げ、何事か理解できない言葉をわめきながら矢を射ってきた。

ただし方向はデタラメだ。


木の裏から様子をうかがっていると、他の蛮族となにやら言い合いをしているようだ。

こちらの方を気にしながらもまた女性達の方へ向けて弓を構えたので、また同じように引き金を引く。


連射した弾の1つが指に当たったのか、悲鳴を上げて矢を落とした。


弓持ちの蛮族は怒りの声を上げながら再び矢をつがえると、こっちへ向けてデタラメに矢を射かけはじめた。

木の裏でしゃがんでいると、そのうちの一本が隠れ射ている木に命中した。

だがさらに別な方向へ向けて射ているので、バレたわけではなさそうだ。


矢が止んだようなのでチラッと覗くと、剣に持ち替えて振り回しているのが見えた。

近くの藪を切り裂きながら威嚇し、こっちへ向かって歩いてきた。

場所はバレていないなずだ。

だが近くへ来られたら、いつまでも隠れ続けるのは無理だろう。少し歩けば藪に絡みつかれるから、音を立てないわけがない。


離れている今のうちに弾倉を新しいものへ交換する。

至近距離で全弾撃ちこめば、大きくひるませるくらいできるだろう。


AK47エアガンを抱えながら蛮族が近づいてくるのを待つ。

威嚇しながら枝を払い、足音を立てて近づいてくるので場所は簡単にわかる。

運の悪いことにこちらに向かっているようだ。

心拍数が上がってくるのを感じ、深呼吸をくり返す。

目標距離は10m。そこまできたら全弾撃ち込み、撃ちきったら逃げる。


手順を確認しながらその時を待つ。

あと20m・・・・・・15m。


意識して深呼吸しながら、心の中でカウントダウンを始める。

5,4,3,2,


いつでも飛び出せる体勢で待ち構えていたその時、蛮族の向こうからさらに大きな音が聞こえてきた。


「オオオオオ!いっけぇ!!」


ズドンッ!と音を立てて、何かが木に叩きつけられた。

木の葉が舞い、数秒遅れて血の臭いがただよってくる。

ゆっくり木の向こうを覗いてみると、蛮族が剣によって木に縫い止められていた。


あまりの光景に固まったが、蛮族がまだ生きていることに気付く。

もう戦える状態ではなく、苦しそうにうめいている。

放っておけばそのうち死ぬ?いや、生命力が強いから、長い間苦しむことになるだろう。

蛮族の仮面の内からのぞく力強い目が、その予測を裏付けてくる。


【救え】


その言葉が脳裏をよぎる。

この蛮族さえ救う必要があるのか?

長く続く苦しみから解放することが、今の俺がやるべきことだと言うのか。


【救え】


やらなければならない。

そんな想いが胸の奥を炙りはじめる。


携帯端末マイ倉庫からサバイバルナイフを取り出し、右手で握る。

狙うのは首。


蛮族は自由になろうと、あるいは俺を攻撃しようと両手を振り回している。


これを、殺す?俺が?

相手は生きていて、元気に――重傷に見えるが――力強く動いている。

人ではないが、人によく似た生き物を、俺が殺すのか?

やらなければならない、でも、どうすればいい?


【救え】【救え】


分かっているはずなのに、手が、足が動かない。

目の前を蛮族の手が通り過ぎ、思わず一歩下がってしまう。


ためらっていると、背後から飛んできた矢が蛮族の頭を仮面ごと貫いた。

矢が飛んできた方向を見れば、茶髪の女性が弓をもって近づいてくるのが見えた。


ゴーグルの縁に汗がにじんで気持ち悪い。思った以上に緊張していたようだ。

フルフェイスマスクを持ち上げて腕でぬぐう。

森の空気は涼しく、少し気分が落ち着いた。


女性は近くまで来ると弓をしまい、手のひらを向けてひらひら振ってきた。


「だいじょぶ?ケガしてない?」


「ありがとう。助かったよ」


「いいっていいって。それよかソイツ引きつけてくれてたのってキミでしょ?マジ助かったから、お互い様だよ」


とてもフレンドリーな人だ。というか、近くで見ると思ったよりも若く感じる。

身長は俺と同じくらいあるけど、もしかしたら10代なのかもしれない。


彼女は蛮族から矢と剣を引き抜くと、それがまだ使えるか確かめているようだった。

地面に落ちた蛮族は、もう動かない。

俺が殺さなくて済んだという安心感と、彼女に殺させてしまったという罪悪感が入り混じっている。


「ところでキミ、どこの人?見たことない服だけど、何かトラブってたりする?」


「えっ、ああ。トラブルといえばそうなのかな?気付いたら森の中にいて、どこへ行けばいいか迷ってたんだ。できれば人がいるところを教えてもらいたいんだけど」


「やっぱりそうだったんだね。ちょうど街に帰るところだったから、一緒に連れていってあげよか?」


「いいのかい?助かるよ」


自分で言うのもなんだが、今の俺はけっこう怪しい格好をしてると思うのだが。

サバゲ用のゴーグル付きフルフェイスマスクをまた付けようとしたら、するどい視線を向けられた。


「それ、被らない方がいいよ。コロバスと間違われるし」


コロバス?さっきの蛮族のことだろうか。あいつらは顔を覆う仮面を付けてたし、言われてみればフルフェイスマスクだと間違われてもしかたないだろう。


たしかこのゴーグル付きフルフェイスマスクは、ゴーグルと分離できたはずだ。

カッチリ嵌まっている部分をあれこれいじくって、なんとかゴーグルだけ取り外す。


「ゴーグルだけならどうだろう?」


「うん、大丈夫。でもそれ必要?」


「サバゲーやるなら必須なんだよ。ルールでそうなってる所も多いし、それに木の枝とか小石とかも防いでくれるからあった方がいいんだ」


「サバゲ?」


「あー説明が難しいなあ。とにかくそういう名前の遊びがあるんだ。そういや、まだ名乗ってなかったね。俺の名前は灰田空人はいだあくと。よろしく」


女性はなぜか、きょとんとした顔をしている。

顔立ちが整っているうえに目の周囲に赤くラインを引いているので、圧が強い。かわいい女の子がそんな目でじっと見てくるのだから、少し居心地が悪くなってくる。


「ええと、言葉通じてるよね?」


「あ、うん。だいじょぶだいじょぶ。あーしはレベッカ。よろしくね、ハイダクトさん」


「あー、いや。灰田は名字で空人は名前なんだけど」


「みょうじ?」


もしかして名字が無い文化の人たちだった?


「ええっと、そうだ!たしかみやこの貴族たちが名前の前にあれこれ付けてる長ったらしいやつだってヴィオラちゃんが言ってた。ってことはハイダクトって貴族の人だったりするの?すごいすごい!」


「いや違うけど」


「そうだよね。みょうじ長くないもんね。どうして?……あっ、わかった!貴族失格だって言われて名字削られて都から追放されちゃったんでしょ!ハイダクト可哀想」


「勝手な妄想膨らませて流れるように哀れんでくるね?」


「都の貴族って陰謀とか裏切りとか毎日やってるんでしょ?大変だったね。でももう大丈夫だよ。あーしたちの街はみんないい人ばっかりだからね。ハイダクトもきっと楽しくやっていけるよ」


「やだ都こわい。そんな話どこで聞いてくるの」


「ドナウ商会さんだよ。都で流行っている話をいろいろと教えてくれるんだ。今のトレンドは追放モノなんだって」


この世界にもそういうジャンルの話があるのね。

創作は現実とは違うということを、教えてあげるべきだろうか。


「追放された人はみんな理解されてないだけで、実はすごい力を秘めているんだよ。だからハイダクトもきっとすごい力を持っているんだよ。大丈夫、いまはまだそれが見つかってないだけだよ。だから元気出して」


「……違うけど、もうそういうことでいいや。街まで連れて行ってください。よろしくおねがいします」


「任せて!いろいろ頼ってくれていいからね」


そういうことになった。

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