第22話 会えなかった理由

「──どりゃあ!!」


「ぐわぁぁぁ!?」


「エリア、やめろ、止まれぇぇ!! ……ぐはぁ!?」


 エルフ達の包囲網を強引にぶち破った私は、神樹様の根元にある大聖殿……私の実家に戻ってきた。


 里長は神樹様を祀る巫女と守り手の一族だから、大聖殿が家なんだよね。


 ちなみに、私の大暴れによって周囲は倒れたエルフ達が積み上がり、死屍累々。

 クラーレもドン引きしていた。


「生きてる……?」


「そこはちゃんと手加減してるよ。一時間も寝てればちゃんと治るから大丈夫」


「流石はマスターです、あれほどの乱戦の中にあっても完璧な力加減を実現するとは」


 まあ、いくら理由も言わずに私を追い出そうとしてる不届きな連中といっても、こんなのは知り合い同士の喧嘩みたいなものだからね。こんなことで怪我するなんて馬鹿らしい。


 馬鹿らしいのに……やけに必死になって私を止めようとしていたのが気にかかる。


「行こう」


 大聖殿に足を踏み入れると、ここを管理するエルフ達がざわつき始めた。


 外の連中はまだしも、ここの人達は私のお世話もしてくれてたから、ちゃんと顔も名前も覚えてる。


 だからか……その中の一人、私の専属侍女だったメイディが、諦めた表情で私の前にやって来た。


「お久しぶりです、エリア様。……どうぞ、こちらへ」


「…………」


 その神妙な顔付きを見ると、あまり気分の良い話じゃないんだろうってことは容易に察せられる。


 メイディに促されるまま、私はラチナやクラーレと一緒に大聖殿の奥へと向かう。


 やがて辿り着いたのは、他の部屋とは隔離された、“病人”を休ませるための場所。

 そこに、ほんの少し前に私を威勢よく追い出していた力強さが見る影もないほどやせ細った、お父様の姿があった。


「ゴホッ、ゴホッ! ……エリアか、なぜ戻ってきた……見ての通り、お前はもう、養ってやれんぞ……この、出不精娘……」


「……何があったの?」


 くだらない冗談はスルーして、私は単刀直入に本題へと切り込む。


 私を追い出した時は、ちゃんと元気だった。病気もしてなかったし、その予兆もなかったはず。


 それに何より、お父様の顔や腕、胸のあたりに浮かんだ紫色の斑点模様……。


「毒だよね、それ。しかも魔力依存で発動する“呪毒”じゃない?」


「ふん……全く、お前相手に誤魔化しはきかんな」


 呪毒。それは、主に魔法によって付与される呪いの毒で、対象者の魔力を喰らう形で徐々に相手の体を蝕み、最期は死に至らしめるっていうタチの悪い毒のことだ。


 これの厄介な点は、自然界に存在する毒じゃないから、一般的な解毒薬やポーションの類が全く効かないところだろう。


 解毒するには、その呪毒の元となった魔法を解明し、一から専用の解毒魔法を組み上げるくらいしか方法はないとされている。


「お前を追い出した後、森にポイズンドラゴンが出現してな……守り手としての責務を果たすべく出陣したのだが……ふぅ、油断してこのザマだ」


「…………」


 お父様が油断なんてするとは思えない。

 どうせ、経験の浅い他のエルフを庇って呪毒を受けたんだろうね。


 ……あの門番エルフあたりかな? やけに必死だったし。

 まあ、想像でしかないし、誰だったとしても結果は変わらないけど。


「そのポイズンドラゴンは……その様子だと、倒しちゃったんだね」


「うむ……だから、この呪毒を解毒する方法は、どこにもない」


 呪毒を解毒するには、元となった魔法の解析が必須だ。

 でも、魔物が放つ呪毒は、たとえ同じ種族であっても微妙に個体差があって、解毒魔法は完全にその毒一つにしか効果が出ない。


 つまり、呪毒を放ったそのポイズンドラゴンが死んだ以上、魔法の解析による解毒魔法の開発は不可能だ。


 たとえ死んでも……ううん、死んだからこそ確実に、相手を殺す最凶の毒。だからこそ、“呪毒”なんて呼ばれてる。


「お前が、外で立派に独り立ち出来たなら、客の一人として様子を見に行こうと思っていたんだが……ふふ、これではもう叶わんな……ゲホッ、ゴホッ!」


「もういい、喋らないで」


「エリア、ロクな説明もなく追い出したりして済まなかった。ああでもしなければ、お前は一生をこの狭いシルファリアの中で浪費してしまうと思った……お前の才能は、もっと広い世界でこそ……」


「そんなこと、最初っから分かってる!! だから静かにして!!」


 お父様の言葉を遮り、力の限り叫ぶ。


 お父様が私のためを思って追い出したなんて、そんなの今更言われるまでもない自明のことだ。

 そうでなかったら、わざわざ伯爵に許可なんて取らなくても、着の身着のまま適当に森に捨てればいいだけなんだから。


「勝手にこれが最期のお別れみたいな空気にしないでよ。……お父様は私が治す、絶対に!!」


 そう叫んで、私はお父様に手を伸ばし……バチッ!! と強い衝撃を受けて、弾き返された。


 思わぬ事態に、目を丸くする。


「結界魔法!? ちょっとお父様、魔力が完全に無くなったら死ぬんだよ!? それなのにこんな魔法使うなんて、正気!?」


「こっちのセリフだこのバカ娘!! 今何をしようとした、言ってみろ!!」


「そんなの、お父様の呪毒を私の体にも感染させようとしたに決まってるじゃん!」


 この呪毒を生み出した元凶は、もうこの世にいない。

 だったら、呪毒そのものが、この世界に残った唯一の手掛かりだ。

 それを解析すれば、逆算する形で魔法を解明し、解毒魔法を生み出せるかもしれない。


 わざわざ自分に感染させようとしたのは、お父様の今の体力じゃあ、解析のための様々な実験に耐えられないと踏んだからだ。


「そういうところだ、そういうところ!! お前はすーぐに後先考えずに突っ走るから、こんな体で会いたくなかったのだ!! 私と一緒に死ぬ気か!? このバカ娘!!」


「一緒に生きるために必要なことなんだってば!! 大体、後先考えないのはお父様譲りだよ、このバカ親父!!」


 バーカバーカと、しばらく親子二人で不毛な罵り合いに終始する。

 やがて、どちらからともなくそれが終わった後、お父様は一転して落ち着いた声色で言った。


「これも、天命だろう。一足早く神樹様の御許に向かうだけだ、寂しがることはない」


「寂しくなんてない! お父様に追い出された後、私にだってたくさん仲間が出来たんだから」


「……その仲間、全部ゴーレムとか言わんよな?」


「大体ゴーレムだけど、そこは関係ないでしょ! ラチナ達だって立派な仲間だよ!」


 この期に及んで私の交友関係の狭さを指摘してくるお父様に、私は大きく溜息を溢す。


 そして、決意と共に立ち上がった。


「もういいよ、そんなに言うなら自分で呪毒に感染して解析するのは諦める。どうせ本命は別だったしね」


「何……?」


 驚くお父様の前で、私はずっと後ろで控えていたクラーレへ目を向ける。


 ここで自分に話が向かうと思っていなかったのか、「え……」と戸惑うクラーレの手を引いて、お父様の前に引っ張り出した。


「この子と一緒に、どんな呪毒も消し飛ばす最強の解毒薬を作る!! それまで、お父様は石に齧り付いてでも生き延びて!! じゃなきゃ絶交だよ!!」

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