第8話
その日僕はユミと夜遅くまでいろんな話をして過ごした。
次の日の日曜日は昼前には出発して会社に戻らなければならなかった。後から思えばそれが、僕がユミと過ごした最後の時間だったのだが、このときはそんなことになるなんてもちろん思ってはいなかった。
でもそれとは別に、僕はユミと語り合う度に、何ものにも代え難い時間を過ごす度に、いつも、これがいつか突然終わってしまうことはあり得るのだということをずっと意識し続けてきたように思う。
それは妻が病気で亡くなったときも突然だったことから、僕も、おそらくはユミも、そんな考え方をするようになったのだ。
その日は妻の思い出話をユミとしていた。妻が亡くなったときユミは七歳だった。だから彼女もじぶんの母に関する記憶をいろいろと鮮明に覚えていた。
ユミはその時も、望遠鏡で地球を見ていた。手元のキーボードを操作して、画像を保存していた。
「お父さん、ほら見て。北海道に雪が積もったよ」
北海道の山々にはその年初めての冠雪が見られた。
山の標高が高い部分にはくっきりとした白さの雪が、くすんだ灰色にみえる枯れ木や、待ち受ける極寒の冬を憂いているような深い緑色の針葉樹の森を覆っていた。
妻は生前、冬の北海道に一度行きたいと、言っていた。
「俺は反対したんだよ。寒い冬になんでわざわざ日本で一番寒い場所へ旅行に行かなきゃならないんだって」
「わたしも寒いのはいやだって言った。お母さんは、わかってないわね、それがいいんじゃないのって言ってたよね」
「ウインタースポーツをやるわけでもないのに、あいつはどうしてあんなに冬の北海道に行きたがったんだろ?」
ディスプレイに山の画像が拡大して表示された。
今となってはそれが妻にとってどんな意味を持っていたのかは知りようもないが、僕は親子三人で北海道の、一面を雪に包まれた荒野にならんで立って、吹きすさぶ冷たい風に肩をすぼめながら真っ白な山々と透明な青い空を見上げている光景を思い浮かべた。
テレビドラマならばそこでキタキツネでも現れるのだろうが、実際は多分、体が凍りつくまでそこにいても何も出ないだろうし、妻が望んでいたものは、待っていたものは、そういうのとは少しちがうような気がした。
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