第2話 始まりのゴーレム

「よし、こんなもんかな?」


 冒険者の人達に、なるべく複数のダンジョンに近くて冒険者のよく通る道を教わった私は、少し小高い丘の上、すぐ側を街道の分かれ道が通っている草原地帯に、植物魔法によって簡単な小屋を建てた。


 植物魔法は、エルフだけが使える特殊な魔法属性だ。

 精霊の住まう元気な土地と、十分な太陽の光。それが揃った場所でだけ使うことが出来て、作物を育てたり家を建てたりと、色んなことに活用出来る。


 小屋の前に“エリアの錬金術店”、“ポーション売ってます”と書いた看板も設置しつつ、扉の前には“仕込み中”の立て札。


 中に入れば、商品を置くための戸棚とカウンターが配置され、奥に入れば私の実験室と寝室、更にキッチンまで完備。


 うん、完璧だね!


「後は、販売用のポーション作りだけど……だる〜い……」


 小屋を建てるのは、自分の理想の空間を作り上げるっていう趣味が入り込む余地があったからそれなりに楽しかったけど、ポーション作りなんてやることもその結果も分かりきった単純作業だ。


 それを毎日毎日延々とやり続けるなんて、私には耐えられそうにない。当たり前みたいにやってる人はすごいよ。


「何かいい手はないものか……こう、私が何もしなくても勝手にポーションが出来上がって、勝手に売ってくれる夢のようなシステムは……!」


 まあ、そんな都合の良い話があるわけ……。


 ……いや、あるかも。


「そうだ、店番とポーション作りを私の代わりにやってくれる、ゴーレムを作ろう!」


 錬金術で作れるものの中には、事前にプログラムした動作を自動で行ってくれるゴーレムもある。

 これを活用すれば、私は何もしなくても、勝手にポーション作りから販売までやってくれるかもしれない。


 とはいえ、プログラム出来る動きの量や精度は、ゴーレムのコアに刻まれた魔法陣の大きさと密度に比例するから、ポーション作りのような繊細な作業は、かなり大きなゴーレムを作らないと再現出来ないんだけど……実は、最近になって実験を始めた特殊ゴーレムがあるんだよね。


 私達エルフだけが対話出来る、大地の精霊。

 これをコアに宿らせて、自我を与えるんだ。


 そうすれば理論上、ゴーレムは同じサイズのコアでも従来の倍以上の性能を得られる。


 それだけじゃない。

 魔法陣を、平面ではなく立体として構築する、“積層型魔法陣”という技術がある。

 それを更に発展させ、複数の積層型魔法陣をブロック単位で作り、状況に応じて組み替えることで、更に大規模な魔法陣を小さく収める技術……名付けて、“魔方型魔法陣ルービックサークル”。


 精霊と、魔方型魔法陣。この二つを組み合わせることで、これまでの常識をぶち破る新たなゴーレムを誕生させるんだ。


「ぐふふ、この二つの技術を組み合わせるのも、ましてそれをゴーレム作りに使うのも初めてだけど……これもまた実験!!」


 幸い、追い出される前に実験用に確保しといた神樹様の枝を持ち出してきたから、一体くらいなら最高のゴーレムを作れるはず。


 え、そんなことばっかりやってるから追い出されたんだろって? あーあー聞こえなーい。


「さあ、やってみよう!!」


 というわけで、作業開始。

 まずは、紙でコア全体の設計図を引く。


 作るゴーレムにどんな機能を盛り込むのか、現実問題それだけの機能を盛り込めるのかをここで確認するから、決して手は抜けない部分と言える。


 えーと、基本的には精霊の受け皿になる自我の構成と、記憶を保存しておくための領域の確保と、手先の器用さ……あ、そういえばこの辺はダンジョンが近いんだし、戦闘力も必要だよね。身体能力を高めるためのボディの丈夫さ、外付けで機能を盛り込みやすいように調整して、それからそれから──



 気付いたら夜を過ぎ、そのまま朝になっていた。


「よーし、実作業に入っていこう!」


 完成したコアの設計図を手に、今度は実際にそれを作成していく。


 神樹様の枝を平べったく切り分け、魔法陣を彫り込み、一枚ずつ積み重ねていく。

 そうして出来上がったブロックに魔力を流し、魔法陣が想定通り機能しているかを確認。魔力の流れが悪いところは再度分解して調整。


 もう一度組み上げて、魔力を流して、問題がなければ次のブロックの作成に移り……規定数のブロックが出来れば、今度はそれをキューブ状に組み立てて、ちゃんと想定通りに組み変わってくれるか、組み変わった結果狙い通りの魔法効果を発揮してくれるかを一つ一つ確認していく。


 この魔方型魔法陣の元になったルービックキューブは、それ一つで4325京通りのパターンがあるって言われてる。京は兆の一万倍。


 まあ、本当にそれだけのパターン全部に魔法効果が存在するわけじゃないんだけど、想定したパターンだけでも膨大な数だ。

 それを全部チェックしないといけなくて……。





 気付けば、一週間飲まず食わずで作業に没頭していた。

 うん、私がエルフじゃなかったら死んでたね。我ながらアホだと思う。


 でも仕方ないじゃん、史上最高性能のゴーレム、作りたかったんだもん!


 ……え、当初の目的を忘れてるって? 気にしない気にしない。


「さーて……後は完成したこれを、外で解放して……精霊を呼び込むだけ……!」


 小屋の外に出た私は、早速手のひらサイズのコアを地面の上に置く。


 魔力を流し、精霊が入り込んだのを確認すると……そこで私は、意識が遠のいていくのを感じた。


「あ、やば……」


 流石に、無理をし過ぎたらしい。

 前世は過労死で、こっちでは趣味に没頭して倒れるとか、私って学習しないなぁ。


 でもまあ……やりたくもない仕事のやり過ぎで倒れるより、自分のやりたいことをやって倒れる方が後悔なく逝けるし、そんなに悪い気分でもない。


 そのまま、視界の端でゴーレムが少しずつ組み上がっていくのを見ながら……私の意識は途切れた。





「ん……ありゃ?」


 気付いたら、私は小屋の中に作ったベッドの上に寝かされていた。

 草をベースに植物魔法で作ったベッドなんだけど、以外と寝てみると心地好いな。


 いや、今は作ったベッドの感想なんてどうでもよくて、なぜ外でぶっ倒れた私が小屋の中で寝てるの?


 そんな疑問を胸に首を傾げていると……目の前に、ぬっと女の子の顔が現れる。


「目を覚まされましたか。良かったです」


「ええと……どちら様?」


 鮮やかな緑色の髪。瞳の色は透き通るような銀色に染まっていて、宝石みたいだ。

 歳は……外見年齢的には私よりそこそこ上? 十四歳くらいかな。


 まだまだ幼さの残る顔付きだけど、体は大分お姉さんって感じで……耳は普通の人間だけど、エルフの民族衣装である草から錬成した衣を纏ってる。


「どちら様、と問われますと、答えるのが難しいですね……私はマスターの手で作られましたが、まだ自らを定義する名称を頂いておりませんので」


「え……ってことは、あなたが私の作ったゴーレム!?」


「はい、マスター」


 あまりにも人間そっくりだったから、とてもそうは思えなかったけど……確かに、集中してみれば私とこの子の間には主従契約の繋がりを感じる。

 精霊を使役する魔法をベースに、離れていても指示が出せるようにって組み込んだんだけど……いやぁ、まさかここまでリアルな人間の姿になるとは思わなかった。


 流石は私の最高傑作。こんなのもう天才じゃん。


「マスター?」


「あ、ごめんごめん。それで、名前だったよね。えーと……」


 こういうのは、パッと見のインスピレーションが大事だよね。


 そんなことを考えながら、私が最初に目に付いたのは、この子の宝石みたいに綺麗な銀の瞳。


 ……よし。


「ラチナ。あなたの名前はラチナにしよう」


 銀色の宝石というと、真っ先に思い付いたのがプラチナだったから、ラチナ。


 いや、厳密には宝石というか、貴金属だけど。細かいことはいいよね。


「ラチナ……分かりました。私はこれより、ラチナと名乗らせて頂きます」


「うん、これからよろしくね、ラチナ」


 表情の変化は乏しいけど、どことなく嬉しそうに見えるのは私の考えすぎだろうか?


 普通のゴーレムは感情表現どころか、意思疎通も取れないのが普通のはずなんだけど……まさか一足飛びにここまで進化するとは、私でも予想外だよ。


「それでは……早速ですが、疲労と栄養失調によって危険な状態にあるマスターのため、食事を用意しました。どうぞこちらへ」


「料理!? しかも自己判断で!? わぁ、すごいよラチナ!! ありがとう!!」


 喜びのままに、私はラチナに飛びかかる。

 そんな私を受け止めながら、ラチナは「マスターのためですので」とだけ淡々と呟くのだった。

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