第10話
月の三国同士について考えると、各国は戦闘能力を持っていない。
これは別に戦争のない理想世界を目指していたわけではなく、無くてもケンカができるからだ。
少ない物量から搾り出す、中途半端な兵隊同士でぶつかりあうよりも、ガード・ドームを突っつくことができれば、簡単に甚大な打撃を与えることができる。
そしてその為には、自らの手で攻撃する必要も無い。
つまり、相手のイージスシステムをどうにかできれば、隕石が敵を攻撃してくれるのだ。
だから、セレーヌが、自国のイージスシステムの維持をアルタイルからの物資援助に頼らなければならなくなったことは致命的だった。もうその時点で二国の関係は対等ではない。
セレーヌは兵糧攻めを受ける孤立した城のようだった。
その状態が数ヶ月続くうち、別の要素が絡んできた。
もう既にセレーヌは将棋で言うところの「詰み」の状態であり、アルタイルとエルメスの軍門に下るのは時間の問題だった。そうなると、勝ちを目前にした二国の首脳陣は、その次の段階に思いを巡らす。
これからどちらが主導権を握って月の新しい体制の統治を行うか。
そして、そこから、はんぱに賢い人が、何事かをなそうとするときに考えすぎて思考の袋小路にはまり込み、端から見ている凡人からすると支離滅裂に見えてしまうような、そんな状態へと陥っていく。
まず、エルメスから、秘密裏に、セレーヌへの支援が持ちかけられた。
もちろんエルメスは、セレーヌが状況を逆転できるほど助けるつもりなどないのだが、あくまで、ほどほどの恩を売っておくことで、アルタイルに対して優位に立つことが目的だった。
僕はエルメスの人間とも接触して、イージス弾の横流しについて、かなり具体的な日程と金額の提示を受けた。
そしてアルタイルがそれをかぎつける。
アルタイルは、この事態を長引かせたくは無かった。もたもたしていると、それだけエルメスに有利になってしまう。アルタイルはエルメスにはったりを込めた圧力を掛け始める。なんならお前ら両方とケンカしてもいいんだぞ、と。
この時期にセレーヌがとるべきだった道としては、何が正解だったのだろう。
地球本国に譲歩して助けを求めることも考えられたはずだ。地球でも、このまま月の勢力図が塗り替えられると、それが地球まで波及することは明らかで、どうしたものかやきもきしていた。
しかし、セレーヌと地球が歩み寄ることは結局なかった。
それならそれでセレーヌは、この時期にアルタイルとエルメスの間で上手く立ち回ることが必要だった。
つまり、両国に対して虚々実々の外交を行って、両方から出来るだけ物資を掠め取るのだ。力を少しでも蓄えて、二国のいいなりになるのを少しでも防ぐのだ。
僕はそうするつもりだった。自分の職務の範疇で、できることをするつもりだった。しかし、偉い政治家さんたちが考えていたことは別なことで、その為に僕のささやかな努力は無駄となった。
アルタイルに焦りが生まれつつある。それは事実だった。それをセレーヌは利用しようとした。
この時期セレーヌの民衆の間で懸念されていたことはアルタイルによるテロだった。
イージスシステムは、エルメスの裏援助の甲斐もあって今だ健在で、事故の危険性はアルタイルの思惑ほどは上昇していなかった。
そこで、アルタイルがセレーヌに人を送り込み、隕石の衝突に見せかけたテロを起こすのではないか。
それによって、セレーヌの世論を、意地を張るのはもう限界だという方向に持っていこうとするのではないか。
セレーヌではそんな憶測がまことしやかに囁かれていた。
そしてアルタイルはそんな風説も敏感に嗅ぎ取っていた。
この時期セレーヌにはアルタイルのスパイが相当な数入り込んでいたようだ。
ブランコと僕らが親しくしていることを警戒することは、実はそう的外れでもなかったのだ。
そしてやがてアルタイルは別な情報も手に入れることになる。
セレーヌが自分でセレーヌ国内でテロを起こす計画を立てている、というものだった。
そして、それをアルタイルの仕業に仕立て上げるのだ。
もちろん犠牲者が出る危険性は十分考えられた。そして多少は犠牲者が出てくれないと、やる意味がないとセレーヌの上層部は考えていたのだと思う。
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