第19話 毒の特徴
クラーレの毒に強い耐性を持つ物質を見付けて、それをベースに魔力吸収の魔法効果を付与したアクセサリーを作る。
そうすれば、無自覚に垂れ流される魔力で周囲の物を壊したり傷付けたりすることもなくなるだろう。それが第一目標だ。
……そう思ったんだけど。
「おお〜……なかなか難しいね、これは」
実験のために持たせたネックレス……だったものを見て、私は瞳を輝かせた。
魔力を吸収する魔石、その周囲に配置した金属類はもちろん、ベースに使ったミスリルさえも、少しだけ溶かされている。
流石にドロドロに溶けるなんて事態にはなってないんだけど、まさかミスリルでも完全に防げないなんて……これはとんでもない毒だよ。
「逆に、ミスリルを溶かすほど強力なのに、魔石とか他の金属類への腐食ペースはそこまで早くないんだよね。不思議〜」
「マスター、楽しそうにしているところ申し訳ありませんが、クラーレが落ち込んでいますので、少しばかりフォローした方がよろしいかと」
「へ?」
私がクラーレの毒がもたらした結果を嬉々として諳んじていると、当のクラーレは実験室の隅っこで座り込み、暗い雰囲気を纏っていた。
どうやら、本当にミスリルを溶かすほどの猛毒だったことから、やっぱり自分なんてと自己嫌悪に陥ってしまったらしい。
え、えーっと。
「元気出して、クラーレ! まだ調べ始めたばっかりだから!」
「もう……いっそ殺して。出来るだけ痛くない方法で……毒殺とか、私に相応しい末路だと思う……」
「毒殺ってかなり苦しいんだよ!?」
「……そうなの?」
「そりゃあ……うん?」
クラーレの反応を見て、私はふと思った。
今の口ぶりからして、クラーレは自分の毒で人を殺した経験はほぼないんだろう。
でも、そんなことあり得るだろうか? ほとんど制御が効かず、常時垂れ流しの猛毒なのに。
いくら自分の意思で放出する機会がなかったとしても、誰も殺さずにこの歳まで生きていられるものなのかな?
そもそも、ミスリルすら溶かす猛毒の魔力が体内を常時流れてるのに、クラーレ自身には特に病的な印象はない。何らかの理由があるはずだ。
でも、クラーレの肉体は、角以外は普通の人間と何も変わらないって結論が出てる。
それなら、クラーレと他の生物で異なる点は……。
「え、ええと……?」
「クラーレ、ちょっと髪の毛を一本……いや、二本貰える?」
「う、うん」
クラーレの髪を分けて貰い、私も自分の髪を一本抜く。
用意するのは、四つ。
一つは、私の髪そのまま。
もう一つは、クラーレの髪そのまま。
更にもう一つが、ミスリルを変形させて髪の毛くらいの細さにした物。
そして、最後の一つが……私の魔力で、クラーレの魔力を全て追い出した後の、クラーレの髪だ。
その四本をテーブルの上に並べると、私は半ば融解した魔石から、クラーレの魔力を解放し、一気に浴びせかけた。
すると……。
「ふふ、面白い」
まず真っ先に溶けたのが、ミスリルの糸。
普通に手に入る中では最高の魔法金属が、ただの髪の毛より早くダメになるなんてね。
そして次に、ほぼ同時に溶けたのが私の髪と、私の魔力を注ぎ込んだクラーレの髪。
クラーレから抜いただけの紫の髪は、全く溶けなかった。
「……? 何が面白いの?」
「この結果で、クラーレの諸々の問題への解決策が見えたからだよ」
「え……!?」
驚くクラーレに、私は一つずつ説明していく。
まず、クラーレが無意識に垂れ流す魔力は、特に金属類……無機物を中心に溶かす力があるということ。
そして、クラーレ自身の体が溶けずに無事でいられるのは、クラーレの“体内”魔力が、“体外”魔力に対する解毒剤の役割を果たしている可能性が高いこと。
「体の外と、中で、魔力が違う……?」
「あんまり例がないけど、魔力そのものが毒物になってるって考えればありえない話じゃないよ。何の変哲もない物質が、同じく何の変哲もない物質も合わさった瞬間、とんでもない毒性を発揮するなんて珍しくもないからね」
一番可能性が高いのは、空気かな?
クラーレの魔力が外気に触れた瞬間から毒性を発揮し、クラーレ自身は体内の解毒魔力によって守られてるんだとすれば、辻褄は合うし。
そんな仮説を立てていると、なぜかクラーレはみるみる表情を曇らせていく。
「じゃあ私は……人を傷付けながら、自分だけは傷付かないように守ってる、ってこと……だよね……」
「? それの何が悪いの? 自分が大切なんて、誰でも一緒だよ。むしろ、これは凄いことだよ! 普通の毒魔法使いじゃ出来ないことが、クラーレには出来る!」
「え……?」
魔法による毒は、あくまで魔法の力で既存の毒という“現象”を再現しているだけだ。
新種の毒を生み出したりは出来ないし、生み出した毒を他の物質と混ぜて薬に変える……みたいなことは出来ない。
それは毒魔法じゃなくて、錬金術の領分だからね。
でも、クラーレの毒は、魔力というエネルギーが、そのまま毒になったり薬になったり、様々な形に変異している。
それを解析すれば、今までにない新しい薬や技術が誕生するかもしれない。
「クラーレの力は、これからたくさんの人を救うかもしれない夢の力だよ! 自信持って!」
「っ……冗談も、ほどほどに、して……」
本気で言ってるんだけどなぁ、と頬を膨らませ、不満な気持ちを態度で表す。
そんな私に、クラーレは小さく呟いた。
「でも……もしそうなったら、嬉しい」
「ふふっ、じゃあもっと実験頑張らないとね!」
「……うん」
そう言って頷くクラーレの表情は、これまでと違って少しだけ柔らかなものになっていて……。
ちょっとは心を開いてくれたのかなって、そう思った。
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