第20話 エリアの帰郷

 クラーレの毒が、他の物質と反応してその性質を変える新種の毒であることが分かった。


 その謎を解き明かすため──


「ふぅ〜、久しぶりに森に入ったなぁ。こんなに歩くと疲れちゃうよ」


 私は今、ジャングルの奥地……もとい、エルフの森に帰って来ていた。


 理由は単純、クラーレの毒を調べるのに、この森の素材……もとい、神樹様の枝がどうしても必要だと判断したからだ。


 途中までは、トンボイの力も借りて移動して来たんだけど、流石に木が生い茂る森を踏破するにはサイズが大きすぎるので、森の手前で店に戻って貰った。


 帰る時は、主従契約の繋がりを使ってヘイタクシーって感じで呼び出せるので問題はない。


「これからは、たまには運動しましょうか、マスター」


「うっ、それはちょっと……ほら、今はクラーレのこともあるし、ね?」


「……ごめんなさい」


「いや、クラーレを責めてるわけじゃなくてね!?」


 旅のお供は、ラチナとクラーレの二人だ。

 アイビー達は、動力の関係でお店から離れられないし、店番も必要だからね。

 本当は、ラチナもアイビー達と一緒にお店の方を任せたかったんだけど、どうしても私と行くって聞かなかったんだ。


 まあ、ポーションの在庫はまだあるし、無くなったら無くなったで臨時休業ってことにすればいいだろう。

 最近お客さん来すぎだったから、ここらで減らすのも悪くない。


「……うん、ごめんなさい」


 そんなわけで、後顧の憂いはほぼない状態でここに来たんだけど、出発してからずっとクラーレはこの調子だ。


 どうも、自分のためだけにこんな風に遠征までされることに戸惑ってるみたいだ。


 これまでどういう扱いをされて来たのか、この反応だけで大体察せられるよね。


「……彼女は本当に、このまま普通に暮らせるようになるのでしょうか?」


「うん?」


 そんなクラーレに聞こえないような形で、ラチナが話し掛けてきた。


 どういう意味かと首を傾げる私に、ラチナは更に言葉を重ねる。


「いくらマスターに保護されたとはいえ、彼女は元暗殺者です。事情があるとはいえ、幾人もその手にかけていることに違いはないでしょう。その罪は、力が制御出来るようになったからと無くなるものではないはず。世間的にも……彼女自身の心からも」


 ラチナの意見に、私は正直驚いた。


 いくら私の知識ベースがあるとはいえ、そこまで世間体とか人の心の機微を想像出来るようになるなんて。


 成長してるんだなぁって、生みの親としてちょっと感慨深くなる。


「確かにそうかもね。一生罪の意識を抱えて、周りからも批難されて、苦しむことになるかもしれない。これから先、クラーレがその力で何万人救ったとしても……それで過去が無くなるわけじゃないから」


 だとしても、と。

 私は、ラチナに持論を述べる。


「罪が消えないからって、償いの機会が無意味になるわけじゃないはずだよ。少なくとも……クラーレが未来の全てを奪われなきゃいけないほど悪いことをしたとは、私は思わない」


 クラーレの事情も、これまでどんな事をしてきたのか、どんな組織にいたのか……既に聞き取りは済ませて、クラーレ自身に関することは上手いことボカしながらノーキンさんにも共有してある。


 まだ十歳という幼さで、その力のせいで故郷を追われて、唯一拾ってくれた組織が暗殺組織だったとして……私がクラーレと同じように人を殺さずにいられたかというと、自信はないし。


「だから私が、クラーレに新しい未来の形を創ってあげるんだ。大丈夫、きっといつか、クラーレも過去を乗り越えられるよ。人生は長いんだからね」


「……マスターは、本当にお優しいですね。流石はマスターです」


「うんうん……うん?」


 今、なんかマスターって言葉に妙なニュアンスが込められてたような……気のせいかな?


「それで、神樹の枝がその未来を作るのに必要となるわけですね」


「そういうこと。クラーレが無自覚に垂れ流してる毒は、金属類より生物の方が効きにくい特殊な毒だし、神樹様の枝なら相当耐えられるはず。魔力との親和性も高いから、クラーレの毒を無毒化する実験媒体としては、この上なく最適ってわけだよ」


 現状、私が考えてるのは、クラーレの体内魔力を事前に宿したアイテムに、クラーレが放出する魔力を吸収する機能を付けて、両者の魔力を中和させる方法だ。


 こうすれば、クラーレが周りの物に触れたり、町に足を踏み入れても周りを迷惑をかけず、普通の子供として過ごせるようになるはず。


 加えて、これが上手くいけば、クラーレの毒を無毒化した状態で長期保存しながら、色んな実験に利用することも出来るだろうし。


 クラーレのためにも、私自身の錬金術研究のためにも、神樹様の枝は何としても回収したい素材だ。


「しかし、マスターは一度里を追い出されているのですよね? そう都合よく帰れるのでしょうか?」


「大丈夫大丈夫、今の私は自立してちゃんと稼いでるし、帰ったと言っても神樹様の枝を分けて貰いに来ただけだからね。里のみんなに追い返す理由なんてないよ」


 そんな風に笑いながら、私はラチナとクラーレを伴い里へ向かう。


 何なら、立派になった私を大喜びで迎えてくれるかもな〜、なんて、呑気な予想を立てながら歩いていくと……。


「ダメだ。何があっても、決してエリア様を里に入れるなという里長からの命を受けている。悪いが、帰って貰おう」


「…………へ?」


 その一言で、里に一歩も入れて貰えないまま追い返されてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る