仮面舞踏会
無名
仮面舞踏会
蝋燭の灯りの下で、僕は蝶ネクタイの男に招待状を示した。
「ようこそお待ちしておりました」
男が白い薔薇を1輪、僕に差し出してくる。僕は薔薇を受け取り、男の指先が指す方向に足を踏み出す。赤い絨毯を踏みながら暗い廊下を進むと、豪奢なダンスホールが現れた。シャンデリアが僕を見下ろしている。オーケストラがハチャトゥリアンの『仮面舞踏会』を奏でている。僕は目元を覆う仮面の位置を直しながら、暫し音楽の渦に身を委ねた。
「私と踊りませんか」
声のする方に目を向けると、ロマンスグレーの男性が僕に手を差し伸べてきた。目元が黒く塗られている。黒い手袋のはめた手を、僕は握り返した。僕たちはゆっくりとダンスホールの中央へ近付いていく。腹が触れ合う。
「緊張していますか」
男性が僕の耳元で囁く。
「初めて来たので」
「そうですか。楽しんでいってくださいね」
男性は穏やかに微笑み、僕の腰に手を添える。編み上げの靴がワルツを刻む。ヴァイオリンの音色が彼の足元から立ち上ってくるようだ。
「ワインでも飲みませんか」
音楽が途切れると、男性は再び僕の手を握った。
「いいですね」
僕たちは蝶ネクタイの男を呼び止め、ワイングラスを受け取った。
「乾杯」
グラスがぶつかり、軽い音を立てる。
「あなたは、何者なんです」
言葉にマントを着せるのを忘れてしまったが、男性は穏やかな表情を崩さなかった。
「私はまあ、軍人みたいなものだと思ってください」
オーケストラが、プロコフィエフの『ロミオとジュリエット』から騎士たちの踊りを奏で始める。
「これまでは国を守ってきましたが、今日からはあなたを守ることにします」
男性が立ち上がる。
「さあ、おいで」
僕は男性のワイングラスのような後ろ姿を追い掛ける。コントラバスの音が僕の背中を押す。男性が僕の方を振り向き、また僕たちの指先が触れた。
仮面舞踏会 無名 @mumei31
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