第21話 帰郷(物理)

「いやー、まさかいきなり追い返されるとは思わなかったよ」


 エルフの里、シルファリアへと続く道を守る門番エルフによって、私の帰郷は妨げられてしまった。

 ここまでハッキリ拒絶されるなんて、正直予想外だ。


「私がいたから……?」


「それは違うから、心配しないで」


 クラーレが不安そうに呟いた言葉を、私はハッキリ否定する。

 あの門番はあくまで"私を"中に入れたくないって主張して、ラチナにもクラーレにも目もくれなかったから。


「マスター、どうしましょう? 里に入らなければ、神樹には近付けないのですよね?」


 そうなのだ。

 神樹は里の中にあり、里は神樹の力を借りる形で巨大な結界魔法が常時覆ってるから、里に入らないことには神樹に近付けない。


 ……普通なら。


「まあ任せてよ。ぶっちゃけ、シルファリアの結界に穴を空けるのってそう難しくないから、どこからでも侵入出来るよ」


「……マスター、それはエルフにとって相当マズイことなのでは? 黙ったままでいいのですか?」


 エルフの里を守る絶対防御結界の穴なんて、実際他の誰かにバレたらめっちゃくちゃヤバいことなんだけど……まあ、大丈夫だろう。


「十年位前にちゃんと報告してるよ。植物魔法を使う前提な上に、エルフの中でもそれなり以上に魔法が得意な人じゃないと突けない穴だからって、放置されたけど」


「…………」


「平和ボケ……」


 無言のラチナの後ろで、ボソっと辛辣な言葉を口にするクラーレ。

 いやまあ、実際エルフは過去数百年戦争らしい戦争を経験してない種族だから、その通り過ぎて何も言い返せないんだけども。


「門番の近くでやったら流石にバレちゃうから、少し離れたところでやるよ。こっち来て」


 ラチナとクラーレを連れて、ぐるりと結界を回るようにその場を離れる。

 周りに誰もいないところまでやって来たところで、私は結界に手を触れさせた。


「ふぅー……」


 あまり一気に抜けようとすると、中にいるエルフ達にバレちゃうから、ゆっくりと慎重に魔力を浸透させて……。


「《開け》」


 結界に穴を穿ち、通り道を作る。

 ものの十秒程度で穴が空いたことに、クラーレは呆然とした表情を浮かべた。


「……エルフって、それでいいの……?」


 良くはないと思うよ。


「流石はマスター、ということでしょう。行きますよ」


 ラチナはもう、私がすごいってことで納得したらしい。

 そうじゃないんだけど、否定すると故郷のみんなの安全意識が終わってるという事実に頭を抱えたくなるから、もうそれでいいや。


「……ここが、エルフの里……」


 そんなこんなで、三人で里の中に入ると……クラーレが、その景色を見て感嘆の声を漏らす。

 私にとっては慣れ親しんだ故郷でしかないけど、クラーレにとっては初めて足を踏み入れる未知の場所。よっぽど物珍しいんだろうな。


 実際、並び立つ木々がそのまま家になっているかのようなエルフの町並みは、人の町に慣れ親しんでいる人ほど奇妙に映るだろう。


 逆に、ラチナは私の知識がベースになっているからか、初めて来るはずのシルファリアにもあまり感動はないみたい。


 いや、そもそもラチナが何かに感動しているところは見たことないんだけどさ。


「それじゃあ、このまま真っ直ぐ神樹様のところまで行こっか。見付かっても面倒だし……って、あれ?」


 そう思って、二人を連れて里の奥へ向かおうとするんだけど……そんな私を、エルフのみんなが取り囲んでいた。


 おおう……もうバレた。

 さっき一度私を追い返した門番エルフが前に出て、集まった人達を代表するように口を開く。


「甘いぞ、エリア。お前なら追い出したところで結界に穴を空けて入って来ることは予想出来ていた……それを見越した警報魔法を結界に仕込んでおいたのだ」


「そこまでする……? というか、そんな魔法仕込む手間があったら、あんな簡単に穴が空かないように結界の魔法陣を見直そうよ」


「穴を一つ塞いだくらいで、お前が止められたら苦労はない!! というか、あんな複雑な植物魔法でしか破れない結界を普通は穴とは言わんのだ!!」


「えー……」


 簡単だと思うんだけどなぁ。


「とにかく!! お前をこれ以上里の奥に行かせるわけにはいかない!!」


「そう言われても、私はどうしても神樹様のところに行かないといけないんだけど。今はもう穀潰しでもニートでもないんだから、入れてくれてもいいんじゃない?」


「ダメだ!! もしそれ以上言うのなら、実力行使も辞さないぞ!!」


「えぇ……?」


 基本的に平和主義で、狩りはしても暴力は大嫌いなエルフが、どうしてそこまで私を里に入れたくないのか。


 しかも門番だけでなく、他のエルフ達も同じ意見なのか、険しい表情を浮かべていた。


 ……特に嫌われてた覚えはない、というか名前も覚えてないくらいに関わりが薄かったんだけど、どうしてそこまで? ここまで来ると不自然過ぎる。


「それが、里長の最後の願いなのだからな!」


「……最後?」


「あっ……」


 口が滑った、とばかりに、門番エルフが慌てて口を押さえる。

 でも、今更黙ったところでもう遅い。聞き捨てならないその言葉の真意を確かめるため、私は魔力を練り上げていく。


「あんまり言うなら帰ろうかな、って少し考えてたんだけど……気が変わったよ」


 魔法の技術はまだ未熟、って自認してるけど、魔力量だけならエルフ族でも随一なのが私だ。


 そして……錬金術はまだしも、戦闘魔法に関しては魔力量が一番重要な指標になる。


「力尽くで押し通る。あんまり邪魔すると、怪我するよ」

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