第19話 鬼咲さんと誰かの視線

 ロングホームルームで体育祭の出場種目を決めた日の練習時間。まず、おれは二人三脚の練習をすることになった。


「じゃあ、よろしくな、天方。そういやあんま話したことないよな?」


「ああ、そうだな。よろしく鬼咲さん」


「おう、じゃあ早速始めるか」


 おれ達は足を紐で結び肩を組む。そうすると、当然体が密着する部分が出てくるので、緊張するし気まずい。それは、見た感じ鬼咲さんも同様のようだった。


「……まず、どっちの足から出したらいいんだ?」


「……とりあえず、結んでないほうの足でいいんじゃないかな」


「分かった、じゃあいくぞ」


「ああ」


「せーの」


 おれ達は転びこそしなかったものの、あまり上手く走れているとはいえない状態だった。まあ、最初はこんなものなのかな。


 そんなふうにしばらく練習を続けていると、ふと誰かの視線を感じそちらを見ると琉奈だった。すぐにぷいっとそっぽを向かれてしまったのでよく分からなかったが、なにか不満そうな目でこちらを見ていた気がする。


「なあ天方、なんか上手くいかないし一回休憩しないか?」


「そうだな。慣れないことをしているせいか思っていたより疲れたし」


 そうして、おれ達は適当に日の当たらないところに座った。ふむ、なにか話しかけたほうがいいのだろうか? せっかくだし、気になっていたことを訊いてみるか。


「鬼咲さんって一部の女子から姐さんって呼ばれてるみたいだけど理由とか訊いていいか?」


「ああ、あれは以前ガラの悪いやつに絡まれてる子を助けたりしたことがあってな。そういうふうなことが何度かあってそう呼ぶ子が出てきたんだ」


 男子をぶっとばしたという話はそういうことだったのか。なんか、鬼咲さんって良い奴じゃんか!


「それはすごいな。女子に慕われるわけだ」


「そんな大したことじゃねえよ。……そうだ、アタシからも訊いていいか?」


「なんだ?」


「天方……というより、だれか男子に訊いてみたかったんだが、お前好きなやつとかいるか?」


「!? …………いないかなあ」


 嘘である。正直に答えづらいのでつい嘘をついてしまった。でも、嘘をつくのって悪いことじゃないと思うんだよ。だってほら、嘘はとびきりの愛なんだよ?


「そうか、いないかー」


「……なんでそんな質問を?」


 そう訊くと、鬼咲さんはきょろきょろと周りを見渡して人がいないことを確認しだした。どうやら、他人には聞かれたくない話らしい。周囲に人がいないことを確認し終えたあと、頬を少し赤らめながら鬼咲さんが口を開く。


「……実はアタシ、好き……かどうかはよく分からないんだが気になる奴がいてさ」


「……おう、なんか意外だな。……って悪い、この言い方は失礼だな。ごめん」


「いや、いいんだ。自分でもガラじゃないなーって思ってるし」


 そう言って、鬼咲さんは恥ずかしそうにその短めの髪をガシガシとかいた。


「あ、ちなみに相手は……香和こうわなんだけど、天方ってあいつと仲良かったりしないか?」


 おお、名前、いや正確に言うと苗字だが、そこまで言ってしまうとは度胸があるな。ただ、クラスメイトではあるが、仲良いどころかあまり話した記憶がないな。


 ちなみに、香という字は女性らしさを感じさせるが、残念ながら女子の苗字ではなかったので百合展開にはなりそうにない。ついでにいうと、当然ながら龍心の苗字でもなかった。


「悪いが、仲が良いという相手ではないかな」


「そうかー。ちなみに、男子から見たアタシってどうなんだ? ……怖い女だと思われてそうだし、恋愛対象には入らないのかな?」


 なるほど、男子に訊いてみたいというのはそういう意味だったのか。


「うーん、確かにそう思ってる男子もいるだろうが、全員ってことはないんじゃないか。というか、香和君の好みのタイプが鬼咲さんみたいな子であればいいわけだし」


「……言われてみればそうだな。こういうことに疎いからそんなことにも気付かなかったぜ」


「……まあ、もし香和君とそういう話ができそうだったら訊いてみるよ」


「おおっ、助かる。いやー、お前いいやつだな」


 褒めているのか感謝の印なのかわからないが、背中を何度かバシバシと叩かれた。痛い痛い痛い! 力強いなこの人。そりゃ男子をぶっとばせるだけはあるわ。


 そのとき、ふと誰かの視線を感じそちらを見ると琉奈だった。すぐにぷいっとそっぽを向かれてしまったのでよく分からなかったが、なにか怒っているような目でこちらを見ていた気がする。


 きっと、おれが鬼咲さんに背中を叩かれて痛そうにしてたから、怒りを感じてくれたんだろう。


「……いや、そんなことは。……あー、それよりも鬼咲さんにひとつ謝らないといけないことが……」


「ん? なんだ?」


「……さっきおれ好きな子はいないって言ったけど、……本当はおれも気になる子がいる。ごめん、言いづらくてつい嘘を……」


「なんだ、そうなのか! いやー、いいんだ。そりゃ答えづらいよな。アタシのほうこそ悪かった」


 おれの嘘をまったく気にしてないどころか逆に謝られた。見た目こそヤンキーっぽいが、実際はかなり良い子なのではないかと思う。


「あ、でもできれば相手の名前は伏せときたいんだけど……」


「ああ、もちろんいいぜ。気にすんな」


「……ありがとな」


「まっ、そういうことならお互い頑張ろうぜ。もしなにかあれば、アタシでよければ相談にのるぜ」


「じゃあ、おれのほうもそうするからなにかあれば言ってくれ」


「おう、じゃあよろしくな」


 そう言って手を差し出されたので、握手をしてそれに応えた。


 なおそのとき、ふと誰かの視線を感じそちらを見ると琉奈だった。すぐにぷいっとそっぽを向かれてしまったのでよく分からなかったが、そのあと嫌な考えでも振り払うかのように頭を左右にブンブンと振っていた。


「じゃ、そろそろ休憩は終わりにするか」


「そうだな」


 そうして、おれたちは立ち上がり練習を再開した。……そういえば、さっき好みのタイプの話をしたが、昔それについて誰かに訊かれたことがあるのをふと思い出した。


 さて、そのあとの練習であるが、どうもおれと鬼咲さんの息が合わないのか、あまり上手くはいかなかった。




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第19話を読んで頂きありがとうございました。

また、★評価やフォロー、応援などをしてくれた方もありがとうございました。とても嬉しく、執筆をする上での励みになっています!


以上です、これからも本作をよろしくお願いします。

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