『では、何故貴方が世界を滅ぼしたいのかを聞かせてください』

一華凛≒フェヌグリーク

呪検番号622番 アンタンス・クルール

 呪検番号622、アンタンス・クルールです。

 よろしくお願いします。


 はい。……はい。

 私が悪役派遣課に志望した動機は、2人の兄にあります。

 一番上の兄はジヨーヌ、二番目の兄はクヴィアと言いました。

 それぞれジヨーヌは画家を、クヴィアは画商を営んでいました。

 私は主に家にいて、家畜や畑の世話をしながら家事をして暮らしていました。はい。昔の価値観と倫理観です。

 両親はジヨーヌが画家になったとき、ジヨーヌを勘当しました。

 私とクヴィアはジヨーヌについて家を出ました。仲のいい兄弟でしたから。


 3人での暮らしは最初こそ苦労がありましたが、ジヨーヌの絵が世に認められるにつれて楽になっていきました。クヴィアに画商としての才能があったことも幸いしましたね。

 ……ジヨーヌの絵、ですか。印象派です。私たちの家の周辺には貴族の別邸も多かったものですので、日傘を持って歩く貴婦人を模写することも、私に似合わないドレスなんて着せて日傘を射させることもありました。

 紫色をよく使いましたね。『光をより美しく見せる』とか言って。


 話を戻しましょう。

 クヴィアはジヨーヌのほかにも『これは』と思った画家の絵を画廊に飾って、積極的に売り出しました。顧客のほとんどは小金持ちの市民階級で、貴族を相手にすることはまずありませんでしたね。

 ですが、彼の目利きが大層優れていたことから、彼が『いい』と言った画家は大成しました。……今思えば、それがいけなかったのかもしれません。

 クヴィアの目利きから零れ落ちた人々は絶望して筆を折ることが多かったのです。一度気に入られた画家でも次駄目と言われたらと恐怖に震えながらクヴィアの前に立っていました。

 その恐怖を、選ばれたことから来る恍惚であると勘違いした馬鹿が現れました。

 馬鹿はクヴィアが自身だけを見ることを望みました。

 けれど、クヴィアはジヨーヌの絵に惚れ込んでいました。時に、他に対してであれば批評した絵を苦笑して胡麻化してしまうくらいには。

 馬鹿は、それが気に食わなかった。自分の絵だけにジヨーヌの絵に向ける熱量を向けられたがった。

 馬鹿は、クヴィアを殺してバラバラにしました。

 バラバラにして、自分と仲間たちで分け合って、自宅に飾りました。

 腐臭がしたために事件はすぐに解決しましたが、自分の絵が寵を受けていたことが気に食わなかったと笑われたジヨーヌは絶望しました。

 絶望の余り、利き手を包丁で切り落として死にました。


 私は、2人の命がそんな形で奪われたことが許せなかった。

 私は3人で暮らした家を引き払い、高額でジヨーヌの絵と画廊にあった絵を売って資金を得ました。

 都会に出て、勉強をして並行世界の研究をしている大学に入りました。

 とはいえ学力はあまり重視されない大学でしたので、研究できる内容には制限がありましたが。

 私はそこで、AIを使ったシュミレートにのめり込みました。

 並行世界であっても、シュミレーションの中であってもよかったのです。兄が、生きて幸せになっている世界があるのなら、なんだって。


 ですが、どこにもなかったのです。

 何度繰り返しても、クヴィアは馬鹿に殺されました。

 何度繰り返しても、ジヨーヌは絶望して死にました。

 クヴィアと馬鹿が出会わない世界をシュミレートしても、事故や病気でクヴィアは死にました。ジヨーヌもです。

 ……やがて、AIによる演算が故障したのでしょうか。仮想人格であるはずのクヴィアとジヨーヌが私に話しかけてきました。


「もういいんだ、アンタンス」

「自分たちは、自分たちの本体は精一杯生きた。その結果が死だっただけだ」

「どうか、自分たちが頑張って生きた人生の結果を、胸を張って生きられる人生じゃなかったかもしれないけれど、それでも唾を付けないでくれ」

「精一杯生きて、それでも無理だったのなら、俺たちに悔いはないんだ」


 ふざけるなと思いました。

 兄を模した人形が、訳知り顔で兄のような声で言葉を連ねることに。

 私はAIによる演算を止めました。


 そして、並行世界を研究する施設に事務員として入社して、片手間でいいからとお金を積んで、正規の研究員に兄の生きている世界がないか調べてもらいました。

 結果は惨敗でした。

 どの世界でも、兄は、兄たちは死んでいました。


 ふざけるなと思いました。

 私の愛する人たちは、生きることも許されないのかと。

 私の愛する人たちが生きることを、世界は望んでいないのかと。


 ……つい先日、雑誌が出ました。

 兄についての特集でした。

 夭折した天才画家と天才画商の才能を惜しんで、生きていればさぞや立派な人物になったはずだともてはやす内容でした。

 私は、思ったのです。

 兄たちが死んだのは、どの世界でも死ななければならなかったのは、兄たちを『夭折した天才』として歴史に刻みたかった世界の意思なのではないかと。

 兄は、世界に殺されるから生きられないのではないかと。


 私は世界を憎みます。

 兄を生かさなかった世界を憎みます。

 私の愛を許さなかった世界を憎みます。

 兄の顔できれいごとを吐かせた世界を憎みます。

 きれいごとで私を慰めようとした世界を憎みます。


 だから、私は、世界を滅ぼせる仕事に就きたいのです。

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『では、何故貴方が世界を滅ぼしたいのかを聞かせてください』 一華凛≒フェヌグリーク @suzumegi

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