第13話 恥ずかしいだけではないけれど

 デザートのアイスを食べ終え、少し時間をおき気分を落ち着かせたあと。


「……結局、雨はやみそうにないな」


「そうだね、どうしよっか」


 ここで、おれが空に向かって「雨やめー!」と叫んだらやんだりしないかな? うん、するわけないな。


「しばらく降り続けるみたいだしな。幸い近くにコンビニがあるから傘を買って帰るか」


「うん、分かった」


 おれは、スマホ決済で会計を済ませる。少し前までは買い物などは現金でやっていたが、実際にスマホ決済を利用するととても便利だ。わざわざ現金のやりとりをしなくて済むので会計がスムーズだし、多少はポイントも付く。おれとしては、この二点がスマホ決済のメリットだと思う。


 店を出ると最初のときと比べ、雨が小降りになっていた。これなら、傘があれば問題なく帰れるだろう。


「じゃあ、おれちょっとコンビニまで行ってくるから」


「え? 悪いからわたしが行くよ」


「いや、おれが」


「ううん、わたしが」


 と、お互い譲りそうにないのでなにか手を打つ必要があるな。ふむ、ここでおれが「雨に濡れたい気分だから」とでも言えば、琉奈はすんなり引き下がる気もするが、さすがに変に思われるかな。


 もしかすると、コンビニで買った傘を差して戻って来たとき、琉奈に「え、なんで傘差してるの?」と言われてしまい、引っ込みがつかずにそのあと、おれだけずぶ濡れで家に帰る可能性もあるかもしれない。


 というわけで、なにか良い方法はないかな? ……そうだ、ジャンケンで決めよう!


「よし琉奈、ジャンケンで勝ったほうがコンビニに傘を買いに行くというのはどうだ?」


「……うん、分かった。それでいいよ」


「決まりだな。ならば、さきに言っておこう。おれは、このジャンケンでグーを出すぞ」


「えっ、言っちゃうの!?」


「じゃあ、いくぞ。最初はグー、ジャンケンポン」


 結果は、琉奈がパーでおれがチョキだった。俺の勝ち! なんで負けたか、明日まで考えといてください。そしたらなにかが見えてくるはずです。ほな、行ってきます。といきたいところだったが、琉奈が抗議の視線を向けてきた。


「ずるい、今のはずるいよ。日希くん」


「いや待て、おれは別に嘘はついてないぞ。だって、ちゃんと最初にグーを出しただろ?」


「……あっ、確かに……」


 いったんは納得しかけたようだがやはり駄目らしく、琉奈は人差し指を立てながら説教を始めた。


「やっぱり今のはずるいと思う。わたしが相手だからいいけどほかの人にはやっちゃだめだよ。そもそも、勝負というのは正々堂々やるべきだし――」


 本人としては説教のつもりなのかもしれないが全然怖くはなく、そうやって怒っている姿すら可愛い。なにこの可愛い生物と言いたい気分である。


 それと、ほかの人に今と同じやりかたでジャンケンをしたところで心理戦にはなるかもしれないが、こんな簡単にひっかかる相手はまずいないだろう。


「もう、ちゃんと聞いてるの、日希くん?」


「ああ、聞いてるよ。じゃあ、ここは罰としておれが雨に降られながらコンビニまで行ってくるということで」


「……そうだね。じゃあ、そういうことで」


 というわけで、上手いこと話がまとまり、おれが傘を買いに行くことになった。濡れる時間を減らしつつ、滑って転ばないように軽めのダッシュでコンビニへと向かう。


「……ありがと」


 走り出した直後に、雨音に紛れそんな声が聞こえた。


 *****


 コンビニで傘を買いそれを差しながら琉奈のところへと戻るが、購入の際にひとつ問題が発生した。


「おかえり、買いに行ってくれてありがと」


「いや、それはいいんだが……、実は傘がこの一本しか残ってなくてな」


「そうだったんだ、ぎりぎりで買えてよかったね。……あれでも、ということは…………」


「……そうだな。察しの通り二人でこの傘を使うしかない」


「…………えっと、…………それは、つまり…………」


「…………そういうことだな。嫌かもしれないが、我慢してくれるか?」


「…………別に嫌ではないけど…………、むしろ…………」


「嫌ではない」のあとに琉奈がなにか言ったようだが、声が小さいうえに雨音のせいでなにを言ったかは聞き取れなかった。まあ、嫌じゃないのであれば大丈夫だろう。


「……じゃあ、行くか……」


「……うん……」


 そうして、二人で一つの傘を使って家へと向かう。これはいわゆる相合傘というやつなので非常に恥ずかしい。いやまあ、恥ずかしいだけではないけれど。


「……けっこう水たまりがあるな」


「最初のころはかなり雨が強かったからね」


「気を付けないとな」


「うん」


 なにか喋れば少しは気が紛れるかと思ったが、そんなこともないな。まあ、家までそんなに距離があるわけでもないし、なんとかなるか。


「……ねえ日希くん。左肩が濡れてるよね?」


「……まあ、これくらいなら大丈夫だから気にしなくていいぞ」


「だめだよ、良くないよ」


「でも、こうしないと琉奈が濡れちゃうし……」


「…………………………じゃあ、こうする」


 そう言って、琉奈はおれのほうへと身体を寄せてきた。そのため、おれ達の肩と腕が密着する。


「…………これなら、大丈夫そう?」


「…………ああ、なんとか大丈夫…………」


 おかげで、左肩のほうは大丈夫そうだが、違う意味で大丈夫じゃないな。心臓の鼓動が早くなっている気がするし、こうして密着しているとその音が琉奈に聞こえてしまったりしないだろうかと気が気でない。


 そのあと、無言で歩く時間が続き琉奈の家の手前まで来る。すると、勢いよく走ってくる車が見えた。しかも、ちょうどすぐそこに大きめの水たまりがある。


「危ないっ!」


「きゃっ!」


 おれは琉奈を壁へと寄せる。そのあと、車が水たまりを踏み水が跳ね上がったが、おれが背中を盾代わりにしたおかげで琉奈は濡れずに済んだ。


「悪い、大丈夫だったか?」


「……ありがと、大丈夫」


 ここで、おれ達の状況を確認してみると、おれが琉奈に壁ドンをしている感じになっていた。あれ、壁ドンじゃなくて壁ダァンだっけ? 確か、壁ドンはアパートとかで隣の部屋が騒がしいときに壁をドンと殴ることを言うはずだから、壁ダァンで合ってるな。


「日希くんこそ大丈夫? って、そんなわけないよね。背中がすごい濡れちゃってる」


「まあ、おれの家もすぐ近くだし急いで帰れば大丈夫だろ」


「そうかもしれないけど……。あ、そうだ。よかったらわたしの家に寄る? シャワーと服を貸すから」


「……いや、それはどうだろうな……」


 たぶん、琉奈の家には今は誰もいないだろうけどやはり気まずい。それにもし、シャワーを浴びてる途中で姫宮父あたりが帰ってきてしまった場合、大変なことになるかもしれない。


 では、どうしようか考えながら琉奈の家の玄関前まで移動する。ここなら、屋根があるから雨で濡れる心配はない。


「風邪を引いちゃうかもしれないし、遠慮とかしなくていいよ」


「…………いや、やっぱ大丈夫だ。帰るな」


「でも……」


「本当に大丈夫だから。じゃあ、またな」


「あ……」


 おれを引き留めようとする琉奈を尻目に、その場を離れ自分の家へと向かう。そして、家に着いたあとまずは風呂に入ろうと思ったのだが、ちょうど海希が入っていた。


 そのため、すぐに身体を休めることができず、琉奈が心配していたとおりに翌日おれは風邪を引いてしまった。

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