第3話 ラチナへの指導

 ラチナが料理してくれたと聞いて、ラチナを作った私自身も驚いたのも束の間。


 出てきた料理に、私は顔を引き攣らせた。


「これは……一体?」


「近くで採れた野草と魔物肉を煮込み、スープ状にしたものです。マスターは久しぶりの食事ですので、消化の良さを優先しました」


 料理名すら出て来なかった。

 いやまあ、このやけに毒々しい色のスープを見て、なんの料理か判別出来るような知識は組み込んでないし、当たり前といえば当たり前なんだけど。


「これは人が食べられるものなの……?」


「毒になるような物質は私の《解析》で検出されませんでした。栄養の面でも、この周辺で採取可能なものでもっともバランスが良くなるように配慮してあります」


 完璧な仕事をしてやったぜ! みたいな顔をしているラチナに、私はなんと伝えたものかひじょーに迷った。


 けどまあ、空腹は最高のスパイスというし、そもそも食べないと死ぬ寸前まで来てるんだ。選り好みしてる場合じゃない。


 というわけで、そのスープを一口食べて……一瞬で、全ての食欲が消し飛んだ。


「うごごご……!?」


 野草の苦味も、魔物肉のクセの強さも全部そのまんま。

 多分、栄養が多いからって灰汁すらほとんど取ってないんだろう。


 宣言通りの一品で何も間違ってないけど、料理としては色々と間違ってる。


「どうしましたか、マスター? 早く食べないと餓死してしまいますよ」


「いや、それはそうなんだけど……これを完食するのは、なかなか辛いものが……」


「分かりました。では、私が食べさせて差し上げます」


「へ?」


 ガシッと、私の頭を掴まれる。

 ラチナの腕が漏斗みたいな形に変形し、そのまま口に近付いて来た。


「待ってラチナ、それはちょっと食事というものを冒涜し過ぎてると思うんだ、もちろん私が知識だけ与えて常識を教えるのはまだって段階なのもあるから悪いとは思わないよ? でもだからこそあなたは実践の前に学ばなきゃいけないことが山ほどあるのだからそう待ってやめてうみゃあぁぁぁあぁぁ!?」


 私の悲鳴が、他に誰もいない草原地帯に響き渡った。





「うん、ラチナはしばらく料理禁止ね。今度私が教えてあげるから、ちゃんと覚えるように」


「はい、マスター……」


 しょぼーん、と肩を落とすラチナに、私は思わず噴き出してしまう。


 無表情なのに、感情表現豊かだなぁ。

 私より頭一つ分くらい大きいのに、なんだか娘でも出来たみたい。


「私のためを想ってしてくれたんだよね? ラチナがいなかったら死んでたかもしれないし、助かったよ。ありがとう、ラチナ」


 そう言って、背伸びしながらラチナを撫でる。


 すると、ラチナはちょっとだけ元気が出たのか、口元が緩んだ……ように見えた。


「はい……マスターのお役に立てたのでしたら、それに勝る喜びはありません」


「よしよし。それじゃあ、料理の前にポーション作りを教えてあげるよ、ポーションを作って販売するのが、ラチナの一番の仕事だからね」


 状況によっては商品を増やす可能性もあるけど、今それを考えても仕方ない。


 まずは一番重要なポーションから、しっかり覚えて貰わないと。


「はい、よろしくお願いします」


「うんうん。とは言っても、基礎理論は最初から入ってるはずだし、理論さえ分かってればそんなに難しくもないんだけどね」


 ラチナを作る時に、知識ベースは私の知識を写すような形で組み込んだから、一応頭には入ってるはずだ。


 料理が壊滅的だったのも、きっと私の料理知識が素人レベルだからだろう。


 ……うん、だからってあんな酷い料理を作るとは思わなかったけど。

 その意味でも、ポーション作りはちゃんとおさらいしておいた方がいい。


「まずは薬草を錬金釜に入れて──」


 私の実験室兼ラチナの作業場となる部屋で、ポーション作りを指導していく。


 実作業は、薬草を磨り潰して魔力を流し込み、水に溶かすだけ。

 だからこそ、どのタイミングでどの程度魔力を混ぜこみ、魔法効果を付与するかが性能を左右する。


「分かる? ここ! このちょっととろみが出てきたあたりで、魔力をこのペースで注ぎ込む! 変化の具合を目で見て覚えて!」


「はい、マスター」


 そんなわけで、ちょっと感覚的な話になりつつも、ラチナの前でお手本を見せてあげて、次は実際にラチナに作って貰った。


 私が教えた手順を淀みなく完璧にこなしていく姿に、「おお〜」と拍手を送るも、本人は出来上がったポーションを見て不満そうだ。


「どうしたの?」


「……マスターのポーションより僅かに性能が低いです。手順にミスはなかったはずなのですが」


「あー、まあ、薬草によって微妙に違いというか、魔力の浸透しやすさに誤差があるからね。それを見極めながら作るのがコツだよ」


 同じ種類の植物だからと言って、その全てがコピーしたみたいに全く同じというわけじゃない。

 その辺の個体差を感覚で捉えて微調整するんだと伝えると、ラチナは僅かに目を細める。


「難しいですね……」


「大丈夫、やってればそのうち出来るようになるよ」


「……努力します」


「うんうんその調子。あ、でもポーションを作るばっかりじゃなくて売らなきゃいけないから、店番もよろしくね」


「はい、マスター」


 ん? でも考えてみたら、店番をラチナ一人にやらせたら、ポーション作る暇なくない?


「……店番は店番で他のゴーレムを用意すべきかな。それか、ポーション作りの方をやってくれるゴーレムの方がいい……?」


 神樹様の枝はもうないし、ラチナほど可愛いなら店番向きだろう。それなら、ポーション作りを他のゴーレムにやって貰った方が……。


 ボソリとそう呟くと、ラチナの首がぐりん、とこっちに向く。


 えっ、どうしたの?


「マスター、少なくとも現状においては、追加のゴーレムは不要です。私にお任せください」


「そ、そう? まあ、私としてもその方が楽で助かるけど……大丈夫? 無理そうだったら、いつでも言ってくれていいからね?」


「はい。マスターのお店が繁盛し、どうしても手が回らないと判断した暁には、改めて私からお願いさせて頂きます」


「分かった。ならそうね、ポーション作りをいつ中断しても大丈夫なように、状態保存の魔法を釜に組み込んでおくね」


「ありがとうございます」


 相変わらず無表情だけど、どことなく気合いが入った様子でラチナはポーション作りを再開する。


 頑張り屋な子でありがたいなぁ、とそんなことを思いながら、


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る