プロローグ 参

状況を整理しよう。


 俺は体育館を出てクラスについたのち、急に猛烈な尿意に襲われたんだ。

 だからとりあえず、荷物を置いていそいそとトイレに向かった。そこで用を足した後、どんなふうにクラスメイトに話しかけるかいくつかの会話の種を用意していた。コミュ障七特技の一つ、『1人作戦会議』である。


 よし、準備万端。身も心も整った俺に、怖いものなどあんまりない。気合いを入れてクラスに戻ると、俺が訓練していたものの数分で、クラス全員が一箇所に集まっていた。

 そこの中央に位置するのは、先ほど入学式での挨拶を終えた完璧超人様、黒道直人。


「黒道くんって将来プロゲーマーになるんでしょ!?かっこいいー!」


「いろんな大会出ては優勝してるから、もうプロ入りは確約ってニュースにも出てたよ!」


「マジですげぇな黒道!羨ましすぎる〜!」


「あーいや、、あはは、、」


 早くもみんな黒道と仲良くなろうと、クラス中が黒道に注目している。こんな状況でコミュ障の俺が何かできるはずもなく、ひとまずトイレへとUターンする運びとなった。そして洋式の個室に籠り、再び1人作戦会議を行う。


 なぜよりによって俺とあいつ同じクラスにした?なぁ?神様は俺をぼっちにして興奮する性癖でもお有りですか?人の性癖にはとやかく言っちゃダメな時代だけど俺はあえて言わせてもらおう。神よ、死に晒せ。


 それにしてもさっきの会話が気になる。プロゲーマー?あいつゲーム上手かったのか?イケメンで陽キャでゲーム上手いって何?俺に死ねとでも?


 何を隠そう、俺はゲームが3度の飯より大好きだ。元々体が弱く、外で走って遊ぶアウトドアタイプというよりかは家で絵本を読むインドアタイプの子供だった俺は、TVゲームなどの娯楽の沼に幼い頃から浸かっていた。


 最近では自分自身がゲームの中に入るという所謂『フルダイブ型VRゲーム』が主流となり、ゲームの幅もびっくりするくらい広がった。そして嬉しいことに、ゲームの中ではこんな俺にも何人か一緒に遊ぶ友達がいる。いわゆるネッ友ってやつだな。


 でもおれはやっぱり、リアルの友達が欲しい。ゲームは勿論好きだし、ネッ友に不満があるわけでは断じてない。しかし、学校で一緒にお弁当食べたり、放課後カラオケ行ったり、ゲームの話題で盛り上がったり。そんな普通の青春を俺も送りたい。ただそれだけなんだが‥


 そんなことを考えて早10分。ようやく俺もクラスに戻る決心がつき、重いトイレの扉を開いた。こんなことで諦めてたまるか。おれは普通の青春を送るんだ。 

 

とりあえず、今日帰るまでに誰かに話しかけよう。自分の中で1つ、今日のミッションを作った。













 無理だった。誰とも話すことなくクラス初めてのHRは終わってしまい、担任はクラスから出ていった。

 クラスは入学式後とは思えないくらい活気に溢れている。それに対して俺はこの世の終わりかのようなテンションで机に突っ伏し、寝たふりをしていた。


(俺の学校生活、やっぱこんなもんか‥)


 俺はもはや半分諦めの境地に達していた。もういいや、新しいゲームでも買って帰ろう。そんな風に考えていると、またもやクラスに、正しくは黒道に人だまりができている。


 ‥俺とあいつ、何が違うってんだ。僻みを込めた最大級の中指を必死に抑える中、俺は人だまりからぽつぽつと聞こえる会話をラジオ感覚で聞いていた。


「なぁなぁ黒道!黒道もレヴァラグやろうぜ!もしクリアしたら100億だぞ100億!」


「黒道が一緒ならクリアできそうな気がするんだ!マジで頼む!」


「あのゲームマジで面白いから!一回騙されたと思って!」


「う、うーん‥確かに面白そうだね。考えとくよ‥。」


今日1日で詰められすぎたのか、黒道の返事にはあまり元気がない。いいぞみんな。もっとその完璧超人野郎を苦しめてやれ。


 それにしても‥レヴァラグ、か。確かに誰もが認める神ゲーだが、俺はやったことがない。何故かって?

 とにかくユーザー数がバカ多いんだよ!!!!発売から数年経って尚未だに誰もクリアできないからってクリア報酬100億もかけた結果、全世界ユーザー数1億人オーバーだ!

 ‥あんな超人気大作でMMOなんてきっと始めた瞬間に廃人プレイヤーにいじめられるに決まってる。


 それにあれは、マルチプレイ前提のゲームな節があってだな。ネッ友の奴らは生活リズムがイカれてるからあんまり長時間一緒にプレイすることはできないので、リア友のいない俺にとってそれが何よりも高い壁であった。


 幼少期のことがちょっとしたトラウマな俺は、正直言って大勢の人と関わることが少し苦手だ。だから1人用ゲームではなく、ごく稀にMMOをやる際はあんまり人気のない過疎ゲーをメインに遊んでいた。個人的な感覚から言っても、過疎ゲーの方がいい人が多い印象。あくまで個人的ね


 まぁだから流石にゲーム好きな俺でもレヴァラグはちょっとね‥


「レヴァラグって最近新規参入しやすいように大型アップデートしたんでしょ?私もやろうかなー」


「そういや最近、1人でプレイする人向けにソロクエストも充実してきたって聞いたな」


「今までちょっとやり込み勢が多すぎて始めるか迷ってたけど、俺今日から始めてみるわ!」


「えだったらフレンドなろーよ!今聞いてきたけどこのクラス、半分以上レヴァラグユーザーだったから、放課後みんなで始めてみようぜ!」



・・・・・・。









「すみません。レヴァラグのVRソフト、一個お願いします。」


「5280円でーす。」


 ‥買ってしまった。だってこの流れは買うだろ!?多分あのクラス、レヴァラグやってないと絶対話に入れなさそうなんだもん!!クラスメイトと仲良くなるには外堀から埋めるのも一つの手‥うんうんそうだきっとそうなんだ。さりげなーく偶然を装ってクラスメイトとも交流ができるかも!


 近所のゲームショップから家まで帰宅する最中、自分を必死に納得させなんとか家に着く頃にはこのような正当な理由をでっち上げた。


「ただいまー、って誰もいないのか。」


 まだ人の気配がしないリビングを尻目に、俺は自分の部屋に向かい、早速ソフトの梱包を開けていた。


「えーとなになに‥?このゲームを始めた瞬間、あなたは開拓者です。広大な世界を冒険するのもよし、数多くの謎を解き明かすのもよし、リアルの出会いの場にするもよし。広大なオープンファンタジー世界が、あなたに至福のひとときをお届けします‥ねぇ。」


 まぁ全世界が認めた神ゲーだ。正直レヴァラグ自体は俺はやってみたかった。友達どうこうもあるが、純粋に1人のゲーマーとして興味がある。あ、賞金の100億には全く興味ねーぞ。そんな大金貯金以外使い方思いつかないし。


 まぁ何はともあれ、どんな世界が待っているのか。親との約束でゲームは夜の9時までという厳しい制限があるものの、今日は早く帰ってきたから6時間近くもあるな!

 俺は久々に胸の高鳴りを感じながら、ソフトのカセットをVR機器に差し込み、ヘッドセットを被った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る