切り裂き道化の暇つぶし③




「おい!やけに騒がしいけど、一体なんの騒ぎだ!?」


「馬鹿近づくな!武器屋の方で『悪鬼惨殺』の奴らと『切り裂き道化』がやり合ってんだよ!」


「はぁ!?なんでそんなTOPプレイヤーたちがこんな街に集まってんのよ!」


 平和なはずの最初の街に一体何があったというのか。突如として始まった大規模なPVPに、プレイヤーたちは驚きを隠せずにいた。


 既にショウMAたちのいる周辺一帯は、PKプレイヤーたちによって立ち入り禁止区域とされた。

 PVPの会場にされている武器屋からしたらそんなことたまったものではないが、そんなのはお構いなしにと激しい戦闘が繰り広げられている。


 そんな立ち入り禁止区域に一人、微塵の迷いもなく向かうプレイヤー。背中にに自身の背丈ほどある巨大な大剣を携え、悠然と歩く女の姿は正に『戦乙女ワルキューレ』である。


「おいそこのプレイヤー!そっちは今危ない…ぞ…って!!」 


「…」


 忠告しようとしたプレイヤーは女のプレイヤー名を確認した瞬間、何かに気づいたのか突然青ざめる。

 それもその筈。目の前にいるこの女は、自分が今さっき危険と言ったあの『切り裂き道化』に匹敵するほどのPKプレイヤーなのだから。


 プレイヤーネーム『へヴン』。……またの名を『死の戦乙女エビル・ワルキューレ



 






 




 

「一つ相談なんですけどぉ〜!マスターは即刻始末しろって言ってましたが、ここだけの話私個人としては貴方にひじょ〜に興味がありましてね〜!」


「…」


「大人しく私たちについて来るってなら、ひとまずキルするのはやめますがどうしますぅ〜?キョウイチロウ様〜?」


 対するキョウイチロウは、質問に対し何か答えるわけでもなく静かに立ち尽くしていた。

 短い付き合いだが、こんなキョウイチロウは初めて見る。

 流石にこの物量差は勝てないと諦めたのか?まぁいくら人間離れしててもトランプ無しの素手じゃ…


「ありゃりゃ、黙秘は良くないですよぉ〜。流石にビビっちゃいましたぁ〜?」


「アハハハ」


(は?とうとう壊れたか?いやまぁ今までも壊れてたんだけど)


「いやはや、ムカつくネ〜本当ニ」

 

 そう言ったキョウイチロウの顔を見てみると、いつもの張り付いた笑顔の奥に、微かな苛立ちを感じる。


 そう言い放った後、ニタリとした笑みを浮かべながら、インベントリから“何か“をゆっくりと取り出す。


「雑魚かき集めて勝った気になっちゃっテ♫ 知らないヨ?」


(あ……やっぱメインはソレか)


「どうなってモ」


 実際にキョウイチロウが取り出したのは二本の刀。左右で大きさが違う不思議な二刀であるが、装飾も鍔もないシンプルなデザイン。しかし、初心者の俺でも確かに感じ取れる、異質な気を放っていた。


 『殺戮の森』時代にも見た、キョウイチロウの最も得意とする戦闘スタイルである。

 


「ショウMAクン。ちょっと離れるケド、そこから動かないでネ」


「二度と帰ってこなくていいぞ」


 そう返事をした刹那、キョウイチロウの姿が目の前から消えた。周囲にいる気配も感じられない。


「逃げちゃいましたかぁ〜?‥どうやら、買い被りすぎてたようですねぇ〜」


 フォルモイドは失望した様子で首を傾げる。他の襲撃者達も、恐れをなして逃げ出したであろうキョウイチロウに対して勝ち誇った様子である。


「フォルモイドさん!残ったこいつはどうしますか!?」


「ん〜。彼と関係あることは明確だし、ギルドに持ち帰って拷問リスキルしてみよっか〜」


 襲撃者の数人が、俺を連れて帰ろうと近寄ってくる。だがしかし、ここで素直に連れ去られるほど俺の諦めは悪くない。学校でリア友作るあの難易度に比べたら、この程度屁でもないのだ。

 キョウイチロウは絶対何かする気マンマンだ。それまで耐える。


 俺は襲撃者達から距離を取り、先ほど再び手に入れた初心のナイフをインベントリから取り出し、構える。


「おいおい!そんなクソ装備で何ができんだよ!」


 馬鹿にしたように言い放ちながら、襲撃者たちは武器を構えて俺の方へじりじりと近寄ってくる。正直さっきはああ言ったが、俺の勝率はもはや0%以下であろう。それでも。


「かかってこい廃人プレイヤー共が!一人でも道連れにしてやんよ!」



「【スキル】狂乱舞踊《クレイジーステップ》」



 次の瞬間。俺を襲おうとした襲撃者たちの先頭数人の首が、突如真一文字に切り落とされた。

 いや、先頭だけではない。武器屋を取り囲んでいたはずの襲撃者達の生首が、次々と地面へボトボトと落ちていく。

 そのあまりの速度にポリゴン規制が追いついておらず、この場はとんでもなくグロテスクな惨状となっている。


「は、はぁ!?一体何が!?」


「落ち着け!ひとまず体制を整えーーーー」


「ふんふふ〜ン♫こっちだヨ♡」


 喋っているうちにも、襲撃者達の間をキョウイチロウが凄まじい速度で駆けていく。

 もはやそれを肉眼で追うのは不可能であり、襲撃者達はなすすべもなくその数をどんどん減らしていった。





 数分後。襲撃者達のリーダーであるフォルモイドと俺の二人を残し、キョウイチロウは百人近くいた『悪鬼惨殺あっきざんさつ』の精鋭達を蹂躙し尽くした。


「ホラ、さっきみたいに数増やしてみなヨ♫全員殺してあげるかラ」


「いやはや、想像以上ですねぇ〜!それが噂に聞く名刀『叢雨ムラサメ』と『天雲テンウン』‥!是非とも詳しく知りたいです〜!」


「……♫」


 トドメを刺そうと、キョウイチロウが刀を振りかぶった次の瞬間。




「何をしてるんだ君は」




 突如としてキョウイチロウの背後に現れた女が、腰の入った綺麗なフォームでその後頭部を殴り飛ばす。流石にこれにはキョウイチロウも驚きを隠せず、笑みが崩れ驚いた表情で後ろを振り返る。


「ン、ヘヴンちゃん。久しぶりネ」


 そこにいたのは、自身の背丈ほどある大きさの大剣が特徴的な一人の女プレイヤー。プレイヤーネーム『ヘヴン』……やっぱりこいつか。


「君に頼んだのはショウMAくんをスターティアに案内することだけのはずだが?街中でこんな堂々と大規模なPKして、一体何考えてんの」


「イヤイヤ、向こうがいきなりショウMAクン襲おうとしたからサー♫正当防衛かなっテ」


 突然現れた新しい刺客に俺はしばらく状況を飲み込むことで必死になっていたが、途中でもう諦めた。二人の方から聞いた方が早いことに気づき、俺はしばらく閉ざしていた口をゆっくりと開く。


「やいこらキョウイチロウ!!俺の『レッツ!レヴァラグで友達作ろう大作戦』を見事にぶち壊しやがって!ざけんじゃねぇぞ!!」


 数秒前までの冷静な思考はどこへやら。俺の口から出たのは圧倒的なまでの単純な怒りであった。今までつけていた可愛らしい仮面を投げ捨て、目の前の変態へと詰め寄る。


「やぁショウMA君。久しぶりだね、元気だったかい?」


「んなわけあるか!!ゲーム始めたてでいきなりこの変態に絡まれるわ、突然顔もしらねぇ大量のPKにこいつのとばっちりで命狙われるわで大変だったんだぞ!」


「ア、ちょっとショウMAクンお口チャック‥」


 何か都合の悪い部分でもあったのか。俺の発言を止めようとするキョウイチロウを尻目に、俺はゲームを始めてから今までの経緯を全て説明した。


「ほぉ?なるほどなるほど?」


 ジロリとキョウイチロウを睨むヘヴン。キョウイチロウも表面上は作り笑顔だが、微かな焦りと冷や汗が見てとれる。


「つまり私の言いつけを破って意気揚々と初心者いじめをし、下手に目立って初心者の君を危険に巻き込んだ『お馬鹿さん』がいるってことで‥いいかな?」


「アッ‥♫」



(よくわからないが‥ナイス俺)



 ヘヴンは不敵な笑みを浮かべながら、キョウイチロウの方へとおもむろに近づいていった。


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